劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ほのかもピクシーも可愛いなー


念動の供給先

 達也たち兄妹の自宅は自動管制区域内だが、ほのかのマンションはギリギリでオートドライブの管制区域から外れている。情報端末で呼び寄せたコミューターではほのかが帰れない。四人は結局駅からキャビネットに乗り換える事にした。相当奇抜なファッションでも大して注目されないのは都会のありがたいとこだ。

 思ったよりも人目を集める事もなく―深雪が同行している時点で、全く注目されないということはありえないし、達也もそれなりに人目を集める容姿をしているので仕方ないのだが―達也たちは四人乗りのキャビネットに乗り込んだ。

 

「あの、達也さん……?」

 

 

 乗り込む動作が自然だった所為で、ほのかが疑問を覚えたのはキャビネットが走り出した後だった。方向が同じであっても、キャビネットは途中下車出来ないのだ。

 

「送っていくよ」

 

 

 そうしてほしいと思いつつ口に出せなかった言葉を達也から聞いて、ほのかはしきりに遠慮するセリフを口にしつつ、嬉しそうな表情を隠せずにいた。

 四人用のキャビネットは、座席を対面レイアウトに変更する事が出来る。達也の隣には深雪、向かいにはほのか。達也は斜向かいのピクシーに目を遣り、それからほのかへ目を向ける、という動作を先ほどから無言で繰り返している。

 

「……お兄様、そろそろ何か声を掛けてあげませんと、ほのかがもちませんよ?」

 

 

 達也が目を向けるたびに緊張の度合いを高めていくほのかを見かねて、深雪が横からそっと囁いた。

 

「ああ、悪い」

 

 

 達也には自覚がなかったようで、妹に窘められてハッとした表情で謝罪を口にする。

 

「三人共、今夜は御苦労さま」

 

 

 労いの言葉は単なる前置きなのだろう。ピクシーまで一人に数えてしまっているのがその証拠だ。もしかしたらピクシーも一人前の働きをしたと認めてのものかもしれないが、人間とロボットを区別していない点で良く考えての発言では無いのは明らかだった。

 

「それで、ええと……ほのか。何と言えば良いのか……脱力感は無い?」

 

 

 次の言葉は説明ではなく質問だった。唐突な問い掛けにほのかは戸惑いながらも、何とか首を横に振って返事をした。

 

「そうか……ピクシー、お前はどうだ? 疲労……という表現は適切じゃないな。お前の本体を構成する想子や霊子の消耗は感じられないか?」

 

『消耗は自然回復が可能な範囲です、マスター』

 

「そうか……」

 

「お兄様、何をご懸念されていらっしゃるのですか?」

 

「懸念、と言うほどでもないが……」

 

 

 妹に首を振って見せた後、達也は再度ほのかへ目を向けた。

 

「さっきピクシーが強力な念動力を放った時の事なんだが……ほのか、何が起こったか自覚はあるか?」

 

「……いいえ、何の事でしょう?」

 

 

 ほのかは瞳に不安をたたえて問い返した。

 

「冷静に聞いて欲しいんだが」

 

 

 達也がわざわざこんな前置きをするほど、彼自身も困惑していたのだ。

 

「ピクシーが念動を放つ直前、ほのかからピクシーに想子が供給されていた」

 

「えっ?」

 

「……ほのかがピクシーに力を供給したということですか?」

 

「いや、そういう感じじゃなかったな」

 

 

 深雪の問いに答える達也の声は、珍しく自信無さそうなものだった。

 

「起動式を展開する際にCADに想子を注入するプロセスに似ていた。呼び水……みたいなものかな。あるいは共振か。美月はああ言っていたが……ほのかとピクシーの間にはやはりある種のパスが通じているようだ。そしてどうやら……その媒体となっているのが、ほのかの髪飾りみたいなんだ」

 

「えっ?」

 

 

 さっきから驚いたり怯えたり忙しいほのかだが、今度の驚きぶりは際立っていた。驚いているのは彼女だけでは無かった。深雪もマジマジとほのかの髪を縛るゴムを凝視していた。

 

「正確には、その水晶だな。いったいどういう理屈でそんな事になっているのかは分からないが……」

 

 

 ほのかが両手の髪飾りの水晶に触れる。無意識のもので特に何らかの結果を意図したものではなかったのだが、ピクシーの身体、その胸の中央から霊的な光が放たれた。

 その関連を疑うには同期性が強すぎて、達也と深雪の視線が髪飾りに集中する。ほのかは水晶の飾り玉を両手で包みこんだ。まるで奪われるのを恐れるように……

 

「原理的な事は一先ず置いといて……コントロール法を見つけなきゃ」

 

 

 警戒する小動物を宥める口調で呟いた達也に、警戒心を意外感に替えてほのかが見詰め返した。

 

「とりあえず、ピクシーを買い取っておいて正解だったか」

 

 

 達也はほのかからピクシーへ視線を移してそう呟いた。

 

「お兄様、そろそろ駅へ到着します」

 

「そうだな。ほのか、一応コートを脱いで、これを羽織っておいてくれ」

 

 

 そう言って達也は自分が着ていた上着をほのかに手渡す。何時もコートの下に隠してあるCADは既に別の場所に移し替えてあるので、今上着を脱いでもとりあえずの問題は無い。達也がこの程度の寒さに音を上げないから言える事だが……

 

「ありがとうございます!」

 

 

 ほのかはまるで、宝物を貰ったかのような感じで目を輝かせ達也の上着を羽織った。その動作は前に達也から髪飾りを貰った時と同じく、慌ただしく自分の上着を脱ぎ捨て、丁寧な動作で達也の上着に腕を通したのだ。

 

「お兄様、CADはどちらに?」

 

「ああ。ブーツとソックスの間にしまってある。多少歩き難いが、少しの辛抱だからな」

 

 

 いくら夜が更けているとはいえ、ほのかの格好は外を歩くには不適合だ。青山の時はまだ大丈夫だったが、最寄駅になると話は違ってくる。深雪もその事を理解しているので、ほのかが達也の上着を羽織る事を渋々認めたのだ。

 

「とりあえずほのかの部屋に寄ってから、ピクシーをガレージに戻すとするか」

 

「お茶をお出ししますね」

 

「いや、気にしなくてもいいぞ」

 

「いえ、上着を貸していただいたのですから、それくらいの事はします!」

 

 

 妙に意気込んでいるほのかに対し、達也は苦めの笑みを浮かべて頷いた。ここで言い争っている時間を惜しんだのだろうと、深雪は達也の隣で一人頷いていたのだった。




原作よりほのかに優しい達也さんでした。

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