深雪と水波がいなくなったおかげで、達也の世話の全てをする事が出来るピクシーは、喜びのあまり達也に抱きつこうとした。が、達也がそれを手で制したので、ピクシーも大人しく抱きつく事を諦めた。
「それで、深雪と水波は四葉本家に行ったんだな?」
『そのようです。青木という執事に詰問すると言って、本家へ連絡を取って向かわれました』
「また面倒な事に……」
達也にとって、青木の態度など気にとめるような事でも無いし、用件は無事にまとまったので報告するまでも無かった事なのだが、深雪にとってはそうはいかなかったらしい。というか、こうなる事が分かっていたから、達也は深雪に黙っていたのだ。
『今日から数日は、私がマスターのお世話をさせていただきます』
「……これが狙いか」
ピクシーが深雪たちに青木の事を話した理由に行きついた達也は、深いため息を吐いた。
『マスター、ため息を吐くと幸せが逃げてしまいますよ』
「とりあえず着替えろ。何時までも制服じゃ動き難いだろ」
『ですがマスター、私はこの服と普段の格好であるメイド服しか持っていません』
「……明日買いに行ってやるから、今日は何時もの格好で我慢しろ」
数日とはいえ、この家で生活するのだから、メイド服と女子の制服だけでは達也の精神衛生上よろしくない。もちろん、性的興奮する事は無いのだが、達也はピクシーに家事をやらせる為につれてきたわけではないのだ。
『マスターとお出かけ出来るのですか?』
「ああ、そうだ。だが外ではサイキックを使う事は禁止だ。普通に話すように」
「かしこまりました」
少しぎこちない返事だったが、人間では無くロボット――その中に憑依しているパラサイトの返事なのだから仕方ないのだろうと、達也は少し諦めの表情で頷いた。
『ではマスター、早速晩御飯の支度をさせていただきますので、キッチンを使わせてください』
「好きにしろ。その代わり、あまりモノを動かすと後で深雪に怒られるかもしれないから気をつけろよ」
『もちろんです。全て元通りにしておきますので、ご心配なく』
ロボットならではの記憶力から来る自信なのだろう、と達也は無理矢理納得して地下室へと戻っていく。普通の人間なら内線を使って呼ぶのだが、ピクシーはサイキックで念話出来るのでその必要は無い。達也もそのつもりだったのでピクシーに内線の事は教えなかった。
翌日の朝食も済ませ、達也はピクシーに服を買い与える為に街へ出かける事にした。達也の服装は何時も通り上にブルゾンを羽織った格好だが、ピクシーは一高の制服だ。達也が制服なら違和感は少しは薄まったのかもしれないが、達也の隣に制服のピクシーが立っている事は、達也の年齢を知らない人間から見たら違和感しかないのだ。
「ま……達也さん、何だか見られているようですが」
「気にするな。大方、俺が高校生を連れ回してるように見えているんだろう」
達也から名前で呼ぶようにと指示されている為、ピクシーは少しぎこちないなりにも達也の事を名前で呼んだ。一方の達也は、さすがに「ピクシー」と呼ぶわけにはいかないので、自分から話題を振る事は無かった。
「どんなのが良いんだ?」
「そうですね……深雪さんやほのかさんのような格好が良いですかね」
青山霊園に出向いた際に見た二人の格好を思い出し、ピクシーは服を探し始める。達也はそれを眺めながら値札に目をやった。
「(これくらいなら問題は無いか)」
出費の事はあまり気にしない達也だが、ピクシーに服を買ったとなると、深雪や水波が帰ってきた時に自分たちも、と言い出す可能性があるのだ。その場合の事を考えても、この程度なら達也にとって手痛いにはならないと確認したのだ。
「ま、達也さん。これなんてどうでしょう」
「試着させてもらえば良いだろ」
「そうですね。お願い出来ますか?」
近くにいた店員に頼み、ピクシーはフィッティングルームへ消えていく。達也は女性服売り場でも気後れする事無く、ピクシーが出てくるのを待った。
「どうでしょうか?」
「そうだな……お前ならもう少し派手でも良いと思うぞ」
「そうですか。では別のものに着替えてみます」
相手が深雪だろうがピクシーだろうが、達也は相手に似合う服を選びたいと心のどこかで思っているのだろう。誰が相手だろうがテキトーな事は言わず、思った事をシッカリと相手に伝える。そんな達也の態度は、他の女性客から見ても羨ましいもので、自分の連れを見てため息を吐いている人も少なくない。
「これならどうです?」
「そうだな……色合いが合って無い気がするな。もう少し淡い色の方が似合うだろ。確か水色を基調とした同じ服があったろ。そっちは気に入らなかったのか?」
「いえ、達也さんがどう思うかで決めたかったので、そっちも着てみますね」
ピクシーが今着ているのは、濃い青を基調とした服で、達也としてはもう少し色味を抑えた方がピクシーには似合うと感じていた。ピクシーの方も、この色は自分には似合わないと分かっていて着ていたので、達也がしっかりと否定してくれた事に安堵していた。
『やはりマスターは女性を喜ばせるのが上手なようですね』
扉を閉めて念話で達也の事を改めて評価するピクシーに、達也は内心苦笑いを浮かべていた。達也自身そのような自覚は無く、ただ単に思った事を素直に伝えているだけなのだから、それで喜ばれても実感出来ないのだ。
こうしてピクシーの服選びは、周りのカップルに少なからず影響を与えて終了した。一着では寂しいという事で三着購入したのだが、達也としては別に懐の痛む事無い買い物だったので恐縮しているピクシーに気にするなとだけ伝えて会計を済ませた。
「この服は着て帰るので、着ていた制服は残りの二着と一緒に送ってください」
「畏まりました」
高校生には少し手を出しにくい金額の店なのだが、思わぬ上客に巡り合った店員は、ニコニコ顔で達也に接していた。実際に達也を高校生と判断したかは微妙なとこだが、そこは深く気にする事無く、達也はピクシーを連れて店から出て行った。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
そのうち深雪と水波を連れてまた来るだろう、と達也は内心でそう呟きながら帰路に着いたのだった。
二人がいない今、ピクシーの天下ですね