帰国して暫くは家族や親友のほのかと過ごした雫だったが、漸く時間的余裕が出来たので達也の家へと向かった。アメリカからの土産話は別の機会にすると約束しているので、今回は別の用件だ。幸いな事に、深雪は生徒会の仕事で家を空けていたのだった。
「こんにちは、達也さん」
「いらっしゃい」
「今、時間ある?」
時間がある事は雫も事前に確認しているのだが、深雪では無い第三者を確認して改めて聞いたのだった。
「問題は無いが、どうした?」
「ううん、お客さんかなって」
「ああ……彼女は桜井水波、従妹だ」
「そうなんだ」
水波の事を軽く紹介して、達也は雫を連れて外に出る事にした。
「水波、留守を任せる」
「はい、達也兄さま」
達也の短い命令を、水波は恭しい一礼と共に承諾の返事を返した。
「深雪もだけど、達也さんは妹に好かれてるんだね」
「随分と棘のある言い方だな。何かあったのか?」
「……別に」
「雫がアメリカに行ってる間に深雪と何かあったんじゃないかと疑ってるのか?」
「何でそれを!? ……あっ」
自分が不貞腐れているのを、何に――誰に嫉妬しているのかを見抜かれて雫はうつむいてしまう。自分の彼氏を信じられなかったという事実に、雫は押しつぶされそうになってしまったのだ。
「心配なのは分かるが、もう少し俺を信じろ。殆ど無い感情を動かしたのは深雪でもほのかでもなく雫なんだからな」
「うん……分かってはいるんだけど、達也さんはカッコいいし、深雪もほのかも諦めないって宣言してるからさ」
留学前から達也と雫は恋人関係にあった。その事は近しい人間には伝えてあるし、伝えなくてもすぐにバレただろうと二人とも思っていた。
雫が達也の彼女になったからといって、深雪とほのかは雫を無視したりいじめたりはしなかった。ただ、諦めもしなかったのだ。
「強敵はいっぱいいるし、七草先輩やエリカだって隙あらば……って感じだし」
「雫は気にし過ぎなんだよ」
不安に押しつぶされそうになっている彼女の頭を、達也は優しく撫でる。つい一年前までは深雪だけの特権だったこの行為も、今では雫の方が多く撫でてもらっているのかもしれない。
「それに、バレンタインの時は達也さん、かなり多くのチョコを貰ったって聞いたけど」
「まぁ、大半が義理チョコだろうけどな」
「大半って事は、何個かが本命だって達也さんも分かってたって事だよね?」
「……気持ちは受け取れないとは言ってあるぞ」
急激に機嫌が悪くなった雫に、達也は一応の言い訳をしておいた。深雪程では無いにしても、雫に暴走されるとなかなか厄介な事になりかねないのだ。
「噂では留学生の女の子にも好かれてたって……」
「命を狙われてた、と言った方が正しいと思うがな」
「そうなの?」
「そういう雫だって、レイモンドに言い寄られたんだろ? そんな事を言ってたが」
「レイはただの知り合い。ちょっと鬱陶しかったけど、達也さんから頼まれてた情報を聞き出すのに使えたから」
「随分と黒い事をあっさりと言うな……俺に毒されたか?」
達也の黒い考えは雫にもしっかりと受け継がれている(?)ので、最近では雫もなかなか黒い事をあっさりと口にする傾向が見られるのだ。
「私、ちゃんと達也さんの彼女だって認めてもらいたいから」
「だからって無理に毒を吐く必要は無いぞ。てか、深雪やほのかたちだって雫が俺の彼女だって認めてるだろ」
「ううん、他の人。さっきから周りの目が恋人同士を見る目じゃなくって、兄妹を見るような目なんだもん」
留学を経験して大人っぽい雰囲気になったとはいえ、達也の隣に立つにはまだまだ子供っぽい雫。見た目も重なって周囲からは恋人と言うよりは兄妹のように見えるのだろう。逆に実の妹である深雪と並んで歩く時には恋人に間違われるのだが……
「別に周りに何と思われようが、俺の彼女は雫だ。これが唯一の事実であり真実だろ」
「うん……達也さん」
「ん?」
「達也さんは感情が無いから何とも思わないのかもしれないけど、今のって結構恥ずかしいよ。言う方も、言われた方も……」
「そうなのか?」
言われてから達也は気づいたが、雫の顔は真っ赤に染まっていた。今のセリフは相当なものだったのだと、達也はその事を実感した。
一方の雫も、恥ずかしいとは思ったのだが、それほど達也に想われているのだと理解して、恥ずかしさの中に嬉しさが見え隠れしていた。
「そうだ! これ、遅くなったけどバレンタインのチョコ。レイにせがまれたけどね」
「リーナも言ってたが、アメリカでもバレンタインの文化はあるようだな」
「リーナ? 例の留学生だっけ」
「ああ、九島烈の弟の孫に当たる元同級生だ」
「達也さん、その人と仲良かったの?」
「いや、深雪のライバルだ」
再び機嫌が下降気味な雫に、達也は話せる範囲でリーナについて雫に話した。
「達也さんが愛称で呼ぶなんて珍しいから……」
「そうか? エイミィだって愛称で呼んでいるが」
「それはエイミィがあのキャラだからだよ」
「違いないな」
明るく、誰とでも仲良くなれるエイミィのキャラのおかげで、達也も彼女の事を愛称で呼んでいる節が確かにあるのだ。その事を改めて理解して、達也は雫と顔を見合わせて笑いあった。
「それで、今日は泊まっていくのか?」
「ううん、今日は大人しく帰るよ。渡したかった物を渡したし、聞きたかった事も聞けたしね」
「そうだな……貰ったからにはお返しをしなければならないな」
雫から受け取ったチョコを見て、達也はそんな事を呟いた。
「別にいいよ。私が渡したかっただけだし、達也さんはお返しに沢山お金を使わなきゃいけないから……」
自分で言って悲しくなったのか、雫は泣きそうな顔をした。そんな彼女の顔を見て、達也は少し恥ずかしそうに頭を掻いて雫に近づいた。
「達也さん? ……ッ!?」
「……俺が雫にあげられるのはこれくらいだ」
抱きしめられ、そしてキスされて雫の思考は固まってしまう。今まで経験が無かった訳では無かったが、その全ては雫から求めたもの。達也からしてもらうのはこれが初めてだったのだ。
「いずれは人目を避けなくても出来るようにはしたいが」
「ううん、それは私も恥ずかしいから……」
「そうなのか?」
「うん……」
普通では無い彼氏に戸惑いながらも、雫は満面の笑みで達也に抱きつきなおしたのだった。
雫が可愛過ぎてつらい……あと甘過ぎて気持ち悪い……