劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どっかで聞いたようなタイトルだな……


四葉家ティータイム

 四葉本家。主に午後の紅茶を給仕していた葉山の懐で、控えめな電子音が着信を告げた。真夜が頷くのを見て、葉山はクラシカルな折り畳み式の音声通信専用端末を取り出して広げ、耳に当てた。

 

「青木か。……ふむ、つまりはお役目をしくじったのだな。……奥様のお申し付けを果たせなかったのは事実であろう。まあ、そのような事情ではやむを得んか。……そう慌てる事も無いと思うが。このような事で達也殿は約束を違えたりはせんだろう。……分かった。奥様には私から伝えておく。……うむ、励むが良い」

 

「……青木さんは何と」

 

 

 端末を懐に戻した葉山へ真夜が問う。葉山は困ったものだと言わんばかりの苦い表情で真夜へ頭を下げた。

 

「申し訳ございません、奥様。3Hの入手に失敗したとのことにございます」

 

 

 役目を失敗したのは青木だ。しかし葉山は執事筆頭、青木の上司とも言える。彼は本気で青木の不手際を恥じていた。それに対して真夜は許すとも許さぬともハッキリした形では答えなかった。

 

「たっくんの名前が出ていたようだけど」

 

 

 真夜が関心を示したのはこの点だった。自分が申し付けた仕事を失敗した青木よりも、彼女の中では達也の方が関心を引く対象なのだ。真夜の質問に答える葉山は、苦笑いを堪えてるような表情だった。

 

「件の3Hを達也殿が購入されていたとのことです。どうやら達也殿は、かの人形が他者の手に渡らぬよう巧まれたようですな。第一高校に対する貸与契約を有効としたまま所有権のみ買い取られたとのことでございます」

 

 

 それは真夜がピクシーを手に入れられなかった場合の次善の策として指示した内容と同じ措置だった。

 

「分かっててやっているのかしら。それとも偶然?」

 

「さて、私めには分かりかねます」

 

「……そうね。たっくんが責任を持って管理するというならば構わないわ」

 

「青木は達也殿が3Hを手放す事があったならば、それを買い取るという契約を結ぶつもりのようです」

 

「ええ、それで結構よ」

 

 

 葉山は真夜に向かって、今度は軽く頭を下げた。真夜には青木を、もちろん葉山も咎めるつもりなど最初から無かっただろうが、不始末を許された感謝を示したのだ。

 

「でも、サンプルはやっぱり手に入れておきたいわね……」

 

「奥様、私が申し上げる必要も無いかと存じますが、あまり人外と積極的に関わりを持つのはお止めになられた方がよろしいのでは」

 

 

 葉山の苦言に、真夜はその未だ衰えを見せぬ美貌に皮肉げな表情を浮かべた。

 

「あの方たちが良い顔をしないから?」

 

「御意」

 

「大切なスポンサー様ですものね」

 

 

 真夜が人の悪い笑みを浮かべ、葉山が控えめに顔を顰めた。

 

「葉山さんの言いたい事も分かっているわ。私もあえて波風を立てようとは思っていません。『パラサイト』を手に入れるのは四葉にとって必要だと思うからです」

 

「では奥様は彼の魔物、パラサイトを研究する事で精神干渉の秘奥に近づけるとお考えなのですか」

 

「ええ。精神とは何か、それは四葉がずっと答えを追い求めてきた謎です。パラサイトの正体は精神の独立情報体と言われています。精神の素材、精神の構造、精神の所在……少しでも精神の性質について解明する為のヒントになるのではないかしら」

 

 

 真夜の考えを理解して、葉山が恭しく一礼する。真夜は鷹揚に頷いて話を元に戻した。

 

「ところで、当の魔物たちの動きはどうなっているのかしら?」

 

「先ほど黒羽殿から頂いたご報告によれば、昨日深夜に処理された魔物は既に復活を遂げた由にございます」

 

「もう? 随分と早いわね」

 

「急ぐ理由があったのでしょう。黒羽殿は魔物どもが戦支度をしているようだと」

 

「そう……誰を相手に、というのは訊くまでも無い事かしら」

 

 

 葉山にそう問いかける真夜の顔には、かみ殺した笑みが浮かんでいた。

 

「彼らの流儀で言えば、人形の中に囚われた同胞を放ってはおけぬのでしょう」

 

「ここまで来るとトラブルに愛されているというより、トラブルを愛しているのではないかと思ってしまうわね」

 

 

 真夜のセリフが指している相手は言うまでも無く彼女の甥だ。本人は激しく否定するに違いないが、少なくともこの場で異議を唱える者はいなかった。

 

「何時になるか、分かりますか」

 

「黒羽殿は明晩、第一高校の周辺で、と予測しておられました」

 

「周辺とは貢さんらしい慎重ないわれようですこと……。ではその場に人を配しておくよう貢さんに伝えて下さいな。リーダーは、そうね……亜夜子ちゃんがいいでしょう。闘う事が目的ではありませんから」

 

「畏まりましてございます」

 

 

 葉山は手を叩いて自分の代わりに真夜の給仕を務めるメイドを呼ぶと、貢に真夜の言葉を伝えるべく電話室へと足を向けた。

 葉山の代わりに部屋にやって来たメイドは、深雪よりも一つ年下の少女だった。

 

「貴女は『例のパラサイト』を起こした少女の感情について、どう思う?」

 

「そうですね……さすがは達也様だと思います。エレメンツの家系とはいえ、些か達也様に依存しすぎかと思いますが」

 

「そうね。エレメンツの血は欲しいけど、深雪さんに四葉を継がせる為にはたっくんが必要不可欠なのよね」

 

 

 深雪はまだ、次期当主候補でしかない。だが真夜の中では既に深雪は次期当主として決定しており、それを知っているのはほんの一握りの人間のみ、この少女もそのうちの一人だ。

 

「深雪様さえよろしいのでしたら、達也様の愛人として手元に置いておくというのはどうでしょう?」

 

「愛人? 水波ちゃんって若いのに凄い事を言うのね」

 

「ですが、ご当主様のお考えと相違ないかと思いますが」

 

「そうね。私は『女としての幸せ』を十四歳の時に失ったから、せめて若い子には幸せになってもらいたいのよね。たっくんに惚れた女の子には特に」

 

「ですがそれですと、達也様は何人の愛人を作る事になるのでしょうか?」

 

 

 水波の問い掛けに、真夜は苦笑いを浮かべながら紅茶を啜る。

 

「そうね。七草のご令嬢もたっくんに夢中のようだしね」

 

「七草家、ですか」

 

「そうよ。私と弘一さんの関係は悪化してるけど、たっくんとそのお譲さんの関係は良好のようだしね」

 

「そうですか……」

 

 

 面白くなさそうな水波の表情を見て、真夜は娘でも見るような眼で水波の事を見詰めていたのだった。




意外と黒い水波でした……

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