劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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前回が370話でした……気づかなかったな……


魔法とは

 ほのかを部屋まで送りピクシーを元のガレージに置いて来て達也と深雪が家に帰ったのは、真夜中と呼んで差し支えない時間だった。とはいえ、兄妹の年頃からすれば特別遅いということでもない。戦闘も能力全開には程遠く、神経に興奮を残すだけで逆に眠気を遠ざけていた。

 食事入浴その他諸々を済ませた後、地下の研究室ではなく自分の部屋で、珍しく魔法学以外の勉強をしていた達也の許に深雪が訪れたのも、中々寝付けない所為だった。

 

「お兄様、深雪です。少しよろしいでしょうか……」

 

「いいよ、お入り」

 

「はい、失礼します」

 

 

 兄妹とはいえ寝室を訪れるには不適当な時間だが、深雪と話をするのも気がまぎれるかもと思い、達也は教材を閉じ背面がそのまま机の天板になるタイプのディスプレイを倒してパタンと閉じる音のした扉の方へ振り返った。

 

「……それで、どうしたんだ?」

 

 

 どもったり声が上ずったりしなかったのはさすがと言えよう。それでも不自然に間を取る結果になってしまったのだが。

 兄の問い掛けに対してすぐに答えず、深雪は神妙な顔でベッドに腰を下ろした。

 

「(ついこの間までは、深雪はパジャマだったような……もしかしてこの間の雫の格好に感化されたのだろうか)」

 

 

 深雪の格好に気を取られながらも、達也はその事を顔に出したりはしない。きちんとガウンを羽織って帯もしっかり締めているのだが、胸元とか膝下とかから薄衣越しに透けて見える素肌が妙に艶めかしかったのだ。

 

「(俺が相手だから良いものの……年頃の女の子としての自覚が足りないんじゃないか?)」

 

「もしや、お勉強の邪魔をしてしまいましたか……?」

 

「いや。俺にそんなものは必要ないということは、深雪も知っての通りだよ」

 

 

 他の人間が聞けば間違いなく嫌味にしか聞こえないセリフだったが、深雪は羨む事も感嘆する事も称賛することさえもなく、ただ当たり前のこととして言葉を受け止めていた。

 

「お兄様……深雪は混乱しています」

 

「混乱?」

 

 

 視線で用件を聞いた達也だったが、あまりにも唐突な発言だったので、深雪のセリフの一部を鸚鵡返しに呟いて深雪の顔をマジマジと見詰めた。

 

「私、分からなくなってしまいました。魔法とは何なのか……私たち魔法師とは、何なのか……」

 

「何故そんな事を?」

 

「魔法と超能力は本質的に同じもの。これが単なる理論ではなく事実に他ならないことは、お兄様が誰よりもご存知のはずです」

 

「誰よりも、というのは大袈裟だが……それで?」

 

「一方でパラサイト――妖魔も魔法を使います。彼らが使う魔法と私たちが使う魔法の間に、発動プロセス以外の違いはありませんでした」

 

「そうだね」

 

 

 深雪は身を乗り出すようにして達也の顔を見上げている。その目には不安が揺れていた。不安の奥に、恐怖が潜んでいた。

 

「それは……妖魔が魔法師に取り憑いているからだと、私は思っていました。妖魔が魔法師の精神を利用して、魔法を使っていたのだと。でも、ピクシーが使ったサイキックを見て、その後お兄様のお話を聞いて、それが間違いだったと気付きました」

 

「さっきのサイコキネシスかい?」

 

「はい……テレパシーは精神と精神の間で作用する能力です。元が精神体に近いパラサイトが使えても不思議には思いませんでした。表情を作るのにサイコキネシスを使ったと聞いた時も、その程度の事ならと、気に掛けておりませんでした。ですが先ほどの念動力は……構成こそ荒いものの、あれは移動系魔法に他なりませんでした。しかもその魔法は、ほのかとの共鳴によって発動したのですよね?」

 

「……ああ」

 

 

 達也は躊躇いがちに頷いた。さっきは曖昧な言い方をしたが、ほのかとピクシーの間に生じた現象が、「共鳴」に違いないと達也はほぼ確信していた。

 

「3Hに……機械に魔法を出力する機能はありません。ですがピクシーが使ったサイキックは、宿主の能力ではなくパラサイトの、妖魔そのものの能力です。魔法とサイキックは同じもの。つまり妖魔は、私たち魔法師と同じ力を持っているということになります。魔法がなぜ、魔の法と呼ばれているのか……私たちの力は彼らに由来するものなのでしょうか?」

 

 

 深雪の顔が更に近づいてくる。息のかかる距離になる、その直前に達也はベッドから立ち上がった。身を躱したのではなく、達也は深雪の正面にしゃがんで視線の高さを合わせたのだ。

 

「深雪……考え過ぎだ。魔法は日本語では確かに『魔の法』だけど、例えば英語のMagicは『賢者の技』という意味だよ」

 

「あっ……」

 

「自分が妖魔の、人では無いものの眷族かもしれない、そう思って不安で眠れなかったんだね?」

 

 

 達也の問い掛けに、深雪は顔を赤らめた。

 

「だったら眠れるまで傍についていてあげようか?」

 

「……手を握ってくださいますか?」

 

 

 少しからかう意識があったといえ、達也は自分がやり過ぎたと反省した。だが達也に拒否権などあるはずもなく、妹の部屋に移動し、彼女が寝付くまでベッドサイドに座り、その白く華奢な手を握っていなければならなかった。幸いにして、深雪はすぐに夢の国に旅立った。

 

「深雪のような、魔法に精通しているはずの人間でも、魔法師を人とは別のものとして見るとは……」

 

 

 足音も立てず、明かりもつけずに深雪の部屋から移動した達也は、誰に訊かせるでも無く呟き、自室に電話が掛かってきている事に気付いた。

 

「はい?」

 

『達也殿、今よろしいですかな?』

 

「ええ、大丈夫です」

 

 

 電話の相手は、真夜の執事である葉山だった。見計らったようなタイミングで電話を掛けてきた葉山に、達也は無駄話無しで用件を聞く事にした。

 

「何かあったんですね? エリカたちに任せたパラサイトが横取りでもされましたか?」

 

『さすが達也殿、何時も通りの御明察。七草家の息が掛かった防諜第三課の連中が略奪を行ったと、匿名のメールが真夜様宛にありましてな。どうやら九島烈の意向を受けた藤林響子嬢からだと判明しました』

 

「匿名だったんですよね? よく判明出来ましたね」

 

『四葉の力をもってすれば、不可能ではありません故』

 

「分かりました。わざわざありがとうございます」

 

『いえ、ではこれで失礼します』

 

 

 葉山からの報告を受けた達也は、明日の朝エリカたちに呼び出されるのだろうと思いながら、先ほどまで深雪が座っていたベッドに入り眠りに着いたのだった。




なんだかんだ言って、深雪に一番甘い達也でした……

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