劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

360 / 2283
360話目ですね。後少しで一年更新ですね。


エリカの失敗

 二人きりの教室にエリカが入ってきたのは訊問が一段落ついた、丁度その時だった。

 

「達也君、ちょっといい?」

 

 

 聞き耳を立てタイミングを計っていたのか、単なる偶然か、それは分からない。盗み聞きされてもエリカならば構わないし、そもそも能動型テレパシーを介して答えていたのだから、どんなに頑張っても達也の質問しか聞こえないはずだ。

 いきなり入って来た事に文句は無かった。着替え中と言う訳でもなかったし、自分の部屋でもないのに「ノックしろ」などと要求する気も起きない。ただ、もう少し落ち着いてほしかったのだ。

 

「話を聞くのは構わないから、そう殺気立たないでくれ。俺だって何も感じないわけじゃない」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

「いや、分かってくれれば良いよ」

 

 

 エリカ本人は意識してなかったようで、達也の指摘を受けて恥ずかしそうに顔を赤らめた。苦笑いを浮かべながら達也が慰めるようにエリカに言うと、更にエリカの顔の赤らみが増した。

 

「ピクシー、鍵を閉めてくれ」

 

『畏まりました』

 

 

 ピクシーと入れ替わるようにしてエリカが達也の前に立った。座るように勧められても腰を下ろそうとはしない。エリカは椅子に座る達也を立ったまま見下ろしている。気持ちも分からないではないので、達也も無理強いはしなかった。

 

「それで、話って?」

 

「分かってるでしょ」

 

「予想はつくが?」

 

「そうね……昨日の晩、ウチの兄が醜態を曝した件よ」

 

 

 エリカの回答は予想通りのものだったが、達也が予想した回答は一種類ではない。

 

「それだけか?」

 

「とりあえず、コッチが先」

 

「なるほど」

 

「で、相手は誰なの?」

 

 

 端的すぎる問いかけだった。随分と気が急いているのかもしれない、と達也はエリカの雰囲気を観察してそんな事を思っていた。

 

「USNA軍、スターズ総隊長、アンジー・シリウス」

 

 

 エリカの問い掛けに対する達也の回答も、端的であっさりしたものだった。すぐに答えが返ってくるとは予想していなかったのか、戸惑った気配をエリカが漏らした。

 

「で、それを聞いてどうするんだ?」

 

 

 エリカが戸惑っている隙を突いて、今度は達也が問いかける。

 

「そんなの……決まってるじゃない」

 

 

 真っ向から浴びせられた反問にエリカは面食らった様子だったが、すぐに強気な顔で言い返した。

 

「どう決まっているのか、大体分かる気はするが……止めておけ、エリカ」

 

「あたしじゃ無理だって言いたいの?」

 

 

 先ほどまでの無意識な怒気ではない。意識的に放出されたそれを、達也は眉一つ動かさず受け止めた。

 

「無理だな。実力的にじゃなくて、結果的に」

 

「……どういうこと?」

 

 

 セリフの前半で膨れ上がった怒気は、セリフの後半で訝しさに置き換わった。

 

「今朝のニュースは見たか? 映像でも活字でも良いが」

 

「見たけど、どのニュースの事?」

 

「USNAの小型艦船が漂流していたニュースだ」

 

「アレね……まさかっ?」

 

「察しが良いな。おそらく『シリウス』も、もう出てこない。ほじくり返しても、お互いに良い事は無いと思うぞ」

 

 

 達也のアドバイスに、エリカは諾とも否とも答えなかった。

 

「達也君……貴方……何者なの?」

 

 

 その代わり彼女はマジマジと、正体不明の怪人物を見るような目で達也を見詰めた。

 

「あんな事、少なくともウチには……千葉には無理だわ」

 

「そうかな」

 

「ウチだけじゃない。五十里だって、千代田だって、十三束だって、きっと無理。何をどうしたのかしらないけど、あんな結果が出せるのは、十師族の、それも……」

 

「もう止めないか?」

 

 

 達也の短い返事は、言外に応えられる事では無いという意思を込めたものだった。しかし、エリカはそれが理解出来なかったのか、言葉を止めようとしない。

 

「特に力を持っている一族。首都圏を地盤にしているか、地域に関係なく活動出来る家」

 

「エリカ、もう止せ」

 

「北陸が地盤の一条は除くとして……七草か、十文字。あるいは……四葉。達也君、貴方まさか」

 

「止せと言った」

 

「っ!」

 

 

 達也は声を荒げたわけではない。声の調子や大きさではなく、そこに込められた意志が、エリカに口を噤ませた。

 

「それ以上はお互いにとって不愉快な事になる。俺だってエリカを消したくない」

 

 

 達也は静かにそう告げた。修羅場をくぐった経験はエリカも並みではない。気圧されて、黙ったのではなく、密度の濃い経験があるからこそ覚ったのだ。軽率にも、自分が境界線の向こう側に踏み込もうとしていた事を。

 

「……ゴメン」

 

「分かってくれれば良いさ。エリカ、シリウスが誰かなんて詮索しても、もう誰も得をしない。だからその件は御仕舞いにしよう」

 

「……そうね」

 

「じゃあもう一つの用件を聞こうか。多分パラサイトの残党の事だと思うが」

 

「ご名答、と言うほどじゃないよね。この程度の話が通じないなら達也君じゃないから」

 

「褒めてるのか、それ?」

 

「少なくとも、貶しているつもりはないよ?」

 

 

 段々と何時もの調子が戻って来たようで、達也も安心していた。

 

「俺も放っておくつもりは無い。何か分かったら教えるから安心してくれ」

 

「絶対、よ? その代わり、あたしもこの件で隠し事はしないから」

 

「ああ、約束する」

 

 

 この件では、と条件を付ける辺りが如何にもエリカらしい。だが彼女との付き合いは、この程度の距離感が丁度良かった。

 

「じゃあね、達也君。邪魔してゴメンね」

 

「ああ。お兄さんにもよろしく」

 

 

 ドアを手に掛けたエリカの背中がビクッと震えたが、そのまま何事も無かった様にエリカは教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と密談していた教室を出て、足早に廊下を歩く。人気の乏しい実験棟から本棟の二科生エリアへ戻って来たところで、エリカは廊下の壁に背中を預け大きく息を吐き出した。

 今更のように、冷たい汗がエリカのこめかみを伝う。今更ながら、今日の自分はおかしかった、という想いが彼女の心に湧き上がる。

 普段であれば、あんな虎の尻尾をまともに踏みつけるような真似はしなかったはずだとエリカは思った。

 

「(あれは虎の尻尾どころか、龍の逆鱗だったな……お陰で知る必要の無い事を知っちゃった……ほんと、サイテー)」

 

 

 達也が言った「自分を消す」というのは、つまりそういう事なのだと、エリカは理解していた。

 

「(達也君だけでも厄介なのに、それ以上……かもしれないのよね……あーあ、次兄上になんて言おう……)」

 

 

 達也が釘を刺してきた理由は、エリカも分かっている。

 

「(あたしが口を滑らせたとしても、達也君なら笑って許してくれそうだけどね)」

 

 

 触らぬ神に祟り無し、とエリカは心の中で呟いて教室に戻るのだった。




とてつもないモノに触れてしまったエリカ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。