兄妹のほのぼのとした空気も、これを見てはさすがに変わらざるを得なかった。最初にパラサイトを封印した場所は、もぬけの殻だった。封印したパラサイト二体は何者かに持ち去られていた。
『すみません、達也さん……目を離したつもりは無かったんですが』
『……達也さん、申し訳ありません』
『達也、柴田さんと光井さんを責めないでほしい。二人が気を抜いたわけじゃないのは、僕が保証するよ。封印済みの「器」が持ち去られたのに、僕も気づけなかったんだ。僕の封印なのに……』
「三人共、そんなに自分を責めるな。俺は全く気にしていない」
通信機から聞こえてきた、すっかり気落ちした声と、自己嫌悪に浸りかけている声と、口惜しさに歯噛みしそうな声に、達也は務めて明るい声で返した。
『達也さん……』
何やら感激した声が返ってきたのは、多分誤解しているのだろう。達也の態度は相手を思い遣っての演技ではなく、本当に大して気にしていないだけなのだ。さすがに呆れてはいたが……
「鳶に油揚げをさらわれた格好だけど、今回は相手の方が一枚上手だったというだけの事だ。元々捕まえた後の事はそれほど深く考えていなかったのだし、いつまでも拘っているべきことじゃない」
達也の言葉通り「捕まえた後でどうするか」について、彼らは具体的なプランを立てていなかった。漠然と「幹比古の実家に任せればいいか」と考えていただけであり、封印したパラサイトの利用方法など全く頭に無かった。
そういう意味では彼らに持って行かれた方が有効活用のような気もする。彼らならうっかりパラサイトを逃がしてしまうという間抜けな真似もしないだろうし。
「(しかしまぁ……狙っていたのかね?)」
「お兄様?」
「いや、何でも無い」
達也が深雪を心配させまいと答えたのと同時に、エリカ・レオのコンビも達也たちと合流した。修次も抜刀隊も既に撤収済みだった。
ピクシーを学校のガレージに置いていく為に校内に入り、そのまま正門から七人のグループになってゾロゾロと学校を後にした。
この時間にこの人数、校門を出る際に守衛から不審を向けられたが、この時間で無ければ実験出来ない儀式魔法の実験という予め用意しておいた言い訳と、女性陣の眩しい笑顔の威光で、特に問い詰められる事無く脱出に成功した。
自宅に戻った達也はすぐに深雪を部屋に戻らせて通信端末を操作した。通信先はあの場所にメッセージを残していた再従妹だ。
『はい。達也さん、何かご用でしょうか?』
「相手は九島烈か?」
『……このような時間に電話を掛けてきたのに、世間話無しでいきなり本題ですか。さすが達也さんですね』
「嫌味はまた今度聞こう。狙っていたのか?」
『真夜様からのご命令ですので。達也さんには申し訳ないとは思いましたが、九島閣下に二体とも持ち去られるのは達也さんも不本意かと思いましたので、仲良く一体ずつもらいうけました』
「そうか……御苦労だったな。叔母上の代理もそうだが、九島烈の相手は亜夜子ちゃんには辛かったんじゃないか?」
実際に九島烈を見た事がある達也は、あの老人がどの程度の圧を放ってくるかの見当はついていた。そしてその圧は、四葉の末席に連なっているとはいえ中学生の女子には、なかなか耐えられないくらいのものだとも知っている。
『……はい、かなり震えそうになりましたけども、何かあれば達也さんが側にいる、と開き直りました』
「……深雪もそうだが、君たちは俺の事を過大評価し過ぎだ。俺は何でも出来るわけじゃないんだが」
『ですが、深雪お姉様に何かあれば、達也さんは万難を排して助けに行かれますよね? そして私が九島閣下に囚われでもすれば、ご当主様は九島家に戦争を仕掛けるかもしれません。そうなると達也さんの自由はますます無くなってしまわれますけど……』
「分かった分かった。そんなに興奮するな。文弥が声に気づいて部屋に来たら厄介だろ?」
『そう…ですね……あの子は達也さんの事が好きですからね。もし私が達也さんと話していると知ったら自分も話したいとか言い出しそうですし』
再従姉弟揃って自分に懐いてくれているのは嬉しい事なのかもしれないが、彼らの父親の黒羽貢は自分の子供たちが四葉家の落ちこぼれと言われている達也に懐いているのを面白く思っていない。パラサイト問題も片付いたので、貢も今は家にいるのだろう。騒ぎになって貢にまで気づかれるのは達也としても、亜夜子としても面倒でしかない。
『お父様もそうですが、何故四葉の人間は達也さんを下に見るのでしょうか』
「『四葉の魔法師』としては、俺は欠陥だらけだからな。『戦闘魔法師』としての能力しか持ち合わせなかったんだ、仕方ない事だろう」
『ですが、達也さんは私を――黒羽亜夜子を四葉の魔法師に育て上げて下さいました。その達也さんを軽んじている大人たちに苛立ちを覚えるのは当然です! もしこれ以上達也さんを虐げるつもりがあるのなら、深雪お姉さまと一緒に四葉内で戦争を起こす勢いですよ!』
「とにかく落ち着け……そんな事をしたら、得をするのは他の十師族だ。特に七草と九島は何をしでかすか分からない」
『……申し訳ありません。取り乱しました』
「落ち着いたのなら、それでいい」
深雪をあやすように、達也は優しい口調で亜夜子を慰める。その効果は絶大で、亜夜子は既に元の調子を取り戻していた。
『では達也さん。そのうちご当主様からも連絡が行くと思いますが、その時はよろしくお願いしますね』
「人を勝手に協力者に仕立て上げておいて……まぁ九島家に二体とも持ち去られるよりかは良かったのかもしれないが……とにかく、今度からは事前に説明だけはしておいてくれ。闇夜にメッセージを残す、なんて面倒な事はしなくて良いから」
『分かりました。それでは達也さん、お休みなさいませ』
「ああ、お休み。文弥にもよろしく言っといてくれ」
『クスッ、そんな事言ったら文弥が朝早くに達也さんに電話しちゃいますわよ?』
「周りが何と言おうが、俺と文弥、そして亜夜子ちゃんは再従兄弟妹だ。本当なら遠慮しなくても良いんだがな」
『お父様が気にしてしまいますからね。では、そのような機会がある事を願っておきますね』
亜夜子は烈に見せた可憐な笑顔とは別の、本当に純粋な笑みを浮かべながら通信を切った。音声のみなのだが、達也にはその笑顔がハッキリ見えた気がしていたのだった。
原作では亜夜子とは電話なんてしないんですけどね……