劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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共通点はブラコンって事ですかね……


妹と妹

 朝食を摂りながら朝の報道番組を見ていた達也は、無意識に頷いている自分に気づいて慌てて首の動きを止めた。幸い深雪の目もテレビ画面に向かっていて達也の奇行に気がついた様子は無かった。

 

「機器の故障でしょうか? 嵐だったり濃い霧が立ち込めていたりという悪天候は、特に見られなかったようですが」

 

「計器が一斉に故障するということは考えにくいから、動力系統のトラブルじゃないかな。ここまで自動化が進んだ時代に、人為的なミスだけで舵を失う事も無いだろうし」

 

 

 自分の言葉を疑う様子も無く頷く妹の無垢な姿を見ていると、自分の汚れきってしまった心まで洗われていくような気が達也はしていた。

 

「(それにしても、叔母上直々の下知があったとしても、この対応は早すぎる)」

 

 

 漂流船が「保護」された時刻から見て、達也が葉山に連絡してから半日どころか更にその半分程度の時間で襲撃から後始末まで完了させた計算になる。

 戦力の運用に制限のある秘密作戦中とはいえ、相手は一国の正規軍、それも地方軍閥に毛が生えた程度の小国の軍隊ではなく、極めつけの大国の、おそらくは精鋭部隊だ。如何に四葉の工作部隊が有能だからといって、一から動いていたのではあり得ない早さだ。それはつまり――

 

「(俺が連絡した時には、戦力を配置済みだったということか)」

 

 

 そこにどんな意図があったのかは、分からない。偶々タイミングが合っただけかもしれないし、出来る限り介入しないというスタンスだったのかもしれない。達也が頭を下げてくるまで待っていた、という可能性もある。

 

「(もしそうだったとしても、借りに感じたりはしないけどな)」

 

 

 どんな背景があったとしても、結果として事態が好転すれば、達也にとっては十分だった。

 

「(深雪は、気にしてるんだろうけどな……)」

 

 

 先ほどは深雪の無垢な姿に負い目を感じていた達也だったが、実は深雪が「あの事件」の事をテレビで知るより前に知っている事を、達也は何となく気づいていたのだ。

 

「(叔母上が深雪に報告しないわけも無いし、それで深雪を掌握してるんだろうしな)」

 

 

 実際に四葉の誰が動いたかなど、深雪が分かるはずもないし知らされるわけも無い。深雪に知らされるのは、達也の周りをうろついていたUSNA軍の排除完了の報告だけだ。

 そしてその報告を真夜自らが深雪にする事で、深雪は真夜に感謝するしか無くなるのだ。

 

「(自分で仕向けておいて、都合良く使われてる感じがするがな……)」

 

 

 USNA軍の排除の協力を求めたのは達也であり、その報告が深雪にされる事も達也は理解していた。だが、深雪が四葉に逆らえないようにするために、自分の行動が使われた感じがする事は否めない。達也はそれが少し気に入らないのだ。

 

「(気に病む必要は無いのに、深雪は気に病んでいるのだろうしな……)」

 

 

 自分が四葉家に借りを作った、と深雪は思っているのだろうと、達也は着替えの為に自分の部屋に引っ込んでいる深雪の事を考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅では妹の事で頭を悩ませていた達也だが、教室に到着すると同時に違う事で頭を悩ませる事になった。その原因は――

 

「達也さん、エリカちゃんどうしちゃったんでしょう?」

 

 

――片肘を机に突いてムスっとした表情で不機嫌さを丸出しにしているエリカだった。

 

「さぁ、何かあったんじゃないか?」

 

 

 エリカの不機嫌な原因に心当たりのある達也だったが、それを美月に話すのは躊躇われた。

 

「(やはりエリカはお兄さんの事が好きなのだろうな)」

 

 

 九校戦の時に見かけた修次とエリカのやり取りは、摩利を間に挟んだ事が原因で不仲なように見えなくも無かったが、その後で深雪がエリカをからかったのを見ていた達也には、エリカが大好きな兄を違う女に取られて嫉妬しているようにしか見えていなかったのだ。

 

「とりあえずは下手に刺激しない方が良いだろうな。ああなるから」

 

「えっ? ……あぁ、レオ君がまた」

 

 

 エリカのストレスのはけ口として選ばれたレオを指差して、達也は自分の席に着く事にした。おそらくは昼休み、エリカが質問しに来るだろうと考えながら。

 そして昼休み、昼食は珍しくクラスメイトとは一緒には摂らず、達也は深雪とほのかの三人で昼食を済ませた。そして二人に別れを告げロボ研のガレージからピクシーをつれだした。

 遊ぶため、ではなく訊問する為なのだが、あの服装のままでピクシーを連れ回すのは目立ち過ぎるので、美月から女子の制服を借りてピクシーに着せた。ちなみに、制服は美術部が使う人物画のモデル用だ。ピクシーを実験棟の空き教室に連れて行き、達也は訊問に臨んだ。

 能動型テレパシーが脳裏に響く違和感にはすぐに慣れた。だが無機物の光学センサー、つまりピクシーの両目に宿る熱い眼差しにはどうしても慣れる事が出来なかった。

 達也が訊ねたのは「吸血鬼事件」の事。特に犠牲者には目立った傷が無いにも拘らず、体内から大量の血液が失われていたという不可思議。そのメカニズムとその動機。

 それが事件を知った当初から達也の意識にずっと引っかかっていたのだ。

 

「犠牲者の血が失われていたのはパラサイトの仕業か?」

 

『Yes』

 

「何故、人の生き血が必要だったのか?」

 

『失血は意図したものではありません。増殖に失敗した副作用です』

 

「詳しく説明してくれ」

 

『我々の増殖プロセスはまず自分の一部を切り離しレシピエントに送り込む事から始まります。分離体は血液中の想子と霊子を吸収しながら血管に沿って広がり自分自身と血液を置き換える事でレシピエントの肉体に浸透していきます』

 

「待て、自分自身と血液を置き換える? お前たちは情報体だから質量を持たないだろう。置き換わった血液の質量は何処へ行く?」

 

『同化に伴う肉体の変容に使用されます。同化に失敗すると分離体と共に生気としてレシピエントの体外に排出されます』

 

「なるほど、そういう仕組みか……続けてくれ」

 

『肉体への浸透が完了すれば、その情報体である幽体も掌握出来ます』

 

「実体と情報体の相互作用か。魔法と同じ原理だな」

 

『幽体は精神体への通路でもあります。幽体を経てレシピエントの精神体にアクセスし、これと一体化出来れば増殖は成功です。しかし残念ながら、成功例はありませんでした』

 

「理由は?」

 

『不明です。私もそれを知りたかった。何故かその思いだけが失われず、私の中に残っている』

 

「仲間はこの国に何体いる?」

 

『このボディに宿る直前の時点で七体、自分を含めて八体でした』

 

「パラサイト同士での交信は可能か?」

 

『Yes』

 

「交信が可能な範囲は?」

 

『国境の内側であれば交信可能です』

 

「他のパラサイトの現在の居場所は?」

 

『現在地不明。このボディに宿ってから、仲間との接続が切れています』

 

 

 達也の質問に淀みなく答えていくピクシーには表情は無かったが、思念波が嬉しそうに聞こえるのは達也の錯覚では無い。テレパシーがどの程度感情を表現するものなのか、どの程度感情を偽装出来るものなのか分からないが、伝わってくる限りでは達也の役に立つ事が本当に嬉しいようだ。




原作では深雪が気に病むのですが、ここでは達也が。

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