劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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タイトルを穿った捉え方をすると……


リーナの存在意義

 スターズ総隊長として「シリウス」の任務だけは果たす。今リーナを支えているのはこの矜持だけだった。日本に来るまで、彼女も挫折を全く知らなかったわけではない。ペンタゴンが運営する年少者士官向けの教育プログラムでは、代数と生物学で結局Cまでしか取れなかった。格闘術訓練では、同じグループの中にどうしても勝てない、化け物じみた身体能力を持つ同い年の少女兵がいた。乗用機械の操縦訓練は、ハッキリ言って苦手だった。

 だが魔法では負けた事が無かった。スターズ総隊長アンジー・シリウス。世界最強の魔法師の一人。皆が彼女の事をそう褒め称え、自分でも魔法技能に絶対の自信を持っていた。

 ところがこの日本において、彼女はあの兄妹に負けた。初戦は彼女のペースだった。撤退は予定の行動で、むしろ「まんまと逃げ遂せた」格好だ。

 二戦目は達也の「カミカゼ」の前に与伏せられた形となったものの、最終的には思いがけない伏兵に敗れたのであって、作戦上は負けてても魔法で負けたわけでは無かった。

 だがそれに続く深雪との一騎打ちは彼女の敗北だった。不利な条件だったとはいえ、それを言い訳に出来るとはリーナ自身が思っていない。正面から戦って、深雪に負けた。その敗北はリーナに一層の闘志をもたらした。敗北に心折れる事無く、雪辱を誓った。

 だが、雪辱を期したあの一戦で、リーナは達也に完敗した。一対一の状況に引きずり込んで、戦術魔法兵器「ブリオネイク」まで使用して、それで敗れた。達也に対して口惜しさはあっても、恨みや憎しみは無い。達也はリーナを辱めるどころか拘束する事すらしなかったのだ。

 あの戦い自体もフェアなものだった。いや、彼女の方が有利な条件だった。達也は魔法技能と、それ以上に精神力で自分を上回っていた……リーナはそう納得している。

 しかしあの敗北は、間違いなく彼女の存在意義を揺るがすものであった。世界最強の実戦魔法師、シリウス。それはスターズが「世界最強」を名乗る上で不可欠の看板だ。それ故にスターズの総隊長は年齢・性別を問わずUSNA最強の魔法師が選ばれる。その魔法師が軍に属していなかった場合、謀略を用いてでも軍に引きずり込んでスターズ総隊長「シリウス」の地位に据える。

 今回の敗北が外部に漏れる可能性はほとんどない。そもそも達也と深雪と、その背後にいる者がそれを忌避している。あの戦いの当事者であった誰もが、シリウスの看板に傷を付ける事を望んでいない。

 しかし第三者に知られる事は無くとも、負けたという事実は厳然としてある。その失点を挽回する為、リーナは「シリウス」の職務を果たす能力を実証しなければならいのだった。

 彼女がシリウスであり続ける為に。彼女がシリウスとなった時、代わりにいなくなってしまった少女、失われた可能性の中の自分、アンジェリーナ=シールズの為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が現場を肉眼の視野に収めた時、深紅の髪に黄金の瞳、仮面を被ったリーナが一人でパラサイト三体を相手にしていた。

 起動式を必要とせず、念じるだけで攻撃魔法を繰り出すパラサイトに対し、リーナは一歩も引いていない。攻守の割合はリーナが七、パラサイトが三といったところだ。ただパラサイトの一体が厄介な能力を持っていて、その所為で止めを刺せずにいるようだ。その能力は疑似瞬間移動。魔法の種類で言えば慣性中和と高速移動の複合術式。

 リーナの助太刀をするつもりは無かったが、達也は足を止めて疑似瞬間移動を使うパラサイトに「分解」の照準を合わせた。多くの魔法師は五感で魔法の狙いをつける。五感外の知覚を利用する場合でも、狙うのは対象の座標だ。それが普通。

 だが達也は対象の情報そのものを照準する事が出来る。座標の情報が目まぐるしく変化しても、その値自体が認識出来ていれば照準を固定する障碍とはならない。疑似瞬間移動は達也にとって、目眩ましとはならないのだ。

 

「任せて!」

 

 

 しかしそれは、達也だけの話では無かった。足を止めた達也に追いついたエリカが、そのまま達也を追い越して慣性制御を発動した。

 疑似瞬間移動が脅威となるのは、相対する者の手が、足が、そして何より目が追いつかないからだ。故に相手のスピードが術者のスピードを上回っていたなら、疑似瞬間移動による三次元機動は無駄な曲芸にしかならない。

 エリカは五十里家に作ってもらい達也に調整させた(調整してもらった、ではない)『大蛇丸』のダウンサイジング版武装一体型CAD『ミズチ丸』を携え、一直線に加速する。その行く先は、幹と枝を蹴ったパラサイトがまさに着地しようとしている地点だった。

 達也は部分分解術式の照準を変更して、エリカに念動をぶつけようとしていたパラサイトの四肢を打ち抜き地を這わせ、エリカが返す刀で止めを刺したパラサイトの宿主、その亡骸へ向けて左手を突き出した。

 パラサイトが宿主から抜け出すのを妨げる結界を幹比古が張っている。校舎の屋上に築いた簡易式の祭壇の中から。幹比古を屋上に残してきたのは、美月とほのかの護衛の為だけではなく、遠隔の結界術式を使えるからだ。

 とはいえ、結界の効果は完全なものではない。幹比古の技量の問題ではなく、術者の性質の問題だ。結界とは本来、こんな風に即席で構築する術式では無い。

 エリカが胴を薙ぎ払ったパラサイトの頭上から、雷光が落ちてきた。雷光は宿主の亡骸を撃ち、その皮膚を黒く焦がす。肌に残された焼け跡は、規則性のある、幾何学模様と文字を刻んでいた。

 

「一丁上がりね!」

 

 

 エリカが快哉を叫ぶ。達也の視力にも宿主から情報体が抜け出す光景は映らなかった。だがエリカに同調している余裕は無かった。 

 自分が四肢の自由を奪ったパラサイトに遠当てを撃ち込む。生体反応を残している宿主の身体が激しく跳ねまわる。再び封印の雷が天から落ち、達也の想子弾を受けてのたうちまわっていた身体が動きを止めた。封印されたパラサイトはこれで二体目。

 視界の端で事なる雷光がスパークした古式の雷術ではなく、現代魔法の電撃だ。リーナの魔法によって黒焦げになったパラサイトの宿主。こちらは既に抜け殻だった。




シリウスにならなかったら達也と出会えなかっただろうに……

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