劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本当はバッサリ行きたかったんですけどね……


七賢人・レイモンド

 ハッキングしていたモニターに、金髪碧眼の、見るからにアングロサクソン的な少年の胸像。子供っぽく見えるが年齢はおそらく達也と同程度。深雪が狼狽の声を漏らしかけて自分で自分の口を押さえていたが、達也は落ち着いていた。もともとハッキングに使っているこのワークステーションは他のシステムと切り離されているし、回線も専用のものを使用。この部屋にマイク、カメラの類は無い。こちらが一方的に見聞きするだけで、回線の向こうからこちらの様子をうかがい知る術は無いと分かっているからだ。

 

『ハロー、聞こえているかな? 聞こえている事を前提で話させてもらうけど。まずは自己紹介と行こう。僕の名前はレイモンド・セイジ・クラーク。「七賢人」の一人だよ。君の事はティア……じゃなかった、シズクに聞いて知ってるよ。よろしくね、タツヤ』

 

 

 七賢人という単語に、深雪は首を傾げた。達也はリーナからその事を聞いているが、深雪は知らない。加えて言えば、達也はこの男が雫が言っていた情報源なのだと即座に理解もしていた。

 

『アンジー・シリウスにここの事を教えたのは僕だよ。まぁ何故か彼女は僕が教えてあげる前にここの事を知っていたみたいだけどね』

 

「この男がリーナに……ですがお兄様、リーナはこの男からこの場所を聞く前から知っていたみたいですが、リーナ本人が突き止めたのでしょうか?」

 

「どうだろうね。リーナが諜報向きでない事は深雪も分かっているとは思うが、彼女の仲間が突き止めたのかもしれないね」

 

 

 本当は真夜の代理としてバランスに近づいた亜夜子が情報をもたらしたのだが、再従姉妹である亜夜子が教えてリーナがあのような行動を取ったと深雪が知れば、精神的にそれなりのダメージを負うと考えて達也は深雪が納得するであろう範囲で嘘を吐いた。

 

『そして君にも特ダネを提供しようと思っている。君にとって、とても有意義なネタだと思うよ。お代は見てのお帰り、と言いたいところだけど、今回はお近づきの印に無料で提供させてもらう。現在ステイツで猛威を振い、日本にも飛び火しつつある魔法師排斥運動は、七賢人の一人、ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものだ』

 

 

 あまりにもいきなりだった為、深雪は思わず達也の肩に置いていた手に力を籠めてしまった。だが達也はその事を気にする事は無かった。

 

『ジード・ヘイグ、またの名を顧傑(グー・ジー)。無国籍の華僑で国際テロ組織「ブランシュ」の総帥。君が捕まえたブランシュ日本支部のリーダー、司一の親分だよ。国際犯罪シンジケート「ノー・ヘッド・ドラゴン」の前統領、リチャード=孫の兄貴分でもあるね。ノー・ヘッド・ドラゴンでは「黒の老師」「黒顧(ヘイグ)大人」と呼ばれていた。あっ、念の為に言っておくけど、七賢人だからといって僕と共謀関係にはないからね。七賢人というのは一つの組織の名前じゃなくて、フリズスキャルヴのアクセス権を手に入れた七人のオペレーターの事なんだから』

 

 

 再び深雪が首を傾げる。今のセリフの中に聞き慣れない単語があったからだろう。

 

「お兄様、フリズスキャルヴというのは……?」

 

「全地球傍受システム『エシュロンⅢ』の追加拡張システムの一つ。エシュロンⅢのバックドアを利用しているからシステム内に潜むハッキングシステムと表現する方が妥当だろう」

 

 

 達也が深雪に説明したすぐ後に、画面の中からレイモンドが同じ説明を始めた。その辺りの事は話半分で聞いていた達也たちだったが、再び重要な事をレイモンドが話しだした。

 

『フリズスキャルヴの使用には、オペレーターにとってもリスクがある。フリズスキャルヴは検索を効率化する為にフギンとムニンという二種類のエージェントを使っている。で、オペレーターの検索履歴がムニンに記録されてしまう。一人のオペレーターが調べた事は、他のオペレーターにも知られてしまうんだよ。僕がジード・ヘイグの事を知ったのも、ムニンの記録からだ。ブランシュ日本支部の壊滅とノー・ヘッド・ドラゴンの日本拠点消失によって、ヘイグは日本に干渉する手段を失っていた。パラサイトが日本に渡るように仕向けたのもヘイグで、その目的は騒ぎに乗じて日本における工作拠点を再建する事だ。彼の目的は、魔法を社会的に葬り去る事だと僕は分析している。魔法の無い世界で覇権を手にする、それがヘイグとその背後にいる者たちの目的だと思う。でもそれは僕の望むところじゃない。……ロマンチストと笑ってくれても良いけど、魔法は人類の革新につながるものだと僕は思っているんだ。そんなわけで、僕は今後継続的に君に必要な情報を提供しようと思っている。タツヤ・シバ――戦略級魔法師「破壊神(ザ・デストロイ)」』

 

 

 レイモンドが口にした大袈裟なニックネームに、達也は思いっきり顔を顰めた。

 

『ちょっとばかり長話になっちゃったね。要するに今回はパラサイト駆逐に僕も手を貸そうという提案なんだ。ジード・ヘイグに関する情報はタダ。信じるも信じないも君の判断次第。今から僕が告げる事を君が信用するかどうかも、君の判断に任せる。ただ信用してくれたなら、君の労働で代金を支払ってほしい。明日、そちらの日付で二月十九日の夜、第一高校裏手の野外演習場に活動中の全パラサイトを誘導する。そこでパラサイトを殲滅してもらいたい。なお、この情報はアンジー・シリウスにも既に伝えてある。協力するも、競争するも、君の好み次第だ』

 

 

 必要な情報を告げた後、レイモンドは先ほどまでとは別の表情を見せた。

 

『それからこれは君に対する感情だけど、ティア……シズクの心の中には君がいるみたいだね。何度僕が誘っても相手にされないんだよ……顔を合わせる機会があれば、君を殴りたい程に、僕は君に嫉妬している』

 

「……そろそろ学校に向かわなければ遅刻するな」

 

 

 背後から突き刺さる視線には答えず、達也は時計を見ながら立ち上がりモニターの電源を落とした。最後に面倒な事をしてくれたと、達也は何処にいるか分からないレイモンドに不満を込めた視線を向けたのだった。




話の殆どを知っていた達也さんでしたとさ……

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