劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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逆恨みをするリーナ……


後始末

 葉山に一通り説明をした達也は纏めに入る事にした。

 

「自分がアンジー・シリウスを移動中継車に運んできた時には、仕留めたバックアップの姿はありませんでした」

 

『監視していた何者かが連れ去ったという事だね?』

 

「自分の監視を続けるよりも優先度が高いと判断したのでしょう。行動不能状態にあった千葉修次も、自分が戻ってきた時には姿がありませんでした」

 

 

 達也の報告を聞き終えた葉山は、少し思案の素振りを見せた、そこにわざとらしさが全くないのは年の功、と言うべきだろうか。

 

『その監視は七草の息が掛かった者たちでありましょうな』

 

「七草家ですか? 千葉家ではなく?」

 

『東京は現在、七草家の勢力圏内。弘一殿が手の者を動かして何やら画策しているご様子とも耳にしていた。魔法の使用を最小限に抑え近接戦技で対応したのは、その監視者の目を意識しての事かもしれぬが、監視をつけられた時点で望ましい事とは言えませんな……だが、達也殿が何か失態を犯したわけでもないのは重々承知。また、次期当主候補であらせられる深雪様をお守りするのは達也殿のお役目だが、達也殿だけの責務でもない。真夜様におかれても深雪様のお立場を他家に知られるのは時期尚早とのお考えだ。もっとも、弘一殿の事だ、察してはいるのだろうが』

 

 

 察している、というのは達也が四葉の縁者である事を察しているという意味だろう。「察している」レベルが「薄々」ですらないのか、と達也は密かに感心していた。

 

『それでも、推測以上の確証を捕まれるのは好ましくない。達也殿がバックアップしたデータをこちらに送ってください。一先ず米軍の方は何とかしよう』

 

 

 サラリと紡がれた葉山のセリフを、達也は大言壮語と思わなかった。

 

『国防軍を動かす口実が無くなれば、弘一殿も当面の所は手を引かれるでしょう』

 

 

 他の取り巻きならいざ知らず、葉山の言なら達也も信用出来る。データを回線に送り込み、達也はカメラに向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えに行った達也と顔を合わせた瞬間、深雪は怪訝そうな目を彼に向けた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 その場ではそう答えていたが、それが他人の耳を意識しての建前である事は明白だった。淑女の笑顔で挨拶を交わし、達也にエスコートされて車内に乗り込み、自動車が走り出したところで――

 

「お兄様、お怪我はありませんかっ?」

 

 

――深雪がいきなり達也に縋りついた。これには達也もさすがに面食らった。

 

「いや、深雪、少し落ち着け」

 

「落ち着いてなどいられません! この『(にお)い』……お兄様、リーナと戦われたのでしょう!? しかも、一対一ではありませんね!? 少なくとも十人以上と刃を交えられた『(くさ)い』です!」

 

 

 達也が「情報」を視覚的に捉えるように、深雪は「情報」を触覚的に捉える。しかし深雪の場合はそれだけでなく、直感的な認識を嗅覚的に解釈する事もある。物理的な痕跡は何一つ残していないはずだが、戦いの跡を「嗅ぎ付けられて」しまったようだ。

 

「頼むから落ち着いてくれ。俺がそうさせない限り、俺に傷を残す事など誰にも出来ないと知っているだろう?」

 

 

 困惑気味のその言葉に、深雪はハッとした表情を浮かべた。段々と興奮が収まっていく。深雪の息遣いが平静を取り戻したのは、五秒後の事だった。

 

「……申し訳ございません、お兄様。見苦しい姿をお見せしました」

 

 

 言葉だけではなく、恥ずかしそうに縮こまった妹に、達也は控えめな笑顔で頭を振った。

 

「いや、俺の方こそ、心配を掛けて済まない」

 

「そんな事……兄の心配をするのは、妹として当然です!」

 

 

 当然なのか? という反射的な疑問が達也の脳裏に浮かんだが、それを口にする愚は犯さなかった。ただ、心の中で思っただけだ。

 家族の心配をするのは確かに当たり前かもしれないが、ここ迄熱烈なのは実は珍しいのではないだろうか、と。

 

「リーナが何度挑もうと、お兄様には勝てないという事も承知しております。お兄様に勝てる者など、世界中を探してもいるはずがないのですから」

 

「お前が待ってくれているんだ。だから俺は、誰にも負けない」

 

 

 このセリフは言い過ぎだった。あるいはやり過ぎだったと表現すべきか……深雪の瞳に霞みが掛かり、熱に浮かされたような眼差しを向けてきているのに気付き、達也は自分の失策を覚った。

 しかし、一度口にした言葉は取り消せない。いや、普通なら取り消しの効く言葉でも、この状況では取り消せなかった。

 

「(……まぁ、根掘り葉掘り訊かれるよりかは良いか)」

 

 

 達也は現実逃避気味に、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの足が無いリーナが自分のマンションに帰り着いたのは、日付が変わった後だった。それも直後ではないくらいの「後」だ。まだ未明でないのが、せめてもの慰めだった。

 情報端末が予備も含めて奪われていた所為で、迎えの車も呼べなかったし、普段データ通貨しか使わない関係で財布も持っていなかった。それ以前に作戦行動中は身元を探られるリスクを避けるため、私物を身につけていない。おかげでせっかく二十四時間稼働している交通機関を一切利用出来ず、家まで自力で帰らなければならなかった。

 生体認証のお陰で、部屋に入るのには苦労しなかったが、ここまで帰ってくる苦労を思い出して、リーナの中でムラムラと怒りがこみ上げてきた。

 

「(わたしに何の恨みがあるのよ、タツヤ!)」

 

 

 客観的に見れば、リーナの事を恨む理由には事欠かないだろう達也なのだが、それが感情というものなのだろう。

 

「(そうだ、大佐たちの安否を確認しないと)」

 

 

 リーナは手早くCADその他の装備を身につけると、疲れた身体に鞭打ってベランダから夜空に舞い上がった。行き先は秘密裏に指揮指令室が置かれたビル。そこに待っている者は誰一人いないという事を彼女が思い知らされるのは、徹底的な捜索を終えた一時間後の事だった。

 翌日の朝。USNA海軍所属の小型艦船が日本の領海を航行中、機関トラブルにより漂流していたところを防衛海軍に保護されたというニュースが活字、映像両メディアを賑わした。

 その船には何故か、USNA東京大使館の高級駐在武官が乗り込んでいたが、それが報道される事は無かった。

 またその日、第一高校の美少女留学生は、体調不良により前日に引き続いて学校を休んだ。




恨まれて無いと思ってるのが凄い……

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