西暦二〇九六年二月十九日、日曜日。パラサイトを今夜おびき出す。海の向こうからもたらされたこの情報を、達也は全面的に信用したわけではない。
レイモンド・クラークという少年が雫の留学先に在学していることは裏付け調査済みだ。学校のサーバーに保存されていた写真の顔は、あのビデオメールの人相と同じだった。だがそれだけでは、レイモンド・クラークが真実を語っていた保証にはならない。匿名の情報が常にデマとは言えないのと同じで、実名の情報が常に信用出来るとは限らないのだ。
しかし達也はこうして第一高校野外演習場に足を運んでいる。それは他に有力な手掛かりが無いからだ。向こうから出てくるのを待つ、あるいは偶然に遭遇する。それ以外の手立ての無い現状では、ガセネタに振り回されて一日を無駄にしても、大して違いは無かった。
高校としては異例に広い敷地の背後に広がる人工森林――正確に言えばそこも第一高校の敷地内なのだが、自然の山林と見分けがつかないそのフィールドが学校の一部であるとは、知識として分かっていても実感するのは難しい。輪郭すら定かではない夜更けとなれば尚更に。
間違っても部外者が入り込まないよう、演習場の周りは高いフェンスで囲まれている。魔法を撃ち合っている最中に一般人が迷い込みでもしたら、どんな惨事になるとも限らないからだ。もっとも、フェンスなど無くとも町の住人が演習場に入り込む心配は殆ど要らない。ここが第一高校の実習フィールドということは、少なくともこの近隣に暮らす者ならだれでも知っている。
そもそもこの地域に魔法科高校と無関係な民家は無い。ここに第一高校が建てられた時、政府が強制しなくても魔法と無関係の市民、魔法が使えず魔法と関わりたくない市民は、相応の補償金と引き換えに自ら居を移した。この地域に残った人々は、魔法科高校の野外演習場に足を踏み入れることの危険性をよく弁えている。
特に警備システムの類が無いのは、そういう背景があっての事だ。演習場といっても単なる人工森林だから盗まれる物も無いし、コストを掛けて侵入者を防ぐ必要が無いのだ。
「跳べるか?」
達也は高さ三メートルのフェンスを見上げながら同行者に声を掛ける。
「もちろんです、お兄様」
「あたしも大丈夫」
「この程度なら問題ないぜ」
達也の問いに対し、深雪、エリカ、レオの順に答えが返ってきた。
『何とか可能です』
そして最後に、この問いかけをした本来の相手、ピクシーからの念話が届く。
「ギリギリなのか?」
『正直に言えば、その通りです。マスターのお役には立ちたいのですが、完璧に飛び越えられるかは微妙です』
「そうか……ならば仕方ないな」
達也はCADを操作するフリをしてピクシーを持ち上げ、記憶の中から「跳躍」の術式を呼び出し先頭を切ってフェンスを飛び越えた。
広い人工森林の中を、四人と一体は一塊になって進む。先ほどピクシーを持ち上げて跳躍したせいか、こころなし深雪とエリカの立ち位置が達也に近い。だが今はそんな事を気にしている場合でも無い。この広さ、この暗さの中たったの四人では、別々に探し回っても各個撃破のリスクを高めるだけでメリットは無いので指摘する必要も無いのだ。
それに、わざわざ探しに行かなくても向こうから寄ってくるのは青山で実証済みだ。今回は向こうが用心して出てこないという可能性も無いわけではないが、それは考えても仕方の無い事だった。これでパラサイトが見つからなければ明日からまた地道な捜索に戻るだけだ。
『達也さん、止まってください』
片耳にはめたフリーハンドの通信機から美月の声が聞こえた。会議モードの通信は、全員の受話器にも届いている。
『現在の進行方向正面から右手三十度の方向に、パラサイトのオーラ光が見えます』
美月は達也たちに同行する代わりに、野外演習場を見渡す事が出来る屋上から、その「目」で四人をナビゲートしている。
『わたしも確認しました! 男性二人、女性一人の三人組です』
美月が捉えたオーラの光を参考にして、ほのかの魔法が映像をカメラに取り込む。光学魔法により取得した映像は、昼間の至近距離から撮影したものと同等の鮮明な姿をカメラのレンズに送り込み、無線を通じて達也たちの情報端末へ届けた。
美月とほのかは今夜のミッションには不可欠だと判断したからこそ、貴重な戦力である幹比古を二人の側に護衛として貼り付けたのだ。幹比古自身もこの配役には不満は述べなかった。
『あっ! 達也さんたちの反対側から、パラサイトに仮面の女の子が近づいています』
再びほのかから報告が入る。パラサイトのオーラ光が活性化したのは、どうやらリーナを迎え撃つ為だったようだ。達也は手振りで移動を指示し、深雪、エリカ、レオ、そしてピクシーが頷く。
次の瞬間、達也は森を吹き抜ける疾風となった。彼のすぐ後ろにエリカが続き、レオは左右に目を配りながら、深雪、ピクシーと速さを合わせて走り出した。
達也たちの事を遠くで見守りながら、ほのかの心の中にはある一つの考えが生まれていた。
「(もし私が達也さんたちに同行して、あのフェンスを跳び越えられないと言ったら、ピクシーじゃなくって私が達也さんに抱っこしてもらえたのかな……)」
自分の想いを元に自我を形成したパラサイトが宿っているピクシーに嫉妬するのはおかしいのかもしれない。だが気持ちは同じでも身体は別、ピクシーの好意はほのかのものだが、実際に抱っこされたのはほのかではなくピクシーだ。
「(私が達也さんたちと一緒に行動しても、あの速さについていく事は出来なかったし、足手まといになっただけだろうけど……)」
ほのかは今回の配役に文句は無かった。達也が自分を頼ってくれた事もあるが、ほのかは自分が戦闘向きではないと自覚しているのだ。それだけに、今回達也に同行出来なかったのだが……
「光井さん、どうかしたの?」
「ほのかさん、何だか表情が怖いですけど……」
「えっ? ……何でも無いよ、うん」
無意識にピクシーを睨みつけていたほのかを心配する美月と幹比古。その二人の心遣いにほのかは申し訳ない気持ちになったのだった。
達也からすれば、ロボットを運んだだけなんですけどね。