新人勧誘で風紀委員が忙しく駆けずり回ってる頃、生徒会室ではのんびりとした空気が流れていた。
「リンちゃん、今日の議事録が入ったメモリーね。後で確認しといて」
「分かりました」
「うーん! これで今日の仕事は終わりね。リンちゃんも深雪さんもお疲れ様」
「「お疲れ様です」」
この時期の生徒会はそこまで忙しい事は無いので、仕事が終わればすぐに帰宅しても問題は無いのだ。
「あーちゃんは?」
「中条さんなら今日はもう帰りましたが、何か聞きたい事でもあったのですか?」
「ううん、行き過ぎた勧誘の仲裁なんて、あーちゃんには無理だからね。魔法は兎も角性格で」
彼女のレアスキルである『梓弓』を使えば行き過ぎた勧誘を止める事は出来るが、その後の説得はあずさの性格では無理であると生徒会一同は思っているのだ。
「せっかく美味しいケーキを貰ったのに、あーちゃんもついて無いわね。それじゃあ私たちだけで頂きましょう」
「お茶淹れますね」
深雪がお茶を淹れる為に立ち上がったのと同時に、生徒会室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
音声認識でロックを解除した真由美は、一礼して入ってきた後輩を見て少し嬉しそうな表情になったと、深雪は目聡く見抜いていた。
「お兄様、お疲れ様です!」
そんな真由美に対抗した……訳では無いのだろうが、真っ先に深雪が達也の許に駆け寄って他の人が入る余地の無い雰囲気を作り出した。
「ああ、深雪もご苦労様」
深雪が駆け寄ってきた事には驚きはせず、達也は深雪の髪を軽く梳いた。それだけでウットリとした表情を見せた妹を、達也は少し困った顔で見ていた。
「市原先輩、本日の風紀委員会報告です」
そう言って達也は鈴音にメモ帳のようなものを手渡した。
「お疲れ様です……はい、確かに受け取りました」
中身を確認した鈴音は、受け取り済みを証明する為のデータをそのメモ帳のようなものに示した。
「しかしなぜ物理メディアなどを? 情報として生徒会にも随時報告されてるとおもうのですが」
「言ってしまえばあまり意味はありません。単なる習慣です」
「習慣……そうですか、分かりました」
「あれ、達也君は不合理だって言わないの? 摩利は毎回文句言ってるのだけれど」
毎回はさすがに言い過ぎだが、確かに文句は言ってるなと鈴音は真由美の発言を肯定気味に受け入れた。
「不合理だとは思います。ですが、許容出来ないほどでもありませんので」
「そっか。達也君て結構融通が利くのね。これなら……」
「?」
急に小声で何かをつぶやきだした真由美を、達也は不思議そうに眺めていた。そして、そんな達也を深雪が心配そうに見ているのを、達也だけが気付いた。
「如何かしたのか?」
「……お兄様、正直にお答え下さい」
「何だ、穏やかじゃないな」
深雪の真剣な表情に、達也は困ったような表情で向き直った。何を聞かれるのかは大体分かっているが、自分からその事に触れる事はしないのだ。
「お兄様、魔法による攻撃を受けましたね?」
「「えぇ!?」」
「いや、受けてはいない」
深雪の質問に驚きの声を上げた真由美と鈴音。だが質問された本人である達也は表情一つ変えずに淡々と答えた
「攻撃をされた事は否定されないのですね」
「事実だからな」
兄妹が淡々と会話してるのに対し、近くで聞いていた真由美と鈴音はもの凄い勢いで達也に詰め寄った。
「達也君、平気!? 怪我とかしてない!?」
「司波君、大丈夫ですか!? 本当に攻撃されたんですか!?」
「えぇまぁ……大丈夫ですし怪我もありませんので落ち着いてください」
「「ハッ!」」
自分たちが慌てていた事に気付いて無かったようで、達也に宥められると二人は急に恥ずかしくなったのか迫ってきた時と同じ勢いで遠ざかって行った。
「お兄様に攻撃してくるなんて不届きモノ、何処の誰ですか!」
「さぁな。顔をしっかりと見た訳じゃ無いし、一瞬だったからな。それに、次から次へと問題行動が発生して落ち着いて相手の事を観察出来る時間も無かったし」
「それなのですが」
真由美とは違い、早々に現実に復帰した鈴音が達也と深雪の会話に割ってはいる。
「今年の新人歓迎では、部活動とは関係無い所での問題行動が目立つのですよね」
「そうみたいですね。委員長に報告しても、同じような事を言われてました」
既に摩利からその事を聞いていた達也は、あっさりと鈴音と会話を繋げたが、初耳だった深雪はかなり驚いた。
「それって勧誘以外の原因があると言う事ですか!?」
「そうだろうな。それも、如何やら俺が関係してるらしい」
「司波君の推測は恐らく当たってるでしょうね。問題行動の大半が司波君の居た場所のすぐ近くで起こってますから」
この事は真由美も初耳だったらしく、恥ずかしがってたのを忘れたのでは無いかと思えるくらいの速度で再び達也に近付いてきた。
「達也君、心当たりは無いの?」
「そうですね……二科生で風紀委員になった事、桐原先輩を倒した事、会長や委員長と親しげに見えること……きりが無いほど思いつくのですが」
達也は言わなかったが、一番の原因だと思われるのは深雪と普通に話せる事だろう。兄妹なのだから当たり前なのだが、それも達也を嫉妬する原因の一つであるのは間違い無いだろう。
「兎に角司波君は自分の身を守る事を最優先に動いて下さい。怪我をされたら此方としても大変ですからね」
「そうね……摩利に文句を言われたり、風紀委員本部がまた散らかっちゃったりしてね」
「委員長の事は兎も角としても、本部の片付けは俺の仕事では無いんですが……」
風紀委員会は実働部隊であって、本部の片付けは全員でやるのが基本なのだが、今の風紀委員内に、片付けが出来る人は達也くらいしか居なかったのだ。
「まあまあボヤかないの。美味しいケーキを貰ったから達也君も一緒に食べましょ?」
「……誰から貰ったんですか?」
「……クラブ活動とは関係無いから、そんな疑いの目を向けないでほしいな」
「つまり、賄賂では無いと」
この時期から来年の予算確保に向けての買収を疑った達也だったが、如何やらその考えは穿ち過ぎたようだった。
「恐らく会長のファンクラブの人たちからの差し入れでしょう」
「ファンクラブ? そのようなものがあるのですか」
「まぁね……女子ばっかだけど」
「男子はおいそれと入れるようなものじゃないのでしょう。別に会長が男子に人気が無いって訳では無いと思いますよ」
「そう…かな……? でも、達也君が言ってくれると、本当にそうだと思えてきたわ!」
達也のフォローに気をよくした真由美は、腕に抱きつかんばかりの勢いで達也に近付いた。その行動を見て、深雪が魔法を発動しかけたが、達也が視線で深雪を制した為に生徒会室が吹雪に見舞われる事にはならなかった。
「それじゃあ達也君も一緒にお茶会にしましょう! 深雪さん、お茶をお願いね」
「畏まりました」
真由美に頼まれたからでは無く、深雪は『達也に』お茶を淹れる為に準備を始めた。言い方は悪いが、真由美と鈴音の分のお茶は、深雪にとってオマケでしかなかったのだった。
さて、これから何本のフラグが建つのやら……