劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どんな勘してるんでしょうね……


偶然か必然か…

 大量のチョコレートが入った布袋を数個持った達也が校門を通り抜けた時には、日は既に沈みかけていた。

 

「ねぇタツヤ……それ、全部食べるのかしら?」

 

 

 布袋の中を覗き込んだリーナが、若干引いたような声で達也に訊ねる。もし達也も第三者がこの量のチョコを持っていたら同じ事を訊ねたかもしれないだろう。

 

「一応はな。だが、どれだけかかるか俺にも分からない」

 

「でしょうね……一日一個食べたとしても、一ヶ月以上はかかるわよ、この量は……」

 

「ハッキリと言わないでくれ。俺も考えたくはなかったんだから……」

 

 

 リーナの計算を聞き、達也も辟易したようにため息を吐いた。もちろん周りにチョコをくれた女子がいないのを確認してのため息だ。

 

「お兄様はおモテになりますからね。渡したくても渡せなかった女性もいるかもしれませんよ?」

 

「そうね。タツヤなら学外にもファンがいそうだしね」

 

 

 リーナとしては冗談のつもりだったのだが、達也と深雪は揃って苦々しげな表情を浮かべた。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ……そう言えば第三高校の女子にも、お兄様のファンがいたのを思い出したのよ」

 

「石川だから直接手渡しには来ないだろうが……」

 

「そうなんだ……モテる苦労って意外と大変なのね」

 

「リーナが言うの、それ? 男子たちはリーナからチョコを欲しがってたけど」

 

「あら、それはミユキも同じでしょ? クラスメイトの視線が凄かったけど」

 

 

 もしこの場に第三者として他の友達がいたのなら、発狂しそうなくらいのモテモテぶりだが、生憎この場には非モテ系の人間はいなかった。

 

「それで、リーナは誰にもチョコを渡さないのか?」

 

「ワタシが渡したら色々と面倒な事に……」

 

「少佐! ……あっ、リーナさん」

 

「ミア?」

 

 

 リーナのセリフをぶった切ってミカエラ・ホンゴウが駆け寄ってきた。癖なのかリーナの事を少佐と呼んだあと、周りに人がいる事を思いだして名前で呼び直した。

 

「貴女は今七草の監視下にあるはずだが?」

 

「ちゃんと監視はついてますよ。あそこに」

 

 

 達也の質問にミアは笑顔で背後を指差した。そこには笑顔で手を振っている真由美の姿があった。

 

「先輩、あまり彼女を自由に外出させるのは困るのですが……」

 

「分かってるわよ。でもほら、今日は女の子には大切な日だから」

 

「はぁ……しかし、日本に来て間もない彼女に、チョコを渡す相手がいるのでしょうか?」

 

「それってわざと? それとも本当に気づいてないの?」

 

「……それで先輩がつき添いなんですか? さっきのついでで」

 

 

 本来なら自由登校の真由美が学校に来ていたのは、ただ単に達也にチョコを渡しに来ただけではなく、ミアの監視も兼ねての事だったのだ。

 

「実はこっちがついでなんだけどね」

 

 

 達也の考えは当たってはいたが、目的とついでは逆だった。真由美は達也にチョコを渡しに来たついでにミアの監視を引き受けていたのだった。

 

「それでミア、なんの用事でこんなところに?」

 

「えっと、これをタツヤさんに……助けてもらったお礼です」

 

「ありがとうございます」

 

 

 年上であるミアに対し、達也は丁寧な口調でチョコを受け取った。お礼、という名目にしては、些か大きすぎる箱を見て、深雪、真由美、リーナの三人はムッとした表情を浮かべたが、ミアにはその三人の表情を確かめる余裕はなかった。

 

「タツヤ、これだけもらえれば男冥利に尽きるのではなくて?」

 

「随分と難しい日本語を知ってるな。今時日本人でもそんな言葉は使わないぞ」

 

「ふーん……じゃあこれもあげるわ。ミアを助けてくれたお礼」

 

 

 あたかもついでだと言わんばかりのタイミングで、リーナが鞄の中から小箱を取りだした。綺麗にラッピングされたそれは、勘違いのしようがないものだった。

 

「特定の誰かに渡すと問題になるんじゃなかったのか?」

 

「誰も見てないし、それに義理チョコよ」

 

「それは分かってる」

 

 

 リーナと会話をしながらも、達也の視線は少しリーナからズレていた。だが本当に僅かな時間だけだったので、リーナは照れ隠しなのだと判断して視線の行方を気にはしなかった。

 

「それじゃあミアさん、帰りましょうか」

 

「は、はい……それではリーナさん、それからタツヤさん、失礼します」

 

 

 真由美に促されて、ミアは慌ててチョコンとお辞儀をして七草家の車に乗り込んで帰って行った。

 

「それじゃあ、俺たちも帰るか」

 

「そうですね、お兄様」

 

「そうね。ワタシも疲れたわ」

 

 

 リーナが何に疲れたのかを、達也も深雪も問いただそうとはしなかった。リーナが達也にどのタイミングでチョコを渡そうかピリピリしていたのを、深雪は同性であり同じ気持ちを持っているから、達也はリーナの周りの空気から知っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監視衛星から達也の事を監視していたUSNA軍の一人が、モニターを見て驚いた声を上げたので、バランス大佐はその部下に声を掛けた。

 

「どうした?」

 

「それが、監視に気づかれたようでして……」

 

「バカを言うな。低軌道とはいえ監視衛星だぞ。裸眼で気づけるはずが無いだろ」

 

「ですが、確かにタツヤ・シバの目がモニターを覗きこんでいたのです」

 

 

 常識的に考えれば、確かにバランスの言うとおり、地上から――しかも肉眼で監視衛星に気づけるわけが無いのだが、その部下は頑なに気づかれたと主張する。

 

「その場面の映像を再生しろ」

 

「はっ!」

 

 

 完全に信じたわけではないが、バランスはその事が気になり確認をする事にした。

 

「……確かに気づいたようにも見えるが、一瞬の事だ。偶然と言う事もあり得るだろ」

 

「しかし、会話の内容から推察すると、我々がタツヤ・シバを監視してると気づいてるとも取れます」

 

「確かにそうね……ところで、何故シリウス少佐とミカエラ・ホンゴウがこの場にいるのかしら? 少佐は帰り道でしょうけども……」

 

「日本の風習ではないでしょうか? 今日は二月十四日ですし」

 

「……なるほど」

 

 

 部下の言葉に一応の納得を見せたバランス大佐だったが、もしそれが本当なら考えものだと思っていたのだった。何故なら、監視対象に好意を抱くなど、シリウスにはあってはならない感情だからだ。




ミアのついでにリーナもチョコを渡しました。これで彼女も報われる…のか?

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