真夜が達也に甘えている事を何となく予測していた深雪は少し苛立ちを覚えながらベイヒルズタワーをウロウロしていた。その姿を見た男共は声を掛けようとしたが、手が届く距離まで近づいて、深雪の魅力に耐えられなくなり離れていくと言う事を何人もが繰り返したのだった。
その事を何となく見ていた深雪だったが、そんな悠長な事を考えている暇は、幸いな事に(結果からすると不幸だったかもしれないが)長くは無かった。
けたたましく鳴り響く火災警報が、ここら一帯の状況を一気に変えたからだった。
『当ビル内で火災が発生致しました。壁面の避難経路にそって速やかに退出してください』
「(火事ですって!?)」
今の世の中、どんなに小さな火だろうと、早急にスプリンクラーが発動して鎮火するのを、深雪は知っているのだ。だが避難経路が映し出されているモニターには、熱でスプリンクラーが故障しているため作動しないと出ている。
今の時代のスプリンクラーは熱対応もバッチリなので、故障するはず無いのだ。
おかしい……深雪の頭の中にこれは異常事態だと言う事が浮かび上がる(火災自体異常事態なのだが、その中でも特に異常だと思ったのだ)。これは強い力をもった魔法師の仕業だと理解したのだ。
「(警報機が鳴る少し前、強力な魔法が行使されたのを感じた……お兄様が呼び出された事と関係あるかもしれない)」
この発想は単なるブラコン発言なのだが、深雪は知らずして真相に辿り着いていたのだった。
大勢の人間が避難するなか、深雪はその波に逆らって火災現場に向かった。途中見ず知らずの紳士が深雪に避難するように促したのだが、そんな事で逃げ出すようなら最初から現場に行こうなど考えない。深雪は笑顔で紳士の提案を退け、止まる事無く歩を進めた。
「(もしかしたらお兄様のお力になれるかもしれない)」
こんな異常事態にも関わらず、深雪の頬は熱さとは違う理由で赤くなっていた。達也の力になれるのなら、深雪はそこが戦場だろうが何だろうが嬉々として向かう事だろう。
結果として深雪の行動は、達也の力になるとかは別にして正解だったのかもしれない。燃え盛るビルの中心に居たのは、深雪と同じ魔法師だったのだから……
「(あれだけの魔法力、結構強い力を持っているのね)」
この熱い中、黒いフードを被った男がはしゃいでいた。深雪は達也から送られた髪飾りの入った袋を柱の影に置き、この状況を打破する為に動き出した。
「(お兄様に貰った髪飾りの所為で失敗したなんて、お兄様に笑われてしまいます!)」
この状況でも深雪の頭の中は達也でいっぱいだった。そんな余裕のある状況では無いのだが、深雪にはそんな状況でも余裕を感じられるだけの実力があるのだ。
鞄から
彼女が得意としてる魔法は振動系統の中の冷却魔法、つまり今の状況に適した魔法だと言えるだろう。
だが相手の魔法力よりも強い魔法力を持っていなければ相性を差し引いてもあまり意味を持たなかっただろう。
燃え盛る炎を一瞬で消し去った深雪は、やはり実力者と称されるだけの事はあるのだろう。消え去った事に驚いた犯人が怒鳴り声を上げた。
「誰だ!!」
「貴方こそ何者です! 魔法を使って放火を働くなんて、断じて許されませんよ」
「誰が許さないんだ! 国か! 軍か! それとも偉そうに俺を見下した協会の人間か!?」
「何を子供じみた……いい年をしてやって良い事と悪い事の区別もつかないのですか」
自分が悪い事をしているのに、全く悪びれていない相手に、深雪はとてつもなく冷たい視線を向けた。魔法など使わずとも相手の事を凍らせるのではないかと錯覚するような冷たい目だった。
そんな視線を浴びせられて、この男が黙っているはずもなかった。精々自分の1/3しか生きていない女子に、そんな事を言われて逆上しない精神を持っているのならこんな事は仕出かさなかっただろう。
「餓鬼が生意気な事を!」
拳銃に似たものを突きつけられても、深雪の目は変わらない。あれがCADだと言う事は分かってるし、CADが本来の力を発揮出来ない事も深雪には分かってたからだ。
「俺を馬鹿にするな! 見下すな! そんな目で見るな! おれは出来損ないじゃ無い!」
深雪の侮蔑を隠そうとしない目を見て、男はそんな事を言い出した。恐らくは彼が体験してきた事を思い出したのだろう。
「俺は能無しでは無い! その事を証明してやる!!」
CADに想子を送り込み魔法を発動させようとする男。魔法の発動に成功すれば深雪は黒こげの消し炭になっているはずなのだ。
「何!?」
だが男の思惑とは違い、魔法は発動する事無く想子が霧散していく。
「まさか、領域干渉だと?」
この男が驚くように、領域干渉は深雪のような若い魔法師が簡単に使えるような魔法では無い。たとえ使えたとしても此処まで高度な魔法力を持った男に対抗しえるものでは無いのだ。
「馬鹿な!? 指1本動かさずに、俺の魔法を無力化したと言うのか!」
この事実が信じられずに、男は何処か穴が無いか必死に探した。しかしいくら魔法を発動させようとしても、発動する前に想子が霧散していく……つまり深雪の魔法力が男の魔法力を凌駕してる証拠なのだ。
「惜しいですね」
男の魔法力がどれだけの物か分かる深雪が、男にそんな言葉を掛けた。実力がありながらその力を発揮する事無く終わる男を哀れんだのか如何かは分からないが、男はそう受け取ったのだ。
「俺はまだ終わってない!」
懐から銃を取り出し深雪に向けて発砲……出来なかった。
「実弾なら勝てると思いましたか? 残念ですが全ての発火現象を抑えているので炸薬に火はつきません」
「(これが、上級魔法師との差……)」
自身の無能さを理解していながらも受け入れる事が出来なかったこの男も、これだけの実力差を見せ付けられたら認めざるを得ない。自分が無能だった事、CADなど役に立たない事、自分が処分される理由。その全てを受け入れざるを得ない状況になってしまったのだ。
「(やはり俺の人生は……)」
「今更手遅れですが……せめて自首したら如何ですか?」
「(俺の人生は!)」
発火現象を起こす武器は使えないと理解した男は、隠し持っていたナイフを深雪に向けて突進してきた。
自分の人生が此処までだと理解したが、せめて深雪だけでも道連れにしようとしたのだ。
「(そんな! まだ武器を持っていたなんて……)」
魔法ならそこらへんの人間に負ける事は無い深雪だが、体術はそこまで得意では無い。まして相手は男だ、女である深雪が簡単に勝てる相手では無い。
深雪は目を思いっきり見開いて驚いていた。自分は此処で死んでしまうのかと思って。
「俺の妹に何をする」
そんな深雪の耳に、もっとも信頼して、もっとも敬愛する達也の声が聞こえてきたのだった。
上手く状況を表現出来てるか不安です……