劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ポンコツっぷりを存分に発揮しています


リーナの勘違い

 瞼を開いて視界に飛び込んできた物は、見覚えのある大型ワゴン車の天井だった。淀んだ、ぬるま湯のような空気が肌に纏わり付く。だがあの寒空に放置されてはさすがに風邪をひいただろうから、換気の不足に不満を唱えるのは贅沢というものだろう。

 覚醒が中途半端な状態で、リーナは左右を見回した。特に何か目的があっての動作では無かったが、彼女の中でだんだんと違和感が膨らんでいった。

 

「(何かがおかしい……)」

 

 

 何がおかしいのか考えに至った事により、彼女の中に残っていた眠気は一気に拭い去られた。

 

「誰もいない……?」

 

 

 頭がハッキリとしてしまえば考えるまでも無くあり得ない事だ。車体こそ「キャンピングカーとしても使える」が売りの大型ワゴン車だが、彼女たちは遊びに来ていたのではない。アクシデントに遭遇すれば様子を見に出て行く事もあるだろう。リーナが倒されたという事自体、大きなアクシデントだ。偵察、援護、救出など、複合的な目的で人員を割く事は十分に考えられる。

 しかし、全員が同時にいなくなる事はあり得ない。

 

「(何故よっ?)」

 

 

 自分たちの意思で、同時に移動中継基地を放棄する事は無いはずだ。

 

「(ならば、誰が彼らを……あっ!)」

 

 

 何かに気づいて、リーナは車載情報システムのコンソールに向かった。車内の状況が間断なく録画されている事を思い出したのだ。窮屈さを感じていた決まりだが、今はその記録が頼りだった。

 

「(とりあえず十分前から再生してみましょう……あれ?)」

 

 

 記録を再生しようとコンソールを操作したリーナだったが、ディスプレイには何も映らなかった。

 

「(操作を誤ったのかしら?)」

 

 

 あまり機械の操作が得意ではないと自覚しているリーナは、今度は慎重な手つきで再生開始時間を十分前にセットした――だがやはり何も映らなかった。

 コマンドを現時点から四倍速の逆転再生に変更。逆転倍速に変更。再生開始時点を一時間前に変更。二時間前。三時間前……どれも結果は同じだった。録画データは抹消されていたのだ。

 

「(他のデータは!?)」

 

 

 リーナは慌てて車内モニター以外のデータをチェックした。しかし全てのストレージが空になっている。車の運行用も含めて、データは完全に抹消されていたのだ。

 必死の形相でキーを打っていたリーナが、突然手をコンソールに叩き付けた。掌を指がジンジン痛んだが、そんな事はどうでもいいと思えるほど彼女は苛立っていた。

 

「(そうだ。コントロール・ルームに報告しなきゃ)」

 

 

 だがリーナは再度癇癪を破裂させる羽目に陥った。通信機器も全て、外から見ただけでは分からないよう巧妙に破壊されていた。

 

「(何でよ! 何でよっ!)」

 

 

 二度、三度コンソールに掌を叩き付けた後、彼女は力なく座りこんだ。両手が痺れ、熱を持っている。

 

「(なにやってるんだろ、ワタシ……)」

 

 

 ノロノロと手を挙げ、怪我が無いか見て確かめる。幸い何処にも血の滲んでいる個所は無かった。ヒステリーを起して自分を傷つけるなど子供っぽいにも程がある。そんなみっともない姿を曝さずに済んで、リーナは幾分ホッとした。

 少し気持ちが落ち着いて、彼女は更に大きな違和感に気がついた。

 

「怪我が……痛みが無い?」

 

 

 まず両腿に手をやり、交互に左右の肩口を撫でた。しかし彼女に激痛を与え、意識を失わせた傷が、跡形も無い。単に傷が無いだけではなく、服にも穴が空いていない。血の跡も無い。

 

「どういう事……?」

 

 

 リーナは自分の中で、急に現実感が失せたのを感じた、何処までが現実だったのか、自分は本当に傷を負っていたのか、そう思われただけではなかったのか、もしかしたら彼らも……

 

「(まさか、系統外魔法……精神攻撃?)」

 

 

 ゾクリとリーナの身体が震えた。

 

「(もしかして私たち……とんでもない勘違いをしていた? タツヤは質量・エネルギー変換魔法の術者なんかじゃなくて、精神干渉系統に高い適性を持つ魔法師……『幻術使い(イリュージョン・マスター)』なんじゃ……だったら色々な事に説明が付く。焼け落ちてしまったはずの右腕が元通りになっていたのは、「腕が焼け落ちた」という幻影を見せられていたと考えれば合点がいくし、「パレード」が破られたことだって、幻術に対して私以上の適性があれば不可能じゃない。「ムスペルスヘイム」を無効化されたことも、魔法技能に直接作用する精神干渉系の魔法が存在すると考えると納得出来る。魔法の制御は繊細だから、自分じゃ気付かない程度でも精神を乱されれば術式は維持出来なくなる。魔法そのものを壊すよりその方がずっと簡単なはず……タツヤは幻影魔法で有名な「忍術使い」の弟子だもの。タツヤ自身も『幻術使い(イリュージョン・マスター)』だって考える方が理に適ってる)」

 

 

 リーナは混乱した頭でそんな事を考えていたが……ふと、自分をここに運んだのも達也ではないかと思い至り赤面したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナが色々と勘違いしている事を、達也は知る由も無い。それよりも今は急いで片づけなければならない用件があった。

 深雪を迎えに行く時間まであと二十分。それまでには手配を終えておきたかった。

 

『おや、達也殿。どうしましたかな』

 

「葉山さん、夜分遅くにすみません」

 

 

 達也は全自動運転の車中で厳重に暗号化された音声通信回線を開いた。応答したのは四葉家の、というより四葉真夜の執事の葉山、この回線は真夜へのホットラインだった。

 

『遅いというほどの時刻ではないが、奥様は生憎電話口には出られぬご用の最中でいらっしゃる』

 

「それは失礼しました」

 

『謝罪には及ばない。君の方から連絡してきた事など、私の記憶する限りで初めてだ。よほどの事態なのだろう』

 

 

 葉山の指摘した通り、直接回線を達也の方から開いたのはこれが初めてだ。四葉に頼るのは、本音を言えば癪に障る事でもあり避けたい事だったが、今は意地を張っていられない。

 達也は事情を知っているであろう葉山相手に、現状を説明する事にした。力を借りる以上、それが筋だろうと考えたからだ。




ミアの件と合わせて考えられる能力があれば、こんな勘違いしなかっただろうに……

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