甲高い、聞いているだけで興奮していると分かる少女の声に応えるのは、実に眠たそうな、これまた少女の声。
「――ねっ、酷いと思わないっ? あれじゃ私、晒し者よ、晒し者っ」
『……もう四度目』
電話で会話している二人の間には、精神状態的に真夏と真冬くらいの温度差があった。ただそれも、仕方の無い事なのかもしれない。ほのかにはエキサイトするだけの理由があるし、雫には睡眠欲を主張する理由があった。
ほのかがエキサイトしている理由、それは自分の心に秘めた慕情を暴露された事だ。それも単純に好きとか恋しいとかに留まらず自分の全てを捧げたいという、自分でも少し時代錯誤で重すぎるかもしれないと感じていた想いだった。自分が口に出来なかった思慕の念を他人の口から語られるというだけでも恥ずかしいのに、それが想う相手だけではなく大勢のギャラリーの前で暴かれたのだからほのかが羞恥に悶えているのも無理からぬ事だ。自分の気持ちを代弁したのは人間ではなくパラサイトが憑依したメイドロボットだった、というのはほのかにとって何の慰めにもならなかった。
「いいじゃない、それくらい恥ずかしかったんだから」
拗ねた声には相手に対する甘えがにじみ出ている。プイッと横を向いたほのかに、画面の中の雫は軽いため息を漏らした。
『それはわかったから、こっちの事情も分かってほしい。今何時だと思ってるの? せめてあと二時間は待ってほしかった』
「これでも一時間は待ったんだけど……」
『そういうとこ、昔から少しも変わらない……』
「いつもいつもご迷惑をお掛けします……」
『迷惑じゃないよ……時間さえ気にしてくれれば』
「うっ……ごめんなさい」
ほのかが雫に電話を掛けたのが日本時間の午後九時半。雫がいるバークレーとの時差は七時間だから、バークレーは今午前四時半だ。
雫はもう一度だけため息を吐いて、それと一緒に眠気も吐き出したのか、目が半分しか開いていないのを除けば、かなりしっかりとした顔つきになった。
『でも、結果的によかったのかも』
抑揚が乏しいのは何時もの事として、発音が鮮明になっている。
「何をよ? 何がよっ? 良かった事なんて無いよ!」
慰めるにしては突き放したような雫のセリフに、ほのかはたった今まで萎れていたのも忘れ、猛然と食って掛った。
『でも、自分の口からは言えなかったでしょ。依存癖、自覚してるよね?』
「そんなもの……」
反射的に否定しようとしたほのかだったが、自分でも否定しきれないと思っているのだろう。反論の言葉は途中でフェードアウトし、画面越しに自分を真っすぐ見詰める雫の瞳からほのかは目を逸らした。
『ほのか、私たち何年の付き合いだと思ってるの』
「……だって、仕方ないじゃない。私は『エレメンツ』の血統なんだから」
『依存したがるのが良いとか悪いとかじゃないよ。誰にも依存せずイニシアティブを取りたがるリーダーばっかりじゃ、世の中は上手く回って行かないと思うし、私が言いたいのは、達也さんはほのかが依存するのにちょうどいい相手だって事』
「そう……かな?」
『うん』
ほのかのおずおずとした問いに、雫は一分の迷いも無く頷いた。
『達也さんは基本的に、相手が求める分だけしか応えてくれない人だと思う。その代わり、求めた事にはキチンと応えてくれる人』
「ハッキリ言わなきゃ、分かってもらえないって事?」
『そうだね。それにきっと、淡白だから』
「えっと、それって……」
『言いなりになっても、無理矢理エッチな事をされたりしないって事』
実に率直な言い分に、ほのかの顔がみるみる赤く染まる。ただ赤面しながらも、少し残念そうな表情が垣間見えている。
『前に話したよね、深雪が達也さんをどう思ってるか聞いたって』
「うん……事情は聞いたけど、何で今深雪の話なの?」
『だって、ライバルでしょ?』
雫の言葉に、ほのかは驚いたように目を見開いた。
「だって、達也さんと深雪は……」
『うん、兄妹だね。でも、それがどうかした?』
「えっ、だって……」
『血のつながりが邪魔になるのは「そういった」事をする時だけだよ。一緒にいるだけなら、むしろ強み。ほのかだって達也さんとセックスしたくて付き合ってるわけじゃないでしょ?』
「当たり前でしょっ! そりゃまぁ、まったく興味が無いわけじゃないけど……」
ハッキリと物を言う雫に、ほのかは更に赤面してしまう。それでも嫌そうじゃないのは、ほのかが達也に抱かれているところを想像したからだろう。
『それに、私だって達也さんにお願いしてる事がある』
「えっ、何それ?」
『専属のエンジニアになってほしいって』
「あぁ……その事か。九校戦の時に噂になってたけど、本当だったんだ」
『達也さんは冗談だと思ってたみたいだけどね』
この時の雫の表情には、承諾してもらえなくて残念だ、という感情以外に少し違う感情を見られたのだが、今のほのかがその事に気づけるはずも無かった。
『私程度のアピールじゃ冗談だと思われちゃうし、ほのかだって一回告白してるんだから、もっと積極的にアピールしても良いと思うよ』
「そうかな? 鬱陶しいとか思われないかな?」
『達也さんはそんなに心の狭い人じゃないでしょ。それはほのかだって分かってるよね』
「うん」
『だから、今回の事はプラスに考えて、周知の事実なんだから多少積極的になってもおかしくは無いよ』
「でも、深雪やエリカがどう思うか……」
『遠慮してたら勝てないよ。それに、達也さんを想ってるのは、同級生だけじゃないと思う』
「そういえば七草先輩が達也さんにチョコを渡してたって……」
雫のセリフを聞いて、今更ながらにその事を思い出したほのか。ライバルの多さにとてつもない絶望感が襲い掛かってきた。
『だから、ほのかはもっとアピールするべき。強引って思われないくらいに積極的にね』
「うん、分かった……ありがとう、雫。お休みなさい」
『うん……お休み』
気力と呆れから眠気を忘れていた雫だったが、電話が切れると同時にその眠気を思い出した。
「ほのか……ライバルは深雪やエリカだけじゃないんだけどね……」
親友の為に身を引くつもりだったのだが、離れてみてそれが難しいと理解してしまった雫は、眠る前に一人呟いたのだった。
原作では応援に徹している雫ですが、まさかのライバル宣言……