劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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十月ですね


領域干渉

 達也が深雪を自分の許に呼んだのは、妹の事が心配だったからというわけではない。そういう要素が全く無いとは言い切れないが、少なくとも達也が意識していた理由は違う。彼はエリカとレオの能力では対処できない事情が発生しているのを察知した。そしてそれに対応するには深雪の力が必要になると考えたからだ。

 そして達也が推測した通りの事態が生じていた。すぐ後ろで深雪が息を呑んでいる――彼の前に広がる惨状に。達也の前には三々五々地面に倒れ伏した国防軍の士卒たち。達也たちは知らない事だが、彼らは九島家の息が掛かった部隊の戦闘員だ、その十名中八名が死体、残る二人も立つ事の出来ない重傷、つまり全滅だった。

 この戦果は達也のものではない。今リーナと交戦しているパラサイトによるものだった。

 

「リーナ、下がれ!」

 

「余計なお世話よ!」

 

 

 達也もただ観戦していたわけではない。それどころか彼も交戦の真っ最中だった。パラサイトの集団に突撃するリーナ。相手の頭数は六、既に片付けた人数を計算すると、ピクシーから聞いた数よりも増えている。

 たった六人と、普通の相手ならば言う事も出来ただろう。シリウスの名前は伊達ではないし、脱走魔法師の処理を中心的な任務とする「シリウス」にとって対魔法師戦闘はお手のものと言える。この程度の人数に「シリウス」がてこずるなど普通あり得ない。

 それなのにリーナは苦戦していた。彼女に襲い掛かる魔法を達也が分解し続けていなければ、あるいはやられていたかもしれない。

 リーナの最大の武器は魔法発動の速さだが、パラサイトは文字通り想うだけで魔法を放つ事が出来る。イメージする事がそのまま魔法に繋がっているのだ。

 ただでさえスピードに優れているパラサイトが、先ほどの三体に対して今度は六体。単純に二倍とは言えない。ランチェスターの第二法則によれば、有視界の砲撃・射撃戦闘において戦力比は兵数の二乗に比例する。仮にこの法則が魔法戦闘にも適用されるとすれば、単位時間当たりの魔法発動可能数一対三の場合戦力比は一体九でその差が八、魔法発動可能数二対六の場合は戦力比四対三十六でその差は三十二。それだけの手数の差が生じる事になる。

 達也やリーナが多数を相手に出来るのは、人数差を単位時間当たりの魔法発動可能数で覆す事が出来るからだ。この点で優位に立てない今の状況では、達也もリーナも防御を優先せざるを得なかった。特に達也は、自分とリーナに向けて放たれた魔法を分解する事だけで完全に手が塞がっていた。深雪を呼び寄せたのは、この状況を前以て推測したからだ。

 

「深雪!」

 

「はい、お兄様!」

 

 

 二人が交わした言葉はたったそれだけ。ただ名前を呼ばれただけで、深雪は兄が自分に求めるものを完全に理解していた。深雪の身体から、正確に言えば深雪の身体が存在する座標から高圧の事象干渉力が放たれた。

 領域干渉――事象改変の結果を定義せず、ただ干渉力のみを一定領域に作用させる対抗魔法。それは即ち、他者に事象を改変させない魔法。自分以外の魔法を無効化する術。

 ランチェスターの第二法則は点在する座標に対する攻撃力を定数化出来る場合に成立する法則である。同じ尺度で測る事が出来ない圧倒的な面制圧力に対して適用する事は出来ない。

 深雪の領域干渉は、この場に魔法の空白地帯を作りだした。達也とリーナが細く高密度に絞り込んだ魔法を構成する。彼らは深雪の領域干渉に対抗するだけの干渉力を持っている。

 深雪の領域干渉下で深雪に対して直接攻撃を仕掛けるのはこの二人でも難しいが、そうでなければ数や速度で著しい低減効果を受けるにしても魔法を発動する事自体は可能だ。

 しかしパラサイトには二人に、否達也、深雪、リーナの三人に匹敵する事象干渉力が無かった。達也とリーナが続けざまに魔法を発動した。

 リーナの発動した魔法の座標は六。達也の魔法が対象としたのは十二。達也の狙いの半分はパラサイトの宿主を殺してしまおうとするリーナの魔法を分解する為のものだったが、術式解散が間に合ったのはリーナが放った魔法式の二分の一でしかなかった。

 その結果、三体のパラサイトがリーナの魔法を浴びて絶命し、三体のパラサイトが達也の魔法に貫かれた後、自爆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸軍第一師団・遊撃歩兵小隊、通称「抜刀隊」。彼らは九島家の派閥に属する集団だが、同時に刀剣と近距離魔法を使った近接戦闘の部隊であり、歩兵部隊の中でも特に千葉家の教えを受けた時間が長かった。彼らにとって千葉家はいわば師匠筋である。公の席に顔を出す事が無かったエリカの事は知らなくても、「千葉の麒麟児」として有名な修次の事は当然知っている。いや、知っているどころか、この部隊の指揮官からして、修次に剣の手解きを受けた経験を有していた。

 

「師範代……」

 

 

 したがって、修次が突然姿を見せて、彼らが硬直してしまったのは、理由のある反応だった。軍の階級で言えばまだ学生の修次より正規の士官である分隊指揮官の方が上。だが今、この場を支配しているのは武門の序列だ。

 修次は動きを止めた彼らの脇を通り抜け、エリカと向かい合わせに立った。エリカに向けて剣気を放ち、暫くエリカと撃ち合った後、修次はクルリとエリカに背中を向けた。

 

「次兄上……?」

 

 

 意表を突かれてエリカの構えに隙が生じたのに、その隙を衝く一撃は来なかった。訝しむ妹には答えず、修次は剣気を抜刀隊に向けた。

 

「防衛大特殊戦技研究科所属、予備役少尉・千葉修次。小官は現在、テロリストの標的となった民間人護衛の任務を遂行中である。貴殿らの所属・階級・氏名と目的を伺いたい! もし貴殿らが民間人に危害を加える目的で出動しているのであれば、それは民主主義に対する反逆行為だ。小官は断固として阻止させていただく」

 

 

 十師族や百家が民主主義を掲げるのは、ある意味で詐欺のようなものだ。彼らは国民の利益よりも魔法師の利益を追求しているのだから。修次のセリフを聞いていたエリカはそう思ったし、修次本人も実はそう思わないでも無かった。

 しかし修次の発する気迫に、些細な揺らぎも無い。彼が突きつけた刃によって、局面は膠着状態に移行したのだった。




深雪の領域干渉の中でも魔法が使えるのだから、リーナは優秀だと言う事に……えっ、ならない? まぁポンコツさの方が目立ちますからね……

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