家に到着したタイミングで、達也宛ての荷物が届いた。達也は差出人に心当たりがなかったが、深雪の方には誰からなのかに心当たりがあった。
「石川から? 愛梨たちからか」
「お兄様、一色さんたちとは横浜以降会われておりませんよね?」
「ああ。それがどうした?」
論文コンペ以降会って無いのは深雪も間違いなく知っているはずなのにそんな事を聞いてきたので、達也は思わず聞き返してしまった。
「少しよろしいですかな?」
「葉山さん……先ほどからこちらを窺い見ていましたよね? 何かご用……というか、叔母上の傍を離れてもよろしいのですか?」
「今日だけは、四葉家当主としてではなく、一人の女性として扱ってほしいと真夜様が仰られております故。達也殿もおわかりのはずですよね?」
「……毎年の事ですからね。ですが、叔母上一人のにしては、随分と量が多いような……」
葉山が持ってきた荷物に視線を向け、達也は首を傾げる。真夜があれほど大きいチョコを用意したとは思えない。それに幾つも渡すなどという事も無いはずなので、ついつい葉山に尋ねてしまったのだ。
「実はですな……津久葉家の夕歌様、黒羽家の亜夜子様、それから侍女たちに私が達也殿のところに行くのがバレておりましてな……」
「葉山さんにお使いを頼まれたのですか? 四葉家の筆頭執事である葉山さんに?」
今まで無言を貫いてきた深雪が思わず口を挿んだ。それくらい衝撃的な事実だったのだ。
「真夜様同様、今日だけは女性には敵いません故に、ですな……」
「それは……」
達也の人気は、四葉家内でもかなり高い。分家の当主や男性の従者には疎まれたり蔑まれたりしている達也なのだが、女性従者には彼のファンが多い。
夕歌や亜夜子のように、彼の本当の実力を知らない者でも、達也に好意を抱いているのを、達也も深雪も一応は知っていたつもりだったのだが、これほどの量のチョコが来るとは二人とも思ってなかったのだった。
「では、確かにお渡ししましたぞ」
「わざわざすみません……叔母上によろしくお伝えください」
「ほっほ、達也殿が受け取ったと聞いただけで、真夜様はお喜びになられるでしょうな」
そう言い残して、葉山は一礼した後に姿を消した。いくら許可が出ているとはいえ、葉山は他人に見られるようなヘマはしない。大量の荷物を運びながらも、達也と四葉家の繋がりが分かるような事は残さなかったのだった。
「どうすればいいんだ、この量……」
残された達也は、そう呟くほか無かったのだった……
何とかしてチョコを家まで運んだ達也からチョコをひったくり、深雪はその全てを冷蔵庫、ないしは自身の魔法で冷凍保存したのだった。
「お兄様、夕食の準備がありますので、暫くお部屋でお待ち下さい」
「ああ、分かった」
去年までは、せいぜい真夜や亜夜子、夕歌からだけだったのに、今年はかなりの量を貰ったので深雪の反応を気にしていた達也は、意外と冷静――チョコはひったくったが――な態度だったのでとりあえずは胸を撫で下ろした。
「それにしても、何であんなにチョコを貰ったんだ? それ程世話をしてない相手からも貰ったし……」
もし第三者、もちろん男子がこの場にいたら、達也に殴りかかったかもしれない(例え返り打ちにされると分かっていてもだ)。それくらい達也は恋愛感情に疎い。
実の母親に感情の殆どを消し去られた事を差し引いたとしても、この鈍さは異常だと言えるだろう。実際真由美のチョコは明らかに本命っぽかったのにも拘わらず、達也はその事をさほど意識せずに本人の前で食べているのだから。
「考えても仕方ないか。とりあえずCADのチェックでもしておくか」
達也は考えても仕方ない事に縛られる事は無い。それが良い事なのかはおいておく事にして、すぐに切り替えられるのは達也の特技の一つだ。
暫くCADの調整に没頭していたら、内線で食事の用意が出来たと深雪が伝えて来た。何時もなら直接伝えに来るのに、今日に限って内線だったのが気にはなったが、達也は詮索する事もせずにリビングへとやってきた。
「なるほど、そうきたか……」
扉一枚を隔てても分かるくらいの匂いが、達也の鼻腔をくすぐった。
「お兄様、用意が出来ましたのでお召し上がりください」
「深雪、その格好は?」
「これは給仕をする時の服装ですから」
深雪の格好は所謂メイド服だった。時と場所は兎も角、場合は確かに合っている。だが達也は軽い眩暈を禁じえない状況に、半歩引き下がった。
「どうぞお召し上がりください」
「チョコレートソースか」
「今日は特別ですからね」
自分のチョコレートを確実に、また鮮明に意識させる為の作戦。深雪だから出来る作戦に、達也は呆れるを通り越して心の中で称賛を送ったのだった。
「……? 深雪、大丈夫か?」
「何がでしょう?」
料理を食べ進め、デザートのフォンデュを食べていた達也は、向かい側に座っている深雪の顔が赤くなっているのに気がついた。ブランデーが抜けきっていなかったのだろうが、お付き合い程度にしか食べていない深雪のアルコール摂取量はそれ程多く無いはずだ。
「きゃっ!?」
「深雪、今日はもう休みなさい」
座っていた椅子から転げ落ちそうになった処を達也に支えられ、深雪は別の意味で赤面した。
「申し訳ありません、お兄様」
「気にするな。片づけはやっておくから」
兄にそう言われたら深雪には逆らうなどという選択肢は選べない。というか、達也からの命令を断るなどという事はあり得ないのだ。
のろのろと、しかししっかりとした足取りでリビングから部屋へと向かい、自室に到着した深雪は、自分の顔がどれくらい赤いのかを姿見で確認した。
「どうして私はお兄様の妹なのかしら……」
そう呟いてから、深雪は慌てて首を振った。その所為でアルコールの回りが早まってしまったのだが、そんな事を考えられないくらい、深雪は慌てたのだった。
それは考えても仕方ない事、兄との最も強い繋がりを否定した事に、深雪は慌てたのだった。
筆頭執事をパシるとは……