劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この光景を達也に惚れている女子が見たらどう思うのだろう……


最終手段

 達也がパラサイトと交戦していた地点と、エリカが修次と対峙した地点。ピクシーが「ソレ」と戦っているのは、ソレの攻撃に耐えているのは丁度その中間地点だった。

 その地点に到着した達也は、鎌首をもたげて次々とピクシーに食らいつこうとする九頭竜の姿を見た。彼に霊子情報体の構造は分からない、だがそこに「ある」と言う事は分かる。存在している事は視える。

 

「なにアレ!?」

 

「見えるのか?」

 

 

 何故か達也についてきたリーナが驚きの声を上げた。

 

「見えてる……わけじゃないけど、何となく分かる。あの人形に巨大な『力』が圧しかかってる。タツヤ、あれはいったいなに?」

 

「貴女がお兄様の言う事を聞かなかった結果よ」

 

 

 リーナに答えたのは達也ではなく深雪だった。素っ気なく、かつ氷点下の声に反発を覚えたリーナもとりあえず沈黙を守った。

 

「お兄様が殺すなと仰ったのに、貴女が考え無しにパラサイトの宿主を殺しまくったから、本体が自由になって暴れているのよ。リーナ、貴女この不始末にどう決着をつけるつもりなの?」

 

「不始末って何よ! ワタシは自分の任務を果たしただけ!」

 

「だったら最後の後始末まで自分でやりなさい。貴女にそれが出来るの? お兄様さえ封印という消極的な手段を取らざるを得なかったのに」

 

 

 この野外演習場における先ほどの戦闘以来、この二人の美少女の間には険悪そのものの空気が流れていた。そこにこの売り言葉である。リーナは思いっ切り高値でこの難題を買い取った。

 

「やるわよ! 見てなさい!」

 

「おい、リーナ」

 

 

 いくらなんでも止めざるを得ない。対抗法の確立していない相手に、ただ突っ込んでいくのは無謀すぎる。達也はそう考えて宥めるように声を掛けたのだが――

 

「五月蠅い! タツヤは黙ってて!」

 

 

――取りつく島も無かった。

 

「ワタシはこの任務を成功させなきゃならないのよ! そうでなきゃ、ワタシは何でこんなトコにいるのよ!」

 

 

 リーナの癇癪は達也だけにむけられたものでは無かった。この叫びを聞いて達也にもその事が分かった。こんなトコ、というのは場所だけを指しているのではない。むしろ今の状況、今の立場、彼女が「アンジェリーナ・シールズ」ではなく「アンジー・シリウス」として今ここに在ること――それを指しているのだ。

 何時の間にかリーナの髪が金色に、瞳が青に戻っていた。深雪の領域干渉に曝されても解けなかった「仮装行列」が解除されていた。

 彼女は「アンジェリーナ・シールズ」の全てを尽くして「アンジー・シリウス」の務めを果たそうとしている。「シリウス」であろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナがパラサイトと戦っているのを、達也は黙って見ていたわけではない。物理攻撃の効かないパラサイトにリーナがいくら魔法を放とうと、それで倒せない事は最初から分かっていた。

 

「(もう、これしかない)」

 

 

 あのパラサイトを倒せる可能性があるとすれば、精神に作用する魔法。達也はギリッと奥歯を噛み締めて賭けに出る覚悟を決めた。

 

「幹比古、こちらの状況は見えているか?」

 

『分かってる。今、大急ぎで封陣を組み立てているところだから、もう少しだけ待って』

 

 

 音声ユニットから聞こえてくる声は、達也以上に焦りの色が濃かった。

 

「その封陣でコレを抑えられる可能性はどのくらいだ?」

 

『……正直言って五割も無いと思う』

 

 

 達也の問いに対する返答は、短い沈黙。そして苦渋の滲む告白。この回答を聞いても、達也は幹比古の事を非力だとは思わなかった。安請け合い出来る相手では無い事は、こうして直接対峙している達也の方が良く分かっていたからだ。

 

「幹比古、一時的なもので良い。十秒だけ、コレを抑えられないか?」

 

 

 達也が初めて示す懇願に、幹比古だけでなくこの通信を聞いていた全員が息を呑んだ。何の裏付けも無く、ただ「やってくれ」と頼む、他力本願と言えるだろう。しかしこれは、相手に対する信頼が無いと出来ない事だ。少なくとも幹比古はそう感じた。

 

『……分かった。十秒だけ、何があってもソレを抑えてみせる。合図するから、達也は自分の思うとおりにやってほしい』

 

 

 何か策があって、その為に十秒の時間が必要なのだと。その時間を確保する為に自分の力が必要なのだと。達也の寄せる信頼に幹比古は奮い立った。

 

『達也さん、私も協力します!』

 

 

 ほのかの力強い声が幹比古のセリフの後に続いた。張り合っているのではなく、ただ力になりたいと、その一心で。

 

「分かった。じゃあ幹比古、合図を頼む」

 

『OK……三、二、一、今だ!』

 

 

 自らの掛け声と同時に、幹比古の大妖魔術式・迦楼羅炎が放たれた。ソレ――九頭竜と化したパラサイトの総合体に「炎」の独立情報体がうねりながら巻きつく。

 その下からピクシーが思念で「ソレ」を押し戻そうと力を加える。ピクシーの保有する想子は消費するのと同じ速度で補充されている。ほのかはピクシーに対する想子供給のコツを完全に掴んだようだ。

 無論、達也はそれを黙って見ていたわけではない。達也は幹比古の合図と同時にCADを握っていない左手を背後に回した。その腕で、深雪の腰を、強引に抱き寄せる。

 

「――っ!」

 

「深雪、視ろ!」

 

 

 声にならない悲鳴が上がり、その瞬間深雪の領域干渉も達也の術式解散も途絶えたが、幹比古とほのかは達也に約束した通り「ソレ」を抑え込んでいる。

 達也が深雪に力強く囁き、達也から深雪へ不可視の光が流れ込む。深雪から達也へ不可視の光が流れ込む。二人の間を二人のオーラが循環する。

 

「視えます、お兄様!」

 

 

 二人のコミュニケーションは一瞬のものだった。与えられた十秒という時間は、まだ半分が残っていた。

 達也の左手は、深雪の頭を自分の胸に抱き込んでいた。深雪の両手は達也の胸に添えられていた。

 達也の右手が「ソレ」を指し示していた。深雪の意識に「ソレ」の姿が映し出された。

 達也の情報体を「視る」力。深雪は達也の「眼」を通じて「ソレ」を視認し、封を解かれた彼女本来の魔法を放つ。

 

 系統外・精神干渉魔法「コキュートス」。精神を凍りつかせる魔法。

 

 

 精神そのものに作用する深雪の魔法は、霊子情報体を凍りつかせ、器を持たぬ「ソレ」は、粉々に砕けて虚空に散った。




深雪、歓喜! 達也に抱かれるとは……他の女子が嫉妬するぞ……

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