エリカが出ていった後のドアを見詰めたまま、達也は心の中で独白した。
「(やぶ蛇だったかな?)」
昨日の千葉修次による介入は、千葉家が一族ぐるみで七草家の、あるいは七草家に使嗾された国防陸軍情報部の手先となって探りをいれてきたものか、とも考えたのだが少なくともエリカは関与していなかったようだ。単に知らされていなかっただけかもしれないが。
「(まぁいいか。遅かれ早かれ気づかれていただろうしな)」
エリカには既に色々なものを見せている。自分の力だけではなく深雪の「コキュートス」まで見られているのだ。彼女の勘の良さなら、例え今回余計な事を言わなくても時間の問題だっただろう。
「(結果的に巻き込む事も出来そうだし)」
達也もこの展開を最後まで企んでいたわけではなかったが、どうやら結果オーライで済みそうだと考えた。
「ピクシー」
『はい、
ピクシーとの会話で、テレパシーが言葉ではなく概念を伝えるものであるという事を、達也は実感覚で理解していた。相手が伝えようとしているイメージが、伝えられる側の語彙を使って翻訳されているのだと。
使用人の格好ならまだしも、同じ学校の制服姿で「マスター」とか「ご主人様」とか呼ばれるのは落ち着かなかった。だが相手がそう思っているのだから、テレパシーでコミュニケーションをとる以上慣れるしかなかった。
むしろ「マイ・ロード」とか「ミ・ロード」とか翻訳されなかった事に、達也は安堵した。主に自分自身の言語センスに対して。
「そのボディに宿る以前、お前たちは共通の目的意識を持ち、組織的に行動していたように見える。お前たちの中に指揮官に該当するものは存在するのか?」
『我々の中に指揮命令関係は存在しません』
「ではどうやって組織的な行動を維持していた?」
『厳密に言えば、我々は一人一人が完全に独立した個体ではありません。我々は個にして全。個別の思考を持ちながら意識を共有していました』
「一つの精神が複数の思考を行っている状態だったということか?」
『思考だけではありません。不完全な自我と独立した思考力を持つ下位意識が一つの上位意識に統合された状態だった、と表現すれば一番近いでしょうか』
「理解した。だがそれでは下位の意識が異なる目的を持ち、上位の意識の統一性を失わせる事にならないか?」
『生命体を宿主とした場合、その最も根源的な欲求に影響を受ける事は避けられません。生存本能と生殖本能が共有する意識の中で統合され、我々の行動を決定づけてました』
「生き延び、仲間を増やす。生物の在り方として実にシンプルだな」
『その通りです。我々は生命体として最も優先される欲求に従い、生存と自己複製を目的として行動していました』
「仲間同士で意識を共有しているのであれば、生存と自己複製以外の目的についても協力関係は作られるのではないか?」
『大本で統合されているといっても個別の自我を持つのですから、宿主が個別に持つ欲求に対しては個別に対応します。ただ今回は共通の目的を優先していましたので、マスターがそのように感じられたのではと思います』
「なるほどな……」
達也は言葉を切って考え込んだ。そこで余計な口を挿まないのは、彼女が人間でないからか、それとも機械を宿主としているからか。
「あと一つ質問だ。お前は現在仲間との接続が切れた状態だと言っていたが、仲間の存在を全く感知出来ないのか?」
『相手の活性が高まっている状態であれば、おそらくは可能です……あっ』
「どうした?」
『いえ……ここは、病院?』
ピクシーが仲間を感知したのだろうと、達也は瞬時に理解した。
「ピクシー、ガレージに戻って元の服装に着替え、スリープ状態で待機。また後で用がある」
『畏まりました。ご命令をお待ちしております』
ピクシーは折り目正しいお辞儀をして、ガレージへ向かった。達也は必要な武装を頭の中でピックアップしながら一端家に戻るべく、深雪を迎えに生徒会室へ足を向けた。
パラサイトたちが新たな宿主に寄生している事、帰宅した達也は着替えるより先に電話機へ向かった。使うのは居間にある大画面連動の電話機ではなく自室に置いたセキュリティ強化版だ。
『達也殿ですか。予定通りですな』
「葉山さん、昨晩はありがとうございました」
指定された時間ギリギリのタイミングだったが、葉山も達也も焦った様子は無く、普通の前置きは省略した。
『昨晩も申し上げた通り、礼には及ばない。深雪様をお守りするのは我が四葉にとって二番目の優先事項ですからな』
「葉山さん、貴方までそんな軽率な事を仰るようでは困ります」
『時と相手を弁えていれば問題ありますまい。そもそも私はあの者と違って、達也殿に敵対する程の度胸など持ち合わせていない』
「それで、お話は何でしょうか? メールでは伝えられない、直接お目に掛かるだけの時間的な余裕も無い、緊急の御要件だと思いますが」
『おお、そうでした』
言われてから気づいた、というような声を葉山が上げたが、それは演技である事は達也には理解出来ていた。
『達也殿、例の魔物の件で第三課が動いている様子だ。その事を君の耳に入れておきたかったのですよ』
「第三課……国防軍情報部防諜第三課ですか? あの面白部隊は確か七草派でしたね?」
達也がそう言うと、受話器の向こう側から笑い声が聞こえた。
『かの独立魔装大隊の一員でもある君に面白呼ばわりされるのは彼らも不本意でしょうが、その第三課です』
「興味を持っている、というのは退治する方向ではありませんね。それは七草家が防諜第三課を通じてパラサイトを調査……いえ、捕獲しようとしているという事ですか?」
『いつもながら御明察、と言いたいところだが、彼らの目的はまだ分かっておりません。しかしおそらく、達也殿の言われる通りでしょうな』
「貴重な情報、ありがとうございました」
『これも深雪様の御身をお守りする為に必要と考えての事。努々その事を忘れてはなりませんぞ、達也殿』
「心得ております」
深雪の生きるこの世界を壊してしまう事など出来ない。葉山の訓戒は改めて念押しされるまでもないものだったが、達也は抵抗なくそれを受け容れた。
そろそろIFのネタも併せて考えないとな……