劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通に考えたら寒いよな……


真冬の屋上

 翌朝、達也は登校直後エリカとレオと幹比古に捕まって教室から連れ出された。美月がオロオロした顔で見ていたが、救出の手は彼女の手に余るようだった。

 行き先は屋上。ただでさえ気温が上がっていない朝一番の屋外の吹きさらしの屋上には、彼ら以外の誰もいなかった。達也も長居したい場所ではなかった。

 

「何か話があるんだろ?」

 

 

 三人が黙りこんだのではなく、わざわざこんな場所まで連れてくる必要の無い世間話ばかり続ける友人に、やや焦れた口調で促したとしても、達也の気が短いとは言われないはずだ。

 

「達也、その、実は……」

 

 

 エリカとレオに視線でスポークスマンを押し付けられ、ビクビクしながら幹比古が切り出した。

 

「もしかして、パラサイトに逃げられでもしたか? そんな事で怒ったりしないから安心しろよ。また捕まえる事を考えると面倒臭いが……逃げられたものは仕方ない」

 

 

 事情は昨夜、葉山から全て聞いているので、エリカたちが何を言っても達也は怒るつもりは無かった。「逃げられたのか?」というのは、用件をさっさと済ませる為のきっかけ作りだったのだが、もの凄い勢いで幹比古が顔を強張らせたので、達也は思わずため息を吐きたくなったのだ。そして教室に戻ろうとした達也を、幹比古とエリカが必死になって引きとめた。

 

「いや、違うんだ、達也!」

 

「そうよ! 逃げられたんじゃないわ! ……いや、逃げられたのは逃げられたんだけど」

 

「なるほどな……レオ、そんなに手ごわかったのか?」

 

「いや、負け惜しみに聞こえるかもしれんが、実力だけならそんなに手ごわい相手では無かったと思うんだが、装備が周到でよ。殴ったらこっちが痺れるスーツなんて初めてだぜ」

 

 

 その後にエリカと幹比古もその略奪者の特徴を話していたのだが、達也は既にその犯人グループの事を知っている。だが、これほど証拠を残していたのには、さすがに驚いていた。

 

「(七草の息が掛かっているにしては、随分と仕事が甘いな……高校生相手とはいえ、これほど証拠を残しておいて、バレないとでも思っているのだろうか……)」

 

 

 三人の内の一人は、家族にどう思われていようが百家の人間、調べようとすればそれなりの伝手はあるのだ。達也はその事を考えていたのだが、エリカには別の事を考えているように思えていたのだ。

 

「ひょっとして達也君、相手の正体を知ってるの?」

 

「国防軍情報部防諜第三課。そういう面白装備を採用していてステルス仕様の飛行船を運用しているとなると、第三課だろうな」

 

 

 達也は葉山から報告を受けていた相手の名前をあっさりと伝えた。黙秘してもおかしくない情報をあまりにもあっさり話したので、エリカもレオも幹比古も一瞬固まってしまった。

 

「それ……達也君が独立魔装大隊の隊員だから知ってるの?」

 

「ん? エリカに所属部隊を教えた記憶は……そうか、深雪に聞いたんだな」

 

「あんなの見せられちゃ、訊きたくなるわよ」

 

「侵攻軍に対して実力で抵抗した以上、もしもの時は所属指揮系統を明示する必要があったし仕方ないか。でも他人には黙っていてくれよ」

 

「分かってる。スパイ容疑でしょっ引かれたくないもんね。ねっ、相手の正体が分かってるんだったら、何処に連れて行かれたのかも分かるんじゃない?」

 

「目的が分からなきゃ絞り込めない」

 

 

 エリカは目を輝かせて達也に問いかけたが、達也はそっけなく頭を振った。

 

「そうだよね……相手は政府機関、拠点なんていくらでももっているだろうし」

 

「予算、ってヤツがあるからな。いくらでもってことはねぇだろう。それでも、虱潰しが効かない程度にはあちこちに隠しているだろうけどな」

 

 

 幹比古とレオが言うとおり、今回の相手は国家機関、今までアドバンテージとなっていた地の利は、今回相手側にあるのだ。

 

「まあそんな事気にする必要は無い。昨日出てきた奴らで打ち止めってわけでもないだろうし、パラサイトがピクシーを狙っているという事も分かったんだ。今度は横槍が入らないよう手配してから罠を仕掛ければいい。それよりも教室に戻ろう。いい加減寒くなってきた」

 

 

 そう告げて教室に戻ろうとした達也だったが、途中で通信が入った為に一人別行動を取ったのだった。

 

「達也君、怒って無かったけど……」

 

「最後のあれは悪い顔だったな」

 

「策略家、って言ってあげようよ……」

 

 

 別行動を取られた事には触れずに、三人は最後の達也の顔を思い出して口々にそう言っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別行動を取った達也は、電話を掛けてきた相手に折り返し電話を掛けた。

 

『達也さん、お久しぶりです』

 

「亜夜子ちゃんがこんな時間に電話してくるなんて……USNA軍にパラサイトの居場所でも教えたのか?」

 

『……用件を伝える前に知っているのには驚きませんが、もう少し世間話に付き合ってくださってもよろしいのではありませんか?』

 

「悪いな。こっちはもうすぐ授業なんだ。あまり世間話に時間を割いている余裕はない」

 

『達也さんなら授業など出なくても理解していると思いますけど……仕方ありませんね』

 

 

 亜夜子は何かに納得したかのように世間話を諦め、本来の報告に入った。

 

『先ほど達也さんが申し上げた通り、私は今朝、USNA軍のバランス大佐に七草家が捕えたパラサイトの情報をご当主様のご命令で伝えました。おそらくは、既にシリウス少佐の耳にも入っているでしょう』

 

「叔母上は殺処分を命じたのか?」

 

『いえ、七草家の者にパラサイトを自由にさせないように、とのご命令でした。現在私はUSNA軍との交渉役として行動しておりますので、処分は彼女たちに任せようと。宿主の一人が元USNA軍所属だったのを突き止めましたので、それを上手く利用させていただきましたの』

 

「分かった。わざわざ報告ありがとう。亜夜子ちゃんも学校があるだろうに、ご苦労だったな」

 

『いえ、達也さんにそう言って頂けましたので、そんな事は気にならなくなりましたわ』

 

 

 亜夜子の気持ちを知っている達也は、苦笑いで済まないくらいの呆れを覚えたのだが、幸いにして相手に自分の表情は見えないので、達也は思いっきり呆れ顔をしていたのだった。

 

『それでは達也さん、またお会いできる日を楽しみにしておりますね』

 

 

 最後にそう締めくくり、亜夜子は通信を切った。達也の方も端末をしまい、さっさと教室に向かう事にしたのだった。




バランスの出番をカットして、亜夜子だけを残してみました。

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