劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あまり見たくないかもしれない……


シリウスの仕事

 情報部の施設が襲撃されて、収容されていた妖魔が殺された。メールを見た達也は、すぐに真由美とコンタクトして詳しい事情を聴きだすという欲求を抑え一先ず浴室に向かった。鍛錬の汗を熱いシャワーで流しながら、これからどうするか考えを纏める為に。

 深雪にはまだ知らせていない。八雲の寺から帰ってきてシャワーを浴びる。それは何時も通りのパターンで、シャワーの前にメールを見たからと言って、それだけで何かあったとは思わないはずだ。

 

「(いや……隠しても無駄だろうな)」

 

 

 このまま知らせずにおこうかと考え、達也はそのアイデアを即座に却下した。勘の鋭い妹が、何時までも気づかずにいるはずが無い。自分が全く関与していない事柄なら兎も角、深雪はこの事件に達也と同じくらい深く関わっているのだから。

 妹に気取られないようコソコソ立ち回るのではなく堂々と調べる事に決めて、達也はシャワーを止めた。

 汗を流し終えた達也は、地下室に据え付けられたワークステーションのコンソールに指を躍らせていた。もっともその様を形容するなら「華麗に」ではなく「素早く」「正確に」となる辺りは、彼の個性と言うべきだろう。

 今日は土曜日、午前中だけとはいえ授業はある。だが調査に時間が掛かるようなら学校をズル休みする事も達也は考えていた。ただその場合、当然の如く隣にいる深雪も、これまた当然の如く今日を自主的な休日とする事に違いないから、ズル休みの決断はギリギリまで先送りにするつもりだった。だが幸いな事に、お目当てのデータはすぐに見つかった。

 達也は国防軍情報部の分散型サーバーに不正アクセスを仕掛けていたのだが「電子の魔女」藤林響子謹製のハッキングシステムを相手にするには、情報部のシステムといえど一セクションのローカルシステムではかなり力不足だったようだ。

 データを呼び出して記録されている映像を映したのと同時に、隣にいる深雪が息を呑んだのが分かった。そこに映し出された映像は、かなりショッキングなものだったのだ。

 残虐なとか、冷酷なとか、そういう生理的な衝撃を伴うという意味ではなく、そこで行われた事、それを成した人物が、深雪に小さくない衝撃をもたらしたのだ。

 闇に紛れて侵入する小柄な人影。警報とともに点った灯りに照らされる深紅の髪に、仮面の少女。立ち塞がる私服の兵士を金色の瞳の一睨みで吹き飛ばし、複雑な文様がビッシリと刻まれた扉に向かって、大ぶりのナイフを四度振う。少女が横に移動するのと同時に扉は廊下へ向かって倒れた。

 扉の向こうは小さな部屋だった。シングルベッドが二つ入る程度の幅と二メートル程度の低い天井。そこには壁に寄せて三段ベッドが置かれていた。拘束衣で両手の自由を奪われ、両足を足枷で一つに縛りあげられた男が、三段ベッドの中央に横たわっていた。血の気を完全に失っている所為で印象が変わっていたが、この顔は間違いなくマルテと名乗ったあのパラサイトだった。

 少女の口から白い息が漏れた。部屋の中はかなり低温のようだ。少女の手にはナイフの代わりに自動拳銃が握られていた。マルテの胸を、少女の手から放たれた銃弾が穿つ。突如男の身体が燃え上がった。

 考え得る火種は撃ち込まれた銃弾のみ。弾が標的の体内に停止する事を条件として発動する燃焼の魔法だろう。深紅の髪の少女、アンジー・シリウスはベッドの上段と下段にも同じように銃弾を撃ち込んだ。明らかに「中身」の事を考えていない殺害行動。「容れ物」を燃やす事だけを目的とした、それは「処刑」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠々と脱出する少女の映像を見ながら、達也は無意識にため息を漏らした。シリウスの任務に反逆魔法師、脱走魔法師の処刑が含まれているという事は知っていた。魔法師の人道的処遇など空念仏でしかないという事も重々承知しているが、それでもため息を吐きたくなる気持ちを止められなかった。

 十六歳の少女に殺し屋の役割を負わせるなど、USNA軍幹部はいったい何を考えているのか。マフィアでももう少し人選に配慮しそうなものだ。これでは聖戦の名の下に少年少女をテロへ駆り立てる宗教原理主義者と変わらないではないかと思っていた。

 

「お兄様、今のは……リーナですか?」

 

「多分」

 

 

 深雪にはシリウスの秘密、「パレード」の事を教えてある。あの粗い映像で、殺し屋がシリウス=リーナだったと分かったらしい。

 深雪は達也以上にショックを受けている様子だったが、達也はそれを和らげる上手い言葉を見つけられなかった。人殺しそのものについて今更どうこう言うつもりはないし、自分がそんな資格があるとも思っていない。公に出来ない任務は色々あるし、汚れ仕事の中では暗殺はむしろキレイな部類に属するとも言える。

 だが同時に孤独で陰鬱な仕事なのだ。性格的に余程の適合性が無ければ、ティーンの少女には重すぎる。その重さに耐えきれず、少しずつ心が壊れていく程に。

 そして達也が見るところ、リーナに暗殺者たる適性は無い。深雪も同じ意見であることは、達也に向けた声と眼差しで分かる。

 

「お兄様、何故リーナがこのような事を……」

 

「どれが対象だったのかは知らないが、パラサイトの宿主だった一人がUSNA軍の脱走兵だったんだろう。シリウスの任務の一つが、それの粛清だからな」

 

「ですが、宿主を失ったパラサイトは、新しい宿主を求めて移動するのでは……」

 

「『中身』の事なんて考えてないのは、この映像で分かると思うが、ヤツらの狙いはあくまでも『容れ物』になった魔法師だからな」

 

 

 感情の殆どを持たない達也は冷静に言葉を紡いでいるが、深雪はそうはいかない。友人でありライバルであるリーナにこのような仕事を押し付けたUSNA軍相手に嫌悪感を抱く。

 一日中そのような感情を抱いているのは、深雪の精神衛生上よろしくは無いし、同時に達也にとっても良い事では無い。

 どうやって深雪の心を落ち着かせるか考えていた達也だったが、ハッキングしていた映像に何者かが割り込みを掛けたおかげで、その事は一旦忘れる事が出来たのだった。




次回、雫にちょっかいを出すアイツが登場……

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