劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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誰が一番強いんだ……


サイコキネシス

 達也の言葉を聞いたマルテの目に殺意が光った。彼が右手を振ると、その袖口からナイフが現れる。柄にコードが繋がっている事からみてただの小型ナイフではなく何かのギミックが仕込んであるようだ。他のパラサイトも同じようにナイフを手に取った。達也はそれを見て冷ややかに目を細めた。

 

「実に分かりやすいな。では俺の方も分かりやすく言ってやろうか。武器を捨てて大人しく投降しろ。そうすれば痛い目を見なくて済む。幸せな実験動物としての待遇を保証するぞ」

 

「この……人間の犬が!」

 

 

 達也が外連味たっぷりににやりと笑いそう告げると、マルテが恨みと憎しみをこめて叫んだ。取りついた人間を支配したパラサイトは宿主となった人間の強い「望み」に支配される。支配し、支配される、メビウスのループ。

 起動式の展開も無く、魔法発動の兆候が現れる。やはりパラサイトは魔法を使うのに起動式や呪文の類を必要としないようだ。

 もっともそれは、達也の方も似たようなもので、パラサイトが魔法を発動するより早く、達也の「分解」が事象を改変する為の情報体を破壊する。全ての魔法師の天敵たる異能、情報体の直接分解。その魔法、「術式解散」は人外の術に対しても有効だった。

 音も光もない静かな攻防。だが魔法が発動する事を前提とした攻撃態勢をとっていたマルテは、魔法をキャンセルされるという思いがけない事態に立ち竦んでしまう。達也がその隙を見逃すはずもなかった。

 四肢の付け根を打ち抜かれ、マルテが路上にひっくり返る。パラサイトが宿っていても、人体の基本構造に逆らう事は出来ない。痛みを無視する事は出来ても、腱を断ち切られては手足を動かせない。

 達也は何も持っていない左手を路上のパラサイトへ向けた。肉体を破壊すれば、別の宿主を求めて飛び去って行く。深雪の魔法で凍らせても自爆して逃げ去ってしまう。起動式を必要としないパラサイトは、身体を動かせなくてもおそらく魔法を使える。パラサイトを無力化する為には精神情報体に直接ダメージを与える必要がある。

 掌中に想子の塊を握りしめる。これで効果があるという確信はない。だが、達也には迷いはなかった。これで駄目なら古式魔法の封印を会得した術者を連れてくるしかないのだ。迷いは今、有害無益。ただ「拒絶」の念を込めて、達也は左手をパラサイトへ向けて突き出した。硬く凝縮された想子の砲弾が、パラサイトの胸を撃った。

 脳髄ではなく心臓。これはピクシーから得た情報を元に、八雲と相談して決めた事だ。彼らは肉体的な器官に憑依しているのではなく、人の精神に憑依している。だから身体の何処に当たっても本質的な違いは無い。ならば最もつながりの深い場所、細胞に活動する為の燃料を送っている心臓を狙うべきだと。

 

「お兄様!」

 

 

 パラサイトに打ち込んだ達也の思念がパラサイトを拒絶し、拒絶されているのをじっくり見ている余裕はなく、切羽詰まった深雪の叫びに達也の視線は二人と一体に向けられた。

 振り向いた先では、四肢そのものではなく服を凍らせる事で動きを封じ、相手の魔法を領域干渉で抑え込んでいる深雪と、その向こう側でナイフの刃を有線で操る敵の武装デバイスに翻弄されるほのかと、彼女の盾となって攻撃を受けるピクシーの姿があった。

 

「ほのか!」

 

「だ、大丈夫です!」

 

 

 達也の助っ人を拒むように、ほのかが強い口調で応えたが、どうしても詰まってしまう。だが彼女の瞳には強い光が宿っていた。足手まといには決してならないと、その強い思いが光となって宿る。ほのかの瞳と、彼女の髪飾りに。

 想子波の急激な高まりを達也は感じた。それは思念エネルギーの増大を表す徴。魔法では無いもっと直接的な思念の干渉。

 直後、強力なサイキックがピクシーから放たれた。緻密な制御の為されていない荒削りである代わりに猛々しい事象改変の力に、深雪が構築していた干渉力の力場が揺らいだ。

 達也は新たに作り出した想子弾を妹が相手にしていたパラサイトに打ち込んだ。拒絶反応を見せるパラサイトに達也と深雪の関心は無かった。

 単純な運動状態改変の事象干渉力、所謂「サイコキネシス」が放出された、その場所では、いきなり強力な想子波に曝されて目を回しているほのかと、彼女を守るように立つピクシーの姿。彼女たちと相対していたパラサイトは視界の外へ吹き飛ばされていた。

 

「凄いな……」

 

「凄いですね……」

 

 

 意識を保っていた二人は、ただそれだけを呟いたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニター画面の中で展開された光景に言葉を失っていた響子は、背後から聞こえてきた楽しそうな含み笑いに我を取り戻した。

 

「……いや、思いがけず、面白いものを見させてもらった」

 

 

 椅子を回して不謹慎を咎めるような視線を向けてくる孫娘に向けて、九島老人は一つ咳払いをした後、言い訳をするような口調でそう言った。

 

「最後のサイコキネシスは、3Hから放たれたものだろう? サイキックを使うロボットが開発されたという話は聞いた事がない」

 

「……私も聞いた事がありません。今の技術では不可能だと思います」

 

「そうだな。現行の技術では、魔法であれサイキックであれ、サイキカルな力を機械のみで再現する事は不可能だ。つまりあの3Hには機械以外の要素が宿っているという事になる。ロボットに妖魔が宿ったか。パラサイトの報告は受けているが、この事は聞いていなかったな」

 

「我々も報告を受けているわけではありません。私的な会話を耳にしただけです」

 

「いやいや」

 

 

 硬い表情で答える孫娘を、宥めるように九島老人は手を振った。

 

「響子、私は責めているんじゃないよ。最早そういう立場でも無いし。ただ興味深いと思ってね。人型ロボットにこういう使い道があったとはな……」

 

 

 響子のポーカーフェイスが崩れる。動揺を浮かべて見上げたその視線の先には、祖父の顔に久しく見る事の無かった野心の影が垣間見えていたのだ。

 

「何をお考えなのですか?」

 

「なに、ちょっとした玩具だよ。そう心配する必要も無い」

 

 

 言葉ではそう言っているが、烈の顔には響子を安心させようとする表情ではなく、歴戦の魔法師の顔が浮かんでいたのだった。




悪い老人がいたものだ……

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