劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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想ってる相手にぶっ放すとは……公私混同しないのはさすがだけどさ……


リーナの魔法

 雫がほのかを焚きつけている丁度その頃、達也は「アンジー・シリウス」に変身したリーナと対峙していた。深紅の髪、金色の瞳、全て見掛けの上での事とはいえ顔立ちも背丈も変わっていて、到底リーナと同一人物には見えない。これならば仮面で顔を隠さなくても、そうと知らない限り「アンジー・シリウス」と「アンジェリーナ・シールズ」を結びつける者はいないだろう。

 達也は注意深くその姿を観察した。彼もこの半月、遊んでいたわけではない。八雲の「纏衣」を練習相手にして、情報改竄魔法「パレード」の対策を積み上げてきた。その修業の成果か、リーナは今「パレード」の効果を外見の変更に止め座標情報の書き換えは行っていない、と分かる。この手応えならば座標を改竄されても照準に捉える事が出来ると思った。

 

「(必要な魔法力が確保できていないのか……つまり今の魔法はそれだけのキャパシティを必要とする、ということだ)」

 

 

 USNA軍最精鋭魔法師部隊「スターズ」のトップに与えられるコード「シリウス」。それは即ちUSNA最強の魔法力を持つ魔法師という事。その彼女がそれほどまでに魔力のリソースを集中しなければならない魔法。夜の闇を裂いて達也と修次に襲い掛かった煌めく光条。あの攻撃の正体はおそらく、高エネルギープラズマのビームだ。

 

「(多分、あれは「ヘビィ・メタル・バースト」だろう)」

 

 

 十三使徒アンジー・シリウスの戦略級魔法「ヘビィ・メタル・バースト」。重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇と陽イオン間の電磁的斥力を更に増幅して広範囲にばら撒く魔法。

 

「(だが、「ヘビィ・メタル・バースト」は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射する魔法のはずだ。それなのに千葉修次を襲ったプラズマは指向性を持つビームとなっていた……収束されていただけじゃないな……有効射程……拡散範囲もコントロールされていた……標的を通り過ぎるとプラズマがエネルギーを失うように術式が組み込まれていたのか? それともビームの終点にストッパーの役目を果たす力場を設定していたのか……)」

 

 

 達也が観察するようにリーナに視線を向けると、ある物が達也の視界に留まった。

 

「(あの杖か)」

 

 

 リーナが手に持つ見た事の無いあの杖が、それを可能にしているのだろうと考え、立場が違えば素晴らしいと称賛を惜しまないであろう技術だと思った。

 

「(だが今は、最高度の脅威。もう一度「視」れば対策を立てられるだろう。だが問題は、直接喰らって反撃の余力が残っているかどうか、だな)」

 

 

 先ほどのビームは光速には程遠い。最高速度で光速の三分の一、発生から落雷までの平均で音速の約六百倍となる雷光にも劣っていた。

 

「(それだけの速度で実体物が移動すれば、それが希薄なガスだったとしても強い衝撃波が発生するはずだ。それが無かったということは、予め通り道が作られていたという事に他ならない)」

 

 

 その「道」の生成を察知出来れば射線から身を躱す事が出来る。達也は知覚を総動員してリーナを睨み付けた。闇を隔てた街灯の下、リーナは達也の視線から目を逸らしクルリと踵を返し、チラリと振り返って薄く笑った。

 誘っているのは明らかだった。

 

「(どうする……罠である事は明らかだが……)」

 

 

 達也がどうするか決めかねている視線の先で、リーナの足が軽やかに路面を蹴った。

 

「(仕方ないか)」

 

 

 高速で遠ざかって行く深紅の髪を追いかけるように、達也は重力制御を発動して背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯りが隈なく街を照らしているように見えて、フッと光が途切れている箇所がある、東京という名の不夜城に生まれた黒い空白地帯。誘い込まれた公園も、街の灯りの狭間にあった。

 リーナが疎らな街灯の下で金色の髪を曝していた。彼女の頭上には蓋をしたような暗闇が被さっていた。監視衛星や成層圏プラットフォームのカメラを遮る光学系魔法が作用している。だが隠蔽以外の魔法が作用している痕跡は一切なかった。

 

「(魔法同士の干渉を嫌ったのか……)」

 

 つまりリーナが使おうとしている魔法は、彼女にとってもそれほど高度な技術であり、集団で攻撃するより彼女の単独攻撃に任せる方が効果的と友軍には考えさせるほど強力なものだということだ。幻影を解除したのも、おそらくは攻撃術式に意識を集中する為。

 

「(やはり、「ヘビィ・メタル・バースト」)」

 

 

 達也が改めてリーナの手札に関する確信を強めたところで、リーナが口を開いた。

 

「タツヤ、ノコノコついて来るとは思わなかったわ」

 

「しつこく付き纏われるのは迷惑だからな」

 

 

 人を食った回答を聞いて、リーナが酷薄の笑みを浮かべた。

 

「自信家ね。でも、今回ばかりは自惚れ過ぎよ」

 

 

 リーナは手に持つ杖を脇の下手に挟む形で達也へ向けた。

 

「タツヤ、投降しなさい。アナタがどんな手段で魔法を無効化してるのか知らないけど、このブリオネイクを無力化する事は出来ないわ」

 

 

 このセリフはリーナにとって単なる投降勧告以上の物では無かったが、達也の頭の中ではこの言葉を手掛かりにパズルのピースが完成間近まで組み上がっていた。

 

「(ブリオネイク……Brionake? 『ブリューナク(Brionac)』か?)」

 

 

 言葉には意味がある。完成した後に付けられる名前は、その属性の一部を示している事が多い。観察と思考に意識を取られて、達也はリーナの勧告に対する回答を忘れていた。

 

「そう……じゃあいいわ。さようなら、タツヤ」

 

 

 リーナはそれを拒絶と受け取った。投降勧告に対する無回答は慣習上、拒絶を意味するのだから、リーナを短絡的と誹る事は出来ない。

 リーナが杖から水平に突き出している横木の片側を握った。そのパーツはグリップの役目を果たす物に違いなかった。

 二重螺旋の想子光がブリオネイクの下部三分の二、長さ八十センチの細い棒の中を走り、太さが増したブリオネイクの上部三分の一、グリップの先四十センチの円筒の中で魔法式が瞬時に構築される。それを感知した達也は術式解散を発動しようとし――間に合わないと悟って中断した。




自分で種明かしをするとは……やっぱりポンコツなのか?

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