アメリカに帰るか、日本に残るか悩んでいたリーナに決心を促したのは、彼女の上司であるバランス大佐だった。シリウスとしてのリーナが、日本の一介の高校生に過ぎない深雪と達也に負けた事はアメリカ軍でも問題になっていた。
「アンジー・シリウス少佐」
「はっ!」
「貴女には二つの選択肢がある。一つはこのままアメリカに戻り、『シリウス』を続けるか。もう一つは、日本に残り、貴女を負かしたライバルたちと高めあう為に第一高校に編入して残りの二年を過ごすかだ」
リーナとしては、日本に残るという選択肢は存在しないと諦めていたところにこの提案である。その選択肢があるのなら、彼女は日本に残りたいと思っていたのだ。
「私はこのまま日本に残ります」
「……即答だな。理由を聞かせてもらえるだろうか」
「一つは、私が『シリウス』として負けた相手が第一高校に在籍しているからです。負けたまま帰るのは性に合わないですし、向こうも私の事をライバルだと認めてくれています」
「司波深雪だな」
「はい。そしてもう一人、タツヤ・シバはミユキより底が見えません。彼は二科生に在籍してはいますが、戦闘技術や魔工師としての腕は、学年トップと評価しても良い程の実力を有しています。戦闘においても、見た事の無い魔法を使って私に勝利していますし、観察してアメリカに報告する為にも私が残るのが一番だと感じました」
「しかし、ミカエラ・ホンゴウが日本には残るだろう。七草に保護と言う名の拉致状態の彼女ならば、司波達也の観察は出来るのではないだろうか」
「七草はミアを自由にはさせません。外出の際はもちろん、室内でも監視がつけられています。ミアにタツヤの観察を頼めば、七草家に彼が普通では無いと言う事がバレる可能性が高いです」
「なるほど……では上官としてアンジー・シリウス少佐に命ず。日本に残り、司波達也の観察、可能ならこちらの陣営に引き込めないかどうか試してくれ」
「イエス・マム!」
あくまで命令されたから残る、という建前を手に入れたリーナは満面の笑みをこらえながら第一高校へと向かったのだった。
卒業式も間近になってきて、生徒会役員たちは忙しなく動いている。臨時役員であるリーナも動かなければならないのだが、リーナが担当を任されているのはパーティの余興で、準備期間は特にする事が無いのだ。
正式な編入手続きも済ませ、リーナは手持無沙汰で校内をブラついていた。すると反対側から見覚えのある、今一番会いたい相手が近づいてきた。
「リーナ、君は準備を手伝わなくていいのか?」
「タツヤ、ワタシの担当はパーティの余興なの。だから今のところは何もする事がないのよ」
「そんなものか……そう言えば、リーナはこのまま日本に残るらしいな」
「……どこから情報を仕入れているのよ」
「九島家に許可を貰い日本国籍を取得した、と藤林さんから連絡があった」
「ああ……そう言えばタツヤは、キョウコと繋がってたんだったわね」
魔法科高校への入学条件としての国籍を取得する為に、リーナは九島烈に頼みそれを得た。そしてその事は響子にも伝わっており、そこから達也へと流れたのだった。
「しかし、何故日本に留まる事にしたんだ? 最初のころはあれほど日本にいる事を嫌がっていたのに」
「どうせ分かってるんでしょ? アナタたち兄妹に負けた所為で、私の信用は地に落ちたのよ。その信用を取り戻す為には、アナタたち兄妹に勝って、ワタシが最強の魔法師である事を証明しなければならないのよ」
「その割には、リーナの表情は明るいな。何か良い事でもあったのか?」
どれだけ口で誤魔化そうとしても、リーナは表情に考えが出やすいタイプの人間だ。そして達也は些細な表情の変化も見逃さない程の観察眼の持ち主だった。したがって、リーナの嘘はその場で見破られてしまったのだった。
「……本当は、タツヤに言われた事を考えていたのよ。ワタシはこのままシリウスを続けていけるのかってね。そんな時にワタシに選択肢が突きつけられたの。このままアメリカに帰ってシリウスを続けるか、それとも日本に残って『アンジェリーナ・シールズ』として任務に就くかってね」
「ほう……で、その任務と言うのはなんだ」
「あっ……」
極秘任務であるのに、リーナはその事を喋ってしまった。ましてや、その喋った相手が、その極秘任務の対象人物であるのだから、やはり彼女は諜報には向いていないのだろう。
「大方、俺の魔法を調べるように言われているんだろうけどな」
「何で分かるのよ!?」
「……自分でフッといてなんだが、今のは鎌かけだ」
「……ホント、アナタって嫌な人ね」
盛大に自爆したリーナは、恥ずかしそうに達也から視線を逸らした。一方の達也も、リーナの気持ちを察して深追い――追撃はしなかった。
「そうそう、ステイツ軍は引き上げるから、新しい部屋を探さないといけないのよね。タツヤ、良い物件知らないかしら」
「俺が知るわけ無いだろ。そんなのは不動産業者に聞け」
「冷たいのね。こんな美少女が一人暮らししてるって知られたら、不審者に襲われちゃうかもしれないじゃないのよ」
「君を襲うような命知らずはいないと思うがね。君の正体を知っていれば、の話だろうが」
「……アナタの家に滞在させてください。お願いします」
「……何を考えているんだ」
いきなりのお願いに、達也も身構える。だが次の言葉は彼にとって完全に予想外だった。
「タツヤに言われて気づいたの。ワタシは選んでたんじゃなく選ばされてたんだって。だからこれからの選択を間違わないように、タツヤの側で考えたい。……そっか、ワタシはアナタが好きなんだ」
「おいおい……いきなり何を言い出すんだ」
いきなりの告白に、さすがの達也も面食らった。だがリーナは止まらなかった。
「チョコを渡した時から……ううん、もっと前から、ワタシはタツヤの事が好きだったんだ。だから日本に残るって選択した時も、躊躇なく選んだんだと思う」
「……さすがに急過ぎるぞ」
「答えは急がないわよ。ワタシが日本にいる間に答えをくれればいいから」
「やれやれ……深雪の説得は自分でしろよな」
こうしてリーナの司波家滞在が決定したのだった。
とりあえず司波家に滞在決定か?