劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ほのかの、でも間違いではないかも……


ピクシーの意志

 修次と抜刀隊の対峙は、少し離れたところで生じた想子波の爆発的な放出によって破られた。

 

『エリカ、レオ、気をつけて!』

 

『そっちにパラサイトの本体が!』

 

 

 早口でもつれ気味の焦りを露わにした声が通信機から飛び出した。幹比古と美月の声。警告としては不完全だったが二人が何を言いたいのかエリカは正確に推理した。

 

「次兄上! パラサイトの本体がこちらへ向かっているようです!」

 

 

 そのエリカのセリフに、より強い警戒を示したのは抜刀隊の方だった。考えてみれば、修次はパラサイトについて詳しい説明を受けていない可能性が高い。奴らの脅威を何と説明すれば良いか、エリカは迷い、焦った。前後左右上下、足の下にまで警戒の網を広げていたエリカの意識が修次に向く。その瞬間を突いてきたのは的確に隙を捉えたものか、あるいは偶然か。

 エリカの背後で地面が突如爆発した。土砂が吹きあがり地中から人影が踊り上がる。

 

「土遁!?」

 

 

 そう叫んだのはレオだ。常識的な技術として知られていた「五遁の術」とは別に、古式魔法の一流派としての忍術には「木・火・土・金・水」の五行を媒体とする偵察・逃走・奇襲の術式が伝わっている。五行思想は大陸から伝わったもので、本家である大陸には五行を媒体とする古式魔法の術式が種々豊富に伝わっている。

 要するに、地中から奇襲を掛けてきたこの術式は、忍術とは限らないということだ。大陸の古式魔法である可能性も十分にある。しかし今はそれを見極めている場合では無いし、その時間も無かった。地面の下から躍り出た男の標的は、エリカではなくその反対側のピクシーだった。

 

(シルト)!」

 

 

 ピクシー目掛けて鉈を振り下ろした男の前に飛び出し、硬化したCADのプロテクター部分で受け止める。

 

『レオ、そいつはパラサイトだ!』

 

 

 幹比古の警告を聞いて、レオは左腕を振り回して鉈ごとパラサイトを弾き飛ばした。相手の身体に直接触れなかったのは、精気を奪われた苦い経験によるもの。だがいくらレオの筋力でも、武器を跳ねあげるだけでは十分な間合いは稼げない。

 パラサイトが再び鉈を振り上げる。だが魔物の足が地面を蹴る事は無かった。その胸から刀の切っ先が突き出る。

 パラサイトの胸をミズチ丸で貫いたエリカは「しまった」という表情を浮かべている。殺すな、と達也に注意を受けていたのを思い出したのだろう。あの時は達也の言葉を突っぱねたエリカだったが、実は相当気にしていたのだ。

 エリカが胸を貫いたパラサイトとは別に襲撃に来ていたパラサイトだったが、抜刀隊と修次に囲まれて不利を覚ったのか自爆をした。

 目の前で人間が爆散した事に、修次は我を失う。修次の後方にいたエリカとレオも顔を顰めていた。抜刀隊は呆然としていた。その場にいた誰もが、胸を貫かれた男と破裂した人体から想子に包まれた霊子の塊が脱け出したのに気付かなかった。

 

『ピクシー、俺と合流しろ!』

 

 

 彼らの呪縛を破ったのは通信機から聞こえる達也の厳しい声だった。

 

「畏まりました」

 

 

 ピクシーが想子波の爆発があった方角、深雪が駆けて行った方向、達也がいるであろう方へ向けて走り出す。

 

『ほのか、ピクシーをフォローしてくれ』

 

『分かりました!』

 

 

 グループ通信モードに設定していた音声ユニットから、再び達也の声が流れ出た。打てば響くようなほのかの答え。

 

『エリカとレオはその場を動くな。そこにいる人たちにもそう言ってくれ』

 

「えっ……うん」

 

「お、おう」

 

 

 まだ完全には平常心を取り戻していない声でエリカとレオが答える。彼らの頭上では、想子と霊子の塊が二つ、駆けていくピクシーを追いかけて風に流される雲のように移動を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に引き込まれたパラサイトは総勢十二体。内一体は人型の家事補助ロボット「3H-P94」通称ピクシーに憑依。二体は今日の戦闘で封印済み。今日の戦闘で四体はリーナに、一体はエリカに宿主を殺されて本体を解放。残る四体も今日の戦闘中に自爆し、本体を解放。

 合計九体、それぞれが宿主を失い今この場に集ったパラサイトの数。本体をむき出しにしてピクシーに引かれ集まった妖魔の数だ。

 彼らは同じ異次元から招かれた霊子情報体。元は十二にして一つの「意識」。彼らは一つの存在に戻ろうとしており、既に九体のパラサイトは合体を果たしている。

 一本の幹から九つに枝分かれしたような構造は、この国において最も有名な大妖より更に一つ多くの首を持つ、彼の大蛇の同族に見えた。

 そしてソレは、また一つ、己の欠片を取り込もうとしていた。九つの鎌首を広げて、ピクシーを喰らおうとする「大蛇」。ピクシーは「意志」の防壁を以ってその圧力に耐えていた。

 その意志は今の「彼女」を決定付けた彼女「母」とも呼べる人間から分け与えられたもの。今も想子の回路を通じて、想子に混じって「母」から流れ込んで来るもの。

 自分は「ソレ」の一部ではないという意志。自分は自分だけのものではないという意志。自分は「彼」のものであるという意志。

 一個人から派生する意志など、普通なら「ソレ」に対抗出来るはずも無かった。だがピクシーの「母」は、ほのかは普通では無かった。

 彼女は「エレメンツ」の末裔。「光」のエレメンツの血を受け継ぐ者。エレメンツは、数字付きの開発が始まる前にこの国で最初に作られようとした魔法師だ。

 開発段階で色々あった結果、エレメンツの末裔には高い確率である性向が見られる。それは依存癖。誰か特定の人間、多くの場合異性を定めて、その人間に徹底的に依存する傾向が大きな割合で共通して観測されるのだ。

 彼らエレメンツの末裔は、それが遺伝子に刻まれた自らの宿命と考えている。もしかしたら、そういう言い訳で他者に依存する自分を許しているのかもしれない。

 しかし彼ら、彼女たちの「依存」は、世間一般にみられる「弱い」感情ではない。彼らの「依存心」には、もっと適切な別の言葉が有る、と主張した学者もいる。

 即ち「忠誠心」。揺るぎなき「自分は彼のものである」という意志。それは合体し相乗された妖魔の意志を押し返すほど、強固なものだった。




ほのかになら依存されてみたいかも……でも面倒かなー?

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