司波家への滞在を申し出たリーナに、達也はとりあえず自宅へと案内した。幸いな事に、深雪は今日生徒会の仕事もなく自宅で達也の帰りを待っていた。
「お帰りなさいませ、お兄……様?」
「ああ、ただいま。とりあえずリーナの事情を聞いてくれ。俺は部屋にいるから」
面倒事は全て自分で処理させるのが達也のスタイルであり、深雪もそれは心得ている。だがリーナとしては、達也が深雪に説明をしてくれるのだとばかり思っていたので、何も説明せずにこの場を去ろうとしている達也を呼び止めた。
「ちょっと! タツヤが説明してくれるんじゃないの?」
「説明もなにも、俺は既に許可はしたんだ。あとは深雪に納得してもらうだけだろ。それくらいリーナが自分でするんだな。それに、説得は自分でしろとも俺はちゃんと言っただろ」
「そうだけど……」
達也が隣にいてくれるのと、そうでないのでは、リーナとしてもモチベーションが違うのだ。無意識の内に自分の中に募っていた達也への想い、それがあったからリーナは司波家への滞在を申し出たのだ。恋慕している相手が側にいれば、自分は何だってできるだろうと無意識に思っていたリーナは、その援護がなくライバルを説得しなければいけないという事実に、早くも挫けそうになってしまった。
「お兄様、何故リーナがここにいるのですか? アメリカへ帰るのでは無かったのでしょうか?」
「本人から聞くのが一番いいんだが、簡単に言えば、アメリカに戻っても居場所が無いんだろ」
「お兄様に負けたから、ですか?」
「お前にもな」
それだけ伝えると、達也は本当に深雪とリーナを置いて地下へと行ってしまった。
「えっと……その事で達也にお願いして、達也の許可は貰ったんだけど……」
「なにかしら?」
「……卒業までの二年間、ワタシをここに住まわせてもらえないかしら」
リーナの申し出は、深雪にとっても衝撃的な事だった。確かに自分たちが負かしたせいで、最強の魔法師である事に疑問を持たれたのかもしれないが、それが何故この家に滞在する事になるのか分からなかったのだ。
「お兄様の許可を貰ったって、どんな脅しをしたのかしら?」
「脅して無いわよ! ただタツヤとミユキと一緒にいれば、ワタシも成長出来るかもって思っただけよ」
「それなら今まで通りでいいじゃないの。何で今までの滞在先を引き払ったのよ」
「あそこは軍で借りていたの! 今回は任務じゃ無く個人だから、軍で借りている施設は使えないの!」
「だからって、何でここなのよ! お兄様の命を狙ってた貴女を側においてあげるほど、私は優しくないの!」
「タツヤは許してくれたのよ! それなのにミユキはタツヤの決定に背くのかしら?」
「………」
リーナに痛いところを突かれ、深雪は押し黙ってしまう。深雪が達也の決定に背くなんてあり得ない事を、この数ヶ月でリーナも理解しているのだ。そこから攻めれば自分の滞在を認めざるを得なくなると踏んで、そんな発言をしたのだ。
「じゃあ滞在は認めます。その代わり、お兄様におかしなことをしそうになった時点で、私がリーナを殺すわよ」
「あら、一介の高校生であるミユキが、最強の魔法師であるワタシを一対一で殺せるのかしら? あのルナ・マジックだって、タツヤがいなきゃ使えないんでしょ?」
「さぁ? そんな事は貴女には関係ないと思うけど。それに、貴女一回私に負けてるのよ? お兄様が仲裁に入ってくださったから生きてるけど、アレをまともに受けていたら、今頃貴女は病院生活か、最悪生きてなかったのよ? その事を忘れてるんじゃないかしら?」
「………」
今度はリーナが押し黙ってしまった。自分たちがタツヤを囲み、有利に立てたと思ってた所への乱入、そこから自分が不利になってしまい深雪との一騎打ちを受けざるを得なくなった。そして、その一騎打ちで自分は負けたのだ――否、負けていたはずなのだ。
達也が深雪とリーナの魔法の両方を打ち消し、そのダメージを引き受けてくれたからこそ、今自分はこの場所に立っていられるのだと、リーナは改めて思い知らされたのだ。
「……本当は認めたくないけど、お兄様が許可なさったのなら、私はその意見に従うわ。その代わり、本当に変な動きはしない事ね。もし少しでも怪しかったら容赦なく攻撃しますから」
「それじゃあよろしくね。それから、これは九島将軍が言ってた事だから、怒るならそっちにしてね」
「……何かしら」
「ワタシがもし、このまま日本で生活する事になったら、日本人の旦那様を探さなきゃいけないらしいのよ。タツヤはその候補の筆頭だって」
「………」
リーナはこの空間の温度が一気に下がったと理解した。そして、温度を下げている原因が、深雪の魔法であることも……
「ちょ、ちょっと! だから怒るならワタシじゃなくって九島将軍にって……」
「今ここで貴女を消せば、そんな話は無かった事になるんだから……九島閣下を消すより、貴女を消す方が何倍も楽ですもの……さぁリーナ、大人しく私に消されなさい!」
「お、落ち着いて! てか、誰か助けて!!」
何とか深雪の横をすり抜けたリーナは、この状況を打破出来るであろう人物がいる場所へと急ぐ。つまりは地下室に向かったのだ。
「タツヤ! 助けて!!」
「無駄よ。お兄様が許可なさらなければ、この部屋の扉は開かないわ」
「そ、そんな……」
音声認証のロックが掛かっているだけなのだが、今のリーナにはそんな事を考えている余裕は無い。目の前には妖しい笑みを浮かべて迫ってくる深雪がいるのだから……
「何の騒ぎだ」
「た、タツヤ! お願い、助けて!」
「お兄様、退いてください。今すぐリーナの息の根を止めなければ!」
「落ち着け。それで、何が原因だ?」
一瞬で深雪を落ち着かせてリーナに原因を問う達也。あまりにもさっぱり怒気が消えたので、リーナは呆気にとられてしまい答えるのに時間が掛かってしまった。
「……ワタシの旦那様候補に、タツヤが入ってるって言ったら」
「なんだ、その話しは……九島烈か」
「さすがね。将軍はタツヤの事を気にいってるようだから」
「とりあえず深雪、落ち着いたらリーナを部屋に案内するように」
「畏まりました、お兄様」
先ほどまでとはまるで違う、憑き物が落ちたのではないかとすら思える変貌っぷりに、リーナは口をポカンと開けていたのだった。
達也の言う事は聞く深雪でした……