劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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デートなわけ無いだろ……


四葉家の暗躍

 市ヶ谷の一角にある中層ビルの地下。ここに国防軍防諜第三課の本部がある。防衛省内の本部が表向きの国防軍諜報の中枢なら、この「地下分室」は裏側の、真の中枢の一つ。

 本部がやられて機能麻痺という事態に陥らない為の措置なのだが、その所為で各セクションに別々の後援者がついていて、その意向に従いバラバラに活動しているのが実態だった。国防軍情報部は組織内に酷い不統一を抱え込んでいるのである。

 この地下分室のパトロンは大手電機メーカーの業界団体で、それは同時に国内二位の軍需産業グループだ。そしてその連合体には七草家が深く食い込んでいる。彼ら防諜第三課の真のパトロンは七草家だ。そして彼らは今、七草家当主の意向を受けて動いていた。

 

「監視対象は都心方面へ移動中。同行者は妹他二名、画像を照合します……一人は国立魔法大学付属第一高校一年生、光井ほのか」

 

「同級生か。妹を連れでデートとは変わった趣味だな」

 

「もう一人の方は……いえ、これは人間ではありませんね。タイプP94のヒューマノイド・ホーム・ヘルパーと思われます」

 

「HARの人型端末か? そんな物を連れて何処へ行こうとしているのだ? キャビネット運行システムへの侵入はまだか」

 

「ハッ、プログラムが固く……申し訳ありません!」

 

 

 男は別の担当者に声を掛け、泣きごとともとれる部下の発言を叱責する事はしなかった。

 

「主任、ターゲットを載せたキャビネットが軌道を変更しました」

 

「赤坂……いや、青山か?」

 

 

 モニターに表示されたキャビネットの進路から推測した行き先を呟き、主任はわずかな間をおいて命令を下した。

 

「警官に偽装したオペレーターを青山通りに配置しろ。ターゲット一行が魔法を行使したところを、逮捕を装い捕獲する」

 

 

 命令受領の返事と通信機に向けた指示の声が飛び交う中、主任はモニターを見詰め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バランス大佐は長期滞在用に大使館が用意した週契約家具付き賃貸マンションでグッタリと座っていた。臨時とはいえ作戦本部に侵入を許し、更に戦闘らしい戦闘もさせてもらえず拉致され、海上を漂流しているところを他国の艦船に救出されるという醜態を曝したのだ。彼女のキャリアと矜持を大きく傷つける大失態だった。

 不意に鳴ったドアホンに顔を上げて、夜もすっかり更けている事に気がついた程に、彼女は今大きく失調しているのだ。

 

「失礼します」

 

「入れ」

  

 

 バランスはソファの上で姿勢を正して、しっかりとした発音を心がけながら応えた。階級が下の者に気弱な姿を見せられない――彼女の意思や感情を超えて刷り込まれた士官の心得が彼女にそうさせていた。

 居間の扉が丁寧に開け閉めされ、目の前で敬礼をしたパンツスーツの長身の女性。腕も胆力も超一流であるはずの彼女の顔が青ざめて顔を強張らせているのを見て、バランスはソファから立ち上がった。

 

「何事だ」

 

「大佐殿に、ご面会を求めている者がおります」

 

「なに……?」

 

 

 バランスがここに滞在している事は秘密にされている。それでも軍の人間が彼女に会いに来ただけで、護衛の軍曹がここ迄緊張する謂われはない。大使館員でも同様だ。つまり来訪者はUSNA軍の情報封鎖にも関わらず、部外者でありながら彼女がここにいると知って会いに来ているということだ。

 

「……何者だ?」

 

「名はアヤコ・クロバ。ヨツバ家のエージェントを名乗っております」

 

「お目にかかれて光栄ですわ、ミズ・バランス。わたくしは黒羽亜夜子と申します。本日は四葉家の代理人としてお邪魔いたしました」

 

 

 少女は綺麗な英語でバランスにそう挨拶した。ただし、軍人に――高級士官に対する敬称は一切用いずに。これだけ完璧な発音を身につけていて、その程度のボキャブラリーが無いとは考えにくい。つまりわざとだ。自らの名を告げる時にファミリーネームを先にしたのも、同じくわざとだろう。

 

「USNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランスです。失礼ながら、ご用件を伺う前に一つお訊ねしたいのだが」

 

「あら、何でしょうか? お答え出来る事でしたらよろしいのですが」

 

「ヨツバ家というのは……あの『四葉』ですか?」

 

「ええ、その四葉です。十師族が一、四葉家当主、四葉真夜の代理人として、本日はお願いに参りましたの」

 

「お願い、ですか?」

 

「はい。是非ともお聞き入れいただきたいお願いがございまして」

 

「伺いましょう」

 

「ではお言葉に甘えて。ミズが手掛けておいでの、我が国の魔法師に対する干渉を中止していただきたいのです」

 

「………」

 

 

 干渉と言う迄もなく彼女が指揮を執っている諜報戦、日本の非公開戦略級魔法師に関する調査とその確保、または無効化作戦のことだろう。しかし「中止せよ」という予想を超えた遠慮の無い要求に、すぐには反応出来なかった。

 

「ミズ・バランスにおかれましては、我が国の『十師族』というシステムがどのようなものであるか、ご存知の事と思われますわ。わたくしどもの当主、四葉真夜はあなた方の過剰な干渉を憂慮しております。貴国と我が国は同盟国ですから、このような事を火種にしたくないと申しておりますの」

 

「……それは警告か? 手を引かねば火がつくという」

 

 

 亜夜子はバランスの質問に答えず、もう一度ニッコリと微笑んだ。

 

「ミズ、昨日は良くお休みになられましたか?」

 

「あれは貴様らか!?」

 

「ええと、何の事でしょう? ミズのお顔の色があまりよろしくないご様子でしたので、僭越ながらご案じ申し上げただけですが」

 

 

 案じているといいながら、少しも心配そうな顔はしていない。少女は笑っている。全てを心得た、訳知り顔を隠そうともせずに。

 

「ミズ・バランス、どうかお気を鎮めてくださいませ。わたくしどもは、できますならば、ミズと良好な関係を築きたいのです」

 

「良好な関係だと?」

 

「わたくしども四葉の実力は、ミズもご存知の通りです。そしてわたくしどもも、ミズの力は良く存じ上げております。ミズが今回の一件から手を引くお手配をくださるなら、わたくしどもはミズ個人に対しての感謝を忘れません、と当主は申しております。今後もし機会がございましたなら、ミズのお力になれるでしょう、とも」

 

 

 バランス大佐は葛藤を見せ、彼女の天秤は理性という名の欲望側に傾いた。少女の形をした悪魔が取りだした契約書に、バランスは署名したのだった。




久々に登場した亜夜子。悪魔とは失礼な気もするけど……

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