ロボ研のガレージの片隅に置かれたロボット。第一高校に貸し出されているP-94の内の一台には、ある魔物が取り憑いている。そしてその主となっているのはロボ研の人間ではなく、中に魔物が取り憑いている事を見抜いた男子生徒だ。
その魔物は、ほのかの恋心が原因で意識を持ち、そのままほのかの恋心を受け継いで主に忠誠を誓ったパラサイト。ピクシーの愛称で呼ばれているそれは、本当なら主の側で働きたいと思っていた。
「で、最近ピクシーの誤作動が多いって?」
「そうなんだよ。司波君がいてくれる時はそんな事無いんだけど……」
「それで、俺にどうしろと」
「一高に対する貸借契約は残ってるけど、学校側としてもこれ以上誤作動を続けるなら契約解除も考えてるらしいんだ。そうなると所有権を持っている司波君に契約が回ってくる事になるんだけど……」
ピクシーを一高に残したまま所有権を買い取った事に意味があるので、貸借契約を解除されると少し面倒な事になる。達也はロボ研に所属している友人をガレージから外に出して、ピクシーとの会話をする事にした。
「ピクシー、誤作動の原因はなんだ」
『貴方に会いたかったからです。春休みに入り、貴方はなかなか私に会いに来てくれないじゃないですか。だから再び誤作動を起こせば、貴方が私の事を調べに来てくれると思ったのです』
「……俺はロボ研の部員じゃないからな。簡単にこのガレージには入れないんだ」
『事情は知っています。ですが、もう少し会いに来てほしいと思うのも、貴方には分かるはずです。私が共鳴した感情は、光井ほのかの恋心なのですから、私が貴方に会いたいと思ってしまうのも当然なのです』
「そうは言ってもな……」
一高に残しているから、ピクシーを破壊する必要も無いのであって、ここから出すとなると、それなりのリスクが伴ってくるのだ。
『私は貴方のものです。だから、もっと貴方に仕えたい。貴方のお世話をしたい。貴方の側にいたい』
「……少し掛けあってみるか」
達也はピクシーをガレージに残し、外に追いやったロボ研の部員に話しかける。
「暫くピクシーを持ちだしても構わないだろうか?」
「何か原因が分かったのかい?」
「分かったには分かったんだが……ちょっと厄介な事になっててな。一週間くらい外で修理したいんだが」
「それくらいなら構わないよ。そもそも所有者は君なんだから」
「責任持って治すさ。それじゃあ手続きを……」
「ああ。それなら大丈夫だよ」
既に所有権を有しているのと、一高も誤作動が治せるなら何処へでも持っていってくれて構わないと初めからロボ研に伝えてあったので、ピクシーの持ちだしは以外にも簡単に出来たのだった。
いくらロボットとはいえ、あの服装のまま持ちだしたら目立ってしまう。ロボ研の部員にそう告げて美術部から女子用の制服を借り出して、達也はピクシーを家へと持ちかえった。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「お帰りなさいませ、達也さま……そちらの方は?」
「ピクシー、挨拶しろ」
『はいマスター。お初にお目に掛かります、マスターの所有物であるP-94、通称ピクシーと申します』
「あらピクシー、どうしてここに?」
『マスターにお仕えするのが私の願いですので。無理を言って一週間だけこの場所で生活させていただく事になりました』
「そういう事だ。深雪、水波、仲良くしてやってくれ」
水波にピクシーを紹介して、達也はそのまま地下室へと向かう。その後にピクシーが続こうとして、深雪と水波に捕まった。
『何でしょうか?』
「お兄様のお世話は私と水波ちゃんでするから、ピクシーは大人しくガレージに戻りなさい」
『私に命令出来るのはマスターだけです。いくら妹の貴女とはいえ、私に命令する事は出来ません』
「深雪さま、このロボットは何故達也さまに好意を持っているのでしょうか?」
『私は貴女がた四葉が狙っていたパラサイト、それが憑依しているのです。ですが、私に敵意は無く、あるのは司波達也への想いだけです』
何故ピクシーが深雪たちが四葉の関係者である事を知っているのか、水波は警戒心を強めたが、深雪は全く警戒していなかった。
「お兄様の事、調べたの?」
『マスターの事と貴女の事は強固にブロックされていましたが、この間私を欲していた青木とかいう人の事は簡単に調べられましたので』
「青木さん? この間って何時の事?」
青木が達也に会いに来ていた事を知らなかった深雪は、ピクシーを問いただすように尋ねた。ピクシーも深雪の怒りを感じ取ったのか素直に答えた。
『パラサイト問題が片付く前、二月十八日の事です』
「あの人の事ですから、達也さまの事をボロクソに言ってさっさとこのロボットを買い取るつもりだったのでしょう。深雪さまがいない時を狙ったのもその為かと」
「青木さん……水波ちゃん、今すぐ四葉家へ向かいます。叔母様へご連絡をお願いします。場合によっては叔母様もご一緒に青木さんを詰問する事になるかもしれませんので、そうお伝えください」
「畏まりました。ですが、達也さまはどうなさるのでしょうか?」
「幸いな事に、ピクシーがお兄様のお世話を代わってくれるらしいから、お兄様は今回はここに残っていただきます。お兄様を本家へお連れすると、色々と大変ですので」
四葉家の従者や分家の人間は達也を無能扱いしたり、存在そのものを否定したりしているのだが、侍女や真夜などは、達也の事を想っているので、達也が本家へやってきたら仕事が滞るのだ。
そして達也に色目を使おうとしている侍女を見て、深雪が魔法を暴走しかけて、最終的に疲れるのは達也なのである。その事を自覚しているからこそ、今回は達也を連れて行かないと判断したのだった。
深雪と水波が司波家からいなくなって暫く、達也は地下室から出て来なかった。漸く出てきたと思ったら、家に妹と水波がいない事に気がつき首を傾げた。
「ピクシー、二人はどうした?」
『青木という人物を詰問すると言って、本家へ向かいました。諸事情によりマスターにはお留守番を頼むと言付かっております』
「そうか……ピクシー、お前喋ったな?」
『何の事でしょうか?』
深雪をこの家から追い出す為には、本家に向かわせるのが一番いい。そして達也を連れて行かせない為に、ピクシーが自分のいない所で青木の事を深雪たちに話したのだと、達也にはしっかりバレていたのだった。
色々と捻じ曲げるのが大変だ……