劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これで一年連続投稿ですね。明日から二年目に突入ですか……早いですね


ほのかの邪眼

 青山の高架駅から地上第一層の歩道に降りた途端、達也はねっとりと絡み付く監視の目を感知した。それも一つや二つではなかった。出掛けに葉山と交わした会話で監視がついている事は予想していた。とはいえここまで熱心に人員を投入してくるとは彼の予想を超えていた。

 兄妹と四葉の関係を知っていて、または予想していて四葉の介入に備えて多めに戦力を投入している、という事は無いだろう。そもそも如何に七草がバックについているとはいえ、この国の諜報機関が四葉と衝突するリスクを冒すとは思えない。

 四葉と事を構えたらどうなるか……兄妹の母親と叔母がまだ少女の頃に巻き込まれたあの事件で、内情も公安も情報部もそれを思い知ったはずだ。ましてや四葉の力はあの頃よりさらに強化されているのだ。

 達也はそこで思考を打ち切った。自分たちを見る視線に新たな目が加わったからだ。新たな、異質な視線。人とは異質な魔物の眼差しだった。

 プロの諜報員に対して、高校生三人と家事ロボット一体を監視する、という任務が与えられれば、命令された者が多少気を緩めてもやむを得ない思われる。キャリアを積むということは手の抜き方を覚えるという一面がある。中にはどんな時でも全力投球、仕事中は一切手を抜かない、という真面目すぎる仕事人間もいるにはいるが、手を抜くという事とサボるという事は似ているけど違う。

 手抜き、というとどうしても印象が悪くなるが、手の抜き方とは要するにペース配分の事だ。五の力が必要な仕事に十の力を注がないという事なのだ。

 仕事の難易度に関わらず常に十の力を注いでいるより、五の仕事には五の力しか使わないようにする方が、その場その場の出来あがりは遅くても、結局より多くの仕事を片づけられるようになる。

 警官に変装した中堅の諜報員にとって、尾行と監視は数多くこなした任務だ。その豊富な経験が告げるところに従い集中力を無意識にセーブしていた事が今回は裏目に出た。

 彼らに与えられた任務は、監視対象が魔法を使用したらすぐに逮捕を装い拘束・拉致する事。その為に渡された検出器が魔法を感知。そのメーターの変化ではなく、アラーム音に身構えた直後、男の視界いっぱいに眩い光の洪水が押し寄せた。

 思いがけない先制攻撃。まさかの敵対行為。反撃の意思は、イルミネーションの水底に沈んだ。

 

「達也さん、私たちを見張っていた人たちには、全員眠ってもらいました」

 

「ご苦労さん」

 

 

 徐々に近づいてくる異質な気配。ほぼ間違いなくパラサイト。その相手をするのに人間の監視者は邪魔だった。街中で勝手に魔法を使うのは本来違法行為なのだが、こんな粘ついた視線を絡みつかせてくる相手が善良な市民や真っ当な公僕であるはずなかったが、真っ当でないから余計に魔法を打ちあっている姿を見られるのは都合が悪かった。達也が同行者に監視者の存在を伝えたのは、彼らの目を振り切るまで不用意に魔法を使わないよう注意する為だった。

 実際達也は言葉にしてそう続けるつもりだったのだが、しかしそれよりも早くほのかが行動を起こしたのだ。彼女は先に達也が言った――

 

『もし誰かに見咎められたとしても、ほのかが何とかしてくれるだろう?』

 

 

――このセリフをステキに拡大解釈していたのだ。

 実のところ彼女は「達也さんが初めて私を頼ってくれた!」とかなり舞い上がっていたのだ。普段から割と思い込みの強い面を見せているので、達也ばかりか深雪も余り気にしなかったのだが、今日は何時もと一味違った。

 ほのかの得意魔法は光波振動系、光を操るのが彼女の得意技だ。達也から監視者の配置を聞き出し自分でも光を曲げたり増幅したりして位置を確認すると、ほのかはいきなり相手のまさしく目の前に激しく明滅する光の塊を作りだしたのだ。

 

「(司一とは比べ物にならないな)」

 

 

 去年の四月に対峙した「ブランシュ」のリーダの事を思い出し、達也はほのかの「邪眼」の精度とスピードに舌を巻いた。

 

「そいつらの仲間が駆けつけてくる前にここを離れよう。ほのか、ホントにご苦労だったな」

 

「はい!」

 

 

 ほのかを連れてきたのは失敗だったか、と今更な事を考えながら、達也はもう一度ほのかを労ってこの場を離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地監視システムで有毒ガスの検出器や違法に高出力な電波の検知機を合わせて組み込まれた魔法の無許可使用を見つけ出す想子波レーダーのモニターを前にして、響子は無意識にため息を吐いていた。

 

「困ったお嬢さんだこと……」

 

「見事な腕前じゃないか。彼女は確か『光井ほのか』といったね?」

 

「そうですわ、お祖父様。第一高校一年の光井ほのかさんです」

 

 

 響子の答えに九島烈は軽く頷いた。

 

「あの系統の魔法を得意としていて『光井』というと、光のエレメンツの血統かね?」

 

「さあ、そこまでは。調べておきましょうか?」

 

「いや、わざわざ調べる必要はないよ」

 

 

 孫娘に問われ九島老人は人の好い笑みを浮かべたまま首を横に振った。

 

「それにしても……力ある者は力ある者を、異能は異能を呼ぶという事かな、これは。彼の周りには面白い人材が多い」

 

「能力面だけでなく、人間的にも面白い子が多いようですけど」

 

 

 何気なく酷い事を言いながら、響子はオペレーション用の薄い手袋に覆われた指をタッチパネル・コンソール上で忙しく滑らせている。

 

「類が友を呼ぶのか……それとも呼ばれた側か。いずれにしても、平穏とは程遠い星の下に生まれたようだな、彼は」

 

「そうですね。振り回す側のように見えて、実は振り回される側なのかもしれませんね、達也君は」

 

 

 モニターを見詰めながら相槌を打ったために、祖父の発言の裏にあるものに響子は気付けなかった。類が友を、の中に、風間を始めとした独立魔装大隊の面々、その一員として彼女自身も含まれていたのだが、祖父の意図は不幸にしてか幸いにもか、孫娘には伝わらなかった。

 

「やはり面白い子だ。真夜が気にいってる理由が良く分かる」

 

 

 もう一度モニターに目を向け、烈はしみじみと呟いたのだった。




素敵な解釈をしてるな、ほのかは……

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