劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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雫がいないからほのかと深雪の一騎打ちみたいになってきてる……


夜間外出

 午後七時。既に生徒は全員下校し教職員もごく一部が残ってるだけの校舎はシンと静まりかえっている。校門も閉鎖され翌日まで一部の例外を除いて人の出入りは許されない。教材や購買部の商品、学食の食材も基本的に日中、地下チューブまたは裏門からの搬入となる。

 出入りが許されているのは宿直の職員、契約している警備会社の警備員、夜間でなければ作業出来ないシステムメンテナンスのエンジニア他、学校が特に認めた者と、生徒会が特に認めた生徒だけだ。生徒自治にしては少々行き過ぎにも見えるこの権限は、去年真由美が生徒会長当時に導入したものだ。

 一旦家に帰った達也は、帰宅途中にあちこち手配して、帰り着いた時には届けられていた荷物を詰めたバッグを肩に学校に戻っていた。通用口の守衛に生徒会長の承認コードが撃ち込まれた夜間入構許可書を提出して来訪者用のIDカードを三枚受け取る。何故三枚なのかというと、一枚目はもちろん自分用。

 二枚目を後に続く深雪に渡す。深雪は満足げな笑顔でカードを受け取った。本当は深雪を連れてくるつもりは無かったのだが、夜間入構許可書発行の際に、深雪から条件を付けられてしまったのである。自分も連れて行けと。 

 許可書の発行権限は会長のあずさにあるのだが、現生徒会の真の権力者は会長ではなく副会長だ、と噂されている事を裏付けるような一幕が、約三時間前達也の前で繰り広げられた。妙に頑なな妹の説得に失敗したのと同時に、達也はその時もう一つのミスを犯していたのだ。

 そのミスとは、深雪と更にもう一人の同行者。駅で合流したほのかにIDカードを渡しながら、達也は放課後の出来事を思い出していた。

 彼は当初、深雪同様――いや、深雪以上にほのかを連れて行くつもりなど無かったのだが、許可書発行の話を生徒会室で、つまりほのかも同席している中でしてしまった為だ。断るにしてもあずさや五十里が聞き耳を立てている状況で本当の目的を告げられるはずも無かったし、ほのかに懇願されるだけならまだしも深雪がその擁護に回っては達也に拒絶を貫く事は不可能だったのだ。

 許可書申請の表向きの理由は「異常な挙動が続いている3H―P94の様子を見る為」だが、達也の真の目的はピクシーを外に連れ出し、パラサイトをおびき寄せる事だった。

 

「ほのか、貴女お家に帰らなかったの?」

 

 

 深雪が声に出して問いかけたのは、ほのかの服装が制服のままだったからだ。夜間入構の時は制服着用の義務の限りでは無いし、これから何を行うのかを分かっていれば、制服などという動き難い格好では来なかっただろう。

 

「えっ? ううん、帰ったけど、もしかして……制服じゃ拙かったんですか?」

 

「拙いという程でも無いが……少し都合が悪いかもしれないな」

 

 

 ほのかは一人暮らしをしており、借りている部屋は兄妹の家より学校に近い。着替える時間が無かったという事ではなく、ほのかはこれから行われるであろう出来事を知らないので、責める事も出来なかった。

 

「お兄様、一旦ほのかのマンションへ寄りませんか? ほのかが着替えている間、下で待っていれば」

 

「そうだな。お邪魔するには遅い時間だし……ほのかが良ければ、そうさせてもらおうか」

 

「いえ! 私は、その、来ていただいても少しも構いません。お時間を頂戴出来るのでしたら、是非上がっていってください」

 

 

 すれ違いが一回転して歯車がかみ合ったような会話を交わしている内に、三人はロボ研のガレージに着いた。当然鍵が掛かっているが、鍵というモノは大抵、内側から開ける分には特別何も必要としないのだ。

 

『お呼びですか、ご主人様(マスター)

 

「入口を開けてくれ」

 

『畏まりました』

 

 

 扉一枚隔てても、テレパシーの妨げにはならない。返事があってすぐに、ガレージの扉は開かれた。そのすぐ内側に、深々と腰を折るメイド服の人形の姿。中に魔性が宿っていても、プログラムされた基本行動パターンは遵守されるようだ。

 ピクシーが顔を上げるのを待って、達也は鞄の中から最初の荷物を取りだした。

 

「ピクシー、これに着替えてくれ」

 

 

 夜中とはいえ――いや、夜中だからこそメイド姿で連れ歩くわけにはいかない。だからと言って制服も前の理由でNGだ。今回の作戦に当たり、達也がまず手配したのはピクシーが着る服だった。

 達也にとってピクシーの着替えは、バイクにカバーのシートを被せたり外したりするのと同じような事だったが、深雪とほのかにとってはそうでは無かった。

 

「お兄様っ? 何を平然と見られておられるのですか!」

 

「達也さん、女の子の着替えですよっ!?」

 

「ピクシーはロボットだぞ?」

 

「ロボットでも女の子ですよ!」

 

「確かに人型だが、そこまで精巧に人体を模倣しているわけでは……」

 

 

 どれだけ達也が本当の事を言ったとしても、深雪とほのかを説得する事は不可能だった。達也にしてみれば、人形と人間を混同するような性向は持ち合わせていないし、それほど興奮するような事でも無かったのだが、この二人相手にそのような理屈は通じないだろうと諦め、その場で回れ右をしたのだった。

 理不尽と思わないでもなかったが、同時に着替えているところを見たいわけでもない。達也は二人の許可が出るまで大人しく背中を向けていた。

 

「達也さん、もういいですよ」

 

 

 着替え終わったピクシーを見て、達也は短く命令を発した。

 

「ピクシー、ついてこい」

 

『はい、ご主人様』

 

 

 達也に命令されたピクシーは、どこか嬉しそうに達也の後に続く。それにはりあうように深雪とほのかも達也の後に続いた。

 

「それじゃ、ほのかが着替え終わったら行くとするか」

 

「そうですね」

 

「あの……達也さん」

 

「なんだ?」

 

 

 夜間通用口を出て、ほのかが頬を赤らめながら達也の名前を呼んだ。

 

「女の子の着替えが見たいなら、その……私のを見ても良いですよ?」

 

「ほのか……俺は別にそのような変態的思考を持ち合わせては無いぞ」

 

 

 ほのかの爆弾発言ともとれる言葉に、達也は頭を抱えたくなり、深雪は嫉妬に駆られ、ピクシーは何故か達也に抗議するという構図が完成してしまったのだった。




見方を変えたらストーカーみたいだ。
美少女ストーカー……歓迎する人は多そうですね。

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