劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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即興なのに、実にしっかりとした解説だ……


達也の魔法解説

 杖の先端が煌めいた。細く絞りこまれた光条が達也の右腕を掠めた。掠めただけなのに、達也の右腕は肘から先が炭化して消し飛んだ。衝撃に身体が捩れる。その勢いに身を委ね且つ利用して、達也は背後の生け垣に飛び込んだ。

 リーナがグリップから手を離しブリオネイクを長物のように構えて突進した。間合いを詰め、達也が隠れた生け垣に向けて、水平に振り回す。生木がたちどころに燃え散る――生け垣の灌木だけが。その後ろの達也には、プラズマが届いていない。

 右肩を押さえ右半身を後ろに隠し、片膝をついた達也に視線の先で、光を放っていたプラズマの刃が幻のように消えて行く。

 

「ブリオネイク……『貫くもの』ブリューナク。ケルト神話の光明神『ルー』が持つ武器の一つ。その名称は神話の武器を再現したという意味か?」

 

「そんな事が気になるの? タツヤは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに」

 

 

 達也の声に苦痛が滲んでいないのが気になったリーナだったが、対拷問訓練を積んで痛みに対する耐性が高いのだろうと判断し、再び杖の中で魔法式を発動させた。

 鼻先に電撃と灼熱の刃を突き付けられて、達也の頭の中で思考の最後のピースがはまった。

 

「気になるさ。人は名前に意味を持たせたがるものだ。ブリューナクは相手を貫く光の穂先を発生させる槍とも、自在に飛び回る槍あるいは光弾とも伝えられている。この場合『自在に』と言うところが肝なんだろうな。神話の武器を模した、模造神器ブリオネイク。FAE理論を実用化していたとは……さすがだな、USNAの技術力は」

 

 

 それまで達也のセリフを興味薄そうに聞いていたリーナだったが、「FAE」のフレーズに目を見開き表情を強張らせた。

 

「……どうしてFAEセオリーを、アナタが知ってるの?」

 

 

 リーナが驚いているのを見て、達也の方も意外感を表した。

 

「別におかしくはないだろう。FAE理論は元々、日米共同研究の中で唱えられた仮説なんだから」

 

「あれは極秘研究よ! しかも、破棄されたはずの研究だわ!」

 

「だが、実際には破棄されていなかった。君の手に持つその模造神器が何よりの証拠じゃないか」

 

 

 達也はリーナが持つブリオネイクを見詰めながら感慨深げにその名を告げた。

 

「FAE―― Free After Execution 日本語では後発事象可変理論とか呼ばれていたが、フリー・アフター・エグゼキューションの方が内容を良く表しているよ。魔法で改変された結果として生じる事象は、本来この世界には無いはずの事象であるが故に、改変の直後は物理法則の束縛が緩い。魔法によって生じる事象には物理法則が作用するにはごく短いタイムラグが存在する、と言い換えても良いが。FAE理論に従えば魔法によって作り出されたプラズマは、無秩序に拡散するはずの運動に指向性を与える事も容易ければ、本来の冷却速度に関わらず高熱状態から任意の時間で常温に戻して無害化する事も出来る。拡散しようとする性質を抑えて、一定の形状に維持する事も可能だ、そういう風にな。だがFAE理論において想定される物理法則が作用するタイムラグは、ほんの一瞬だ。そんな短時間に魔法発動直後の魔法師が、作り出された事象に新たな定義を加えるのは不可能だと考えられていた。そりゃそうだ。一ミリ秒以下の時間で事象を定義するなんて、人間に可能な事じゃない。それを……世界の、物理法則の影響を遮断する結界容器の中で魔法を実行する事によって、物理法則が作用するまでのタイムラグを引き延ばすとはね。素直に称賛しよう。潔く脱帽しよう。その『ブリオネイク』を作った人間は本物の天才だ」

 

「タツヤ!」

 

 

 達也の言葉に聞き入っていたリーナが、突如大声を上げた。プラズマの刃が消えたブリオネイクのグリップを強く握り再び砲撃姿勢に構えて、リーナは達也のセリフを遮った。それは、失われていく戦意を無理矢理奮い立たせているような声だった。

 

「もう一度言うわ。投降しなさい! 片腕では得意の武術は使えない。アナタに勝ち目は無いわ!」

 

 

 リーナの叫びを聞いて、達也は酷薄な笑みを浮かべた。それは、先ほどリーナが見せた笑みよりさらに非人間的な、ゾッとする笑みだった。

 だが表情に反して達也の声に冷たさは無く、むしろ甘く絡み付き、人の悪行を優しく暴き立てる、悪魔の囁きに似ていた。

 

「俺を捕えて何がしたい? 人体実験か? アイツらのように?」

 

 

 不幸にして「アイツら」というのがスターダストを指していると理解出来る程度には、リーナは頭が良かった。

 

「当たり前だが……モルモットになるのはお断りだ」

 

「だったら動けなくして連れて行くまでよ!」

 

 

 ブリオネイクの先端が、至近距離で片膝立ちの足に向けられる。その筒先に、達也は拳銃形態のCAD,シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』をねじ込んだ――焼け落ちたはずの右腕で。

 

「その腕!?」

 

 

 悲鳴を上げた分、リーナの術式発動が遅れた。達也の魔法は既に組み上がっている。突っ込まれたCADの「銃身」、照準補助機構が結界容器の中に狙いを導く。

 USNA最強の魔法師『シリウス』の力が満ちているはずの模造神器の内部で、分解魔法『雲散霧消』が発動する。ブリオネイクの筒先から、常温のガスと化した金属粒子が勢いよく噴き出す。圧に負けて達也の右手からトライデントが飛んだが、受けた影響はリーナの方が大きかった。しっかりと握っていたのが裏目に出たのだ。

 意図せぬ噴射の反動で、ブリオネイクごとリーナの身体が後方に吹き飛ぶ。地面に叩きつけられた衝撃で、リーナを纏う情報強化の鎧が揺らいだ。

 トライデントを拾い上げるのももどかしく、達也は「再成」を発動した。CADの構造情報と自身を基点とした相対座標情報が復元され、トライデントが修復された状態で彼の手の中に戻る。

 六連発で放たれた達也の「分解」がリーナの魔法防御を無効化し、その四肢を貫いた。

 

「ッ!?」

 

 

 苦痛を叫び声で表現する間もなく、リーナの精神のブレーカーが落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所で一仕事してきた達也は、リーナのところへ戻ってきて、意識を失ったまま地面にぐったりと横たわる身体を見下ろし彼女へ向けて呟いた。

 

「リーナ、君はすぐにでも軍を辞めた方が良い。スターズ総隊長『シリウス』……君に向いてる仕事とは思えない」

 

 

 リーナの身体を担ぎ上げて、達也はその場所から移動を始めたのだった。




ところで、誰に向けての解説だったんだろうか……

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