劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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デレたけど、この後出番無いんだよな……


小早川の進路

 風に乗って楽しげなざわめきが聞こえてくる。第一高校の校内は喜びの声に満たされていた。耳を澄ませばその中に混じる泣き声も聞きとる事が可能だったが、それは決して不幸な出来事の故ではない。

 対照的にカフェテリアは閑散としていた。疎らな人影は、両手の指に満たない数だった。別に今が授業中で、ここにいる生徒がサボっている、と言うわけではない。今日は卒業式だったのだが。

 達也は紙コップではなくちゃんとセラミックのカップに入れられたコーヒーを一口含み、カップを直接テーブルに置いた。そうして、魔法師の間ではあまり使われる事の無い多目的腕時計に目を落とす。式自体は既に終わっている時間だった。

 式は終わり、今は卒業パーティの準備が行われている。もちろん一科生と二科生の会場は分かれている。彼がここにいるのは、当日の運営で大忙しの深雪を待っている為だった。

 達也の存在は、多くの一科生にとって、そして少なくない二科生にとって複雑で微妙な存在なのである。一科生と二科生を隔ててきた物差しそのものに疑問を投げかける能力と実績の持ち主。三年生にとっては最後の年にいきなり投げ込まれた波乱の種だ。出しゃばらないのが正解だと思ってたので、深雪が手伝いを拒んでくれたのを、達也は「これで良かった」と思っていたのだ。その事を偶々真由美に聞かれ、彼女は大層ご立腹だったのだが……

 その真由美は無事魔法大学に合格した。彼女の実力と実績なら当然と思われるが、あの夜以来ぱったりと吸血鬼の被害が途絶えた事も、余計な気掛かりが無く受験に専念出来ると言う意味でプラスに働いたに違いない。彼女はこの四月から同じく順当に合格した鈴音や克人と共に魔法大学に学ぶ事になる。

 摩利は魔法大学ではなく防衛大学に進学する事になった。理由は言うまでも無いが、真由美はこの事を直前まで知らなかったようで、少し寂しそうにしているのを達也は一度だけ見た事がある。

 防衛大に進む、と言えば――

 

「司波」

 

「小早川先輩、もうパーティが始まる時間では?」

 

「ああ、そうだけど……君がここにいると摩利に聞いたものでね」

 

 

 九校戦で事故を起こした小早川の魔法技能は、懸命のリハビリにも関わらず、結局「使える」レベルまで回復しなかった。小早川は十月の時点で退学を決意して、転校し一年浪人して新たな進路を探すつもりだった。

 

「俺に何か?」

 

「ああ、その、なんだ……面と向かうとやはり言いにくいな……いや、要するにだ。君に……お礼を言いたくてね」

 

「小早川先輩からお礼を受け取るような事はしていませんが」

 

「そんな事は無い! 魔法が使えなくても魔法に関する知識と感受性を活かす道がある、というアドバイスは君のものだったんだろ?」

 

 

 小早川の言葉に、達也は一瞬顔を顰めそうになったが、彼女の心情を考えて嫌そうな顔を堪えた。

 

「渡辺先輩が喋ってしまわれたんですか……」

 

「そう言わないでくれ。あたしが摩利から無理矢理聞きだしたんだよ」

 

「渡辺先輩にはご自分のアイディアだということにしておいてくれるように言ってあったんですが」

 

「そうらしいな。だが摩利はあまり隠す気は無かった様だぞ」

 

「全く、あの人は……」

 

 

 達也が忌々しげにこぼしたセリフを、小早川の真摯な声が遮った。

 

「あたしも、話してくれて嬉しかった。自分では意識していなかったけど、あの言葉を聞くまであたしは自分に絶望していた。負けるもんか、と強がってたけど、そう思ってる事自体が既に負けてしまっている自分を誤魔化す為のものだったんだ。だけど摩利からさっきの話を聞いて、あたしは本当に目の前が開けた気がしたんだ。自分の進むべき道はこれだと思った。それはあたし一人に留まるものじゃなくって、あたしと同じように魔法師の道を断たれてしまった魔法科高校生にとっての希望になると思った。あの土壇場で進路をいきなり変えて、たった半年で合格できるまで頑張れたのは、その思いがあったからだと思う」

 

 

 小早川の顔が赤く染まっているのは、口にするには恥ずかしいセリフだと思っているからに違いなかった。達也は別に恥ずかしいセリフを聞いているとは感じなかったのだが。

 

「だから、司波――いいえ、司波君、ありがとうございます」

 

 

 口調を丁寧なものに変えて深々と一礼する小早川。これを前にして座ったままでいられるほど、達也も図太くは無い。椅子から立ち上がり踵を鳴らして足を揃えた。

 いきなり鳴り響いた靴音に驚いて顔を上げた小早川だけではなく、カフェにいた少数の生徒全員の視線を集めたが、達也はそれを特に意識する事もなく無視して、小早川に独立魔装大隊で叩きこまれた敬礼を送った。

 

「司波君……」

 

「小早川先輩。月並みですが、頑張ってください」

 

 

 敬礼を解いて達也は照れも、笑いもせずにそう言った。小早川の目に涙が浮かびかけたが、彼女は泣きださずに微笑んで頷いた。

 

「先輩、パーティが始まってしまいますよ」

 

「そうだな。じゃあこれで。君も頑張ってくれ」

 

 

 小走りに去っていく小早川を見送って、達也は腰を下ろした。ぬるくなったコーヒーも不思議と不味くは感じなかった。

 

「(これで藤林少尉の愚痴を聞かされる回数も減るだろう)」

 

 

 小早川へのアドバイスは、独立魔装大隊少尉の藤林響子がしょっちゅうこぼしている愚痴が大元だ。魔法技能の持ち主は、その絶対的な数の不足から常に前線に回され、必然的に後方で作戦を管理するスタッフは魔法の事を机上でしか知らない非魔法師ばかりになっているのが現状だと。

 何らかの理由で魔法が使えなくなった魔法師が作戦スタッフに加わってくれたら、前線の魔法師は今よりずっと動きやすくなるのに、と常日頃聞かされていた愚痴が役に立った形なのだ。

 

「(少尉も俺に愚痴るんじゃなく少佐に言えばいいものを……)」

 

 

 響子も達也だから愚痴をこぼせるのであって、同じ事を風間に言えるかと聞かれれば、間違いなく無理だと答える事は達也も理解している。だから小早川の進路についてのアドバイスに、彼女の愚痴を利用したのだった。




IFでも作ろうかな……需要あるかは知らないですが。

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