劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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二年目に突入&お気に入り登録者数2800名を突破。凄いですねー……


パラサイトの交渉

 予想通り青山霊園の中には入れなかった。その必要も無かった。戦後に造られた高い塀に沿って夜の散歩と洒落こんでいた三人と一体に、前から近づくはっきりとした気配があった。

 

『マスター「パラサイト」三体が接近中です』

 

 

 ピクシーのテレパシーに達也は足を止めた。機体のスピーカーを使わせるのではなくテレパシーを許可しているのは、パラサイトを呼び寄せる為だ。テレパシーは深雪とほのかにも伝わるように命じてある。

 達也が足を止めるのとほぼ同時に、少女二人も立ち止り達也の左右に身を寄せた。恐怖の色は無かったが緊張は隠せていない。

 打ち合わせ通りに達也は携帯端末の送信スイッチを押した。ナビゲーションシステムから取得した現在位置がエリカと幹比古の許へ送られたはずだ。

 達也が左の懐から銀色の愛機を抜いた。拳銃形態・特化型CAD「トライデント」を持つ右手を自然に垂らし、人に寄生した妖魔の到着を待つ。

 街灯の明かりの向こう側へ目を凝らすと、前から近づいてくる三つの人影。その足取りに迷いはなく、ピクシー本人が言っていた通りパラサイト側からもピクシーの所在を探知できるのは間違いないようだ。

 どちらも手を出さないまま更に距離が詰まる。着ている物の区別が付く距離で前から近寄っていた二体のパラサイトが足を止めた。残りの一体は立ち止ったままの達也に更に歩み寄る。その姿がハッキリと見えるように連れて、違和感が強まって行く。

 違和感の正体は、すぐに見当がついた。目から入ってくる情報と肌で感じる情報の違い。着ている物はごく平凡なのだし、目も口も鼻も手も足も平凡の範疇を外れるものではないのだが、人の形をしているのに人では無い気配がするのだ。

 達也が相手をじっくり観察している内に、彼とパラサイトを隔てる距離の減少は双方の声が届き表情が読み取れる間合いで止まった。

 

「司波達也、話がしたい」

 

「俺はお前の事を何と呼べばいい?」

 

 

 パラサイトに憑依された男は、開きかけた口からセリフの続きを口にする事が出来なかった。この程度で絶句するとは、随分と人間らしい事だと達也は感じた。

 

「マルテ」

 

「ではミスター・マルテ。いや、セニョール・マルテかな? いったい何の用だ」

 

 

 達也のどうでも良さげな声音に相手がムッとした表情を垣間見せたのも、話の腰を折られて苛立ったのだろうなと考えていた。

 

「ミスターの方だよ、ボーイ」

 

「それで、何の用だ」

 

「……司波達也。我々はこれ以上君たちに敵対する意図はない」

 

「抽象的すぎて言っている事が理解出来ないな。我々とは誰の事だ? 君たちとは誰の事で、敵対とは何を指している?」

 

「――我々デーモンは、君たち日本の魔法師に対して、今後敵対行動を取るつもりはない」

 

 

 デビルでもゴーストでもスペクターでもなく、デーモン。それが彼らの自己認識らしい。ピクシーからこの単語は聞かなかったから、人間に対して自分たちをどう呼ぶか、この交渉に先立って相談でもしていたのだろう。

 達也が苦笑いを漏らしかけたのは、彼の分解魔法を「悪魔の右手」と呼ぶ者がいる事を知っているからだ。これは彼が分解魔法を発動する際、対象に右手のCADを向ける事が多いことから付けられたものだが、だからと言って親近感を覚えたりはしなかった。

 

「それで? 他にも用があるんじゃないのか?」

 

「君たちに敵対しない事を約束する代わりに、そのロボットを我々に引き渡してもらいたい」

 

「……あのな、ミスター・マルテ。もう少し丁寧に話してくれないか。引き渡せと言われても、何のために引き渡しを求めるのか、それを説明してもらわなければ答えようがない」

 

「説明など必要ないと思うが? 君たちにはそのロボットを庇う理由などそれこそ無いはずだ」

 

「理由の有無は俺たちが決める」

 

 

 達也の回答にマルテが顔を顰めた。不快げな表情も、一回り以上外見年齢が違う事を考えれば不思議の無い反応と言えるだろう。

 

「……そのロボットの中に囚われている同胞を解き放つ為だ」

 

「ロボットが宿主ではいけないのか?」

 

「君たちがどう思ってるか知らないが、我々は生物だ。そして……」

 

「その辺りは聞いている」

 

 

 長々と話そうとしていたマルテのセリフを達也がぶった切った。

 

「解き放つ、と言ってもどうやって」

 

「機体を破壊する。現在の宿主を失えば、我々は新たな宿主に移動する事が出来る」

 

「なるほどね……という事らしいぞ、ピクシー。お前はそこから解放される事を望むか?」

 

『嫌です、マスター! 私は私です。私の望みはマスターの物である事。それが私です。私が元々どのような存在であり、私の核を成すこの願いが何処から得られたかなんて、今の私にはどうでも良い事です。私は、私が私で無くなるのは嫌です』

 

「だ、そうですよ、お兄様」

 

「そうだな。さて、こちらの回答はある程度予想出来ると思うが……ハッキリと答えてやる前に訊きたい事がある」

 

「思ったよりも愚かだったようだな、司波達也。失望したよ……いいとも、訊きたい事というのを言ってみろ」

 

「お前、さっき魔法師に対して敵対行動を取るつもりはない、と言ったな? 何故人間に対してではなく魔法師に対してと言ったんだ? 要求が受け入れられれば、お前たちデーモンは魔法師に敵対しない。では魔法師では無い人間に対してはどうなんだ? ピクシーの機体を破壊した後、今度は何を宿主にするつもりだった? いや、答える必要はない。訊かなくても分かっている」

 

「……回らなくても良い猿知恵ばかりを持ち合わせている。何故お前たちと敵対しないと言っているのにそれで満足しない? 我々デーモンと人間が相容れないものであるように、お前たち魔法師と人間もまた異質なものではないか」

 

「ほぉ?」

 

 

 突如演説を始めたパラサイトに対して、達也は白々しい合いの手を入れた。そして言いたい事を言い終えたマルテは達也の顔をじっと見つめていた。

 

「人の事を愚か者扱いする割には……バカだな、お前。俺たち魔法師に危害を加えない、実に結構な事だ。だがな、お前たちは既に俺の仲間に危害を加えている。俺の友人、魔法師に対してだ。その事について一言の詫びもなしに今後危害を加えないというセリフを信じられる理由が何処にある? そんなものは、魔法師の人権を尊重するというお題目と変わらんよ。ましてやそんな空言と交換にこちらから何かをせしめようなんて、厚かましいにも程があるぞ」

 

 

 長いセリフを一旦切って、達也はつまらなそうに嗤った。

 

「そういえば、さっきの答えがまだだったな。答えはノーだ」

 

「小僧……」

 

「後悔するな、なんて決まり文句は吐くなよ? 相手をしているのが恥ずかしくなる」

 

 

 達也の言葉に、彼の背後にいる深雪とほのかが噴出しそうになり、ピクシーが達也に向けて熱い視線を向けた。その事に、達也は気づかないフリをした。




二年目もよろしくお願い致します。

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