紗耶香との話し合いの翌日、生徒会室でも昼食風景は最初の頃と様変わりしていた。とは言ってもまだ二週間くらしか経ってないのだが、それでも変わったものは変わったのだ。初日は摩利以外自動配膳機の世話になっていたのだが、今日は誰一人使う事無く食事を始めていた。
「お兄様、お弁当です」
「ありがとう。だが、家で渡した方が良いんじゃないか?」
達也としては家で受け取っても此処で受け取っても変わらないのだからどちらでも良いのだが、手渡された時に真由美と鈴音が面白くなさそうな顔をしてるのが気になるので出来るなら家の方が精神衛生上ありがたいと思い始めているのだった。
「それでは意味が無いのです!」
「意味?」
もちろん深雪は牽制の意味を込めて生徒会室で渡しているのだが、真由美も鈴音も全くめげないのでそろそろ次の手を考えているのだ。
「お兄様、今日は……あら? お箸が見当たりませんね」
「忘れたのか? 珍しい事もあるものだな」
摩利が深雪の失態を珍しいと言ったように、普段の深雪はほぼ完璧に物事をこなすのだ。
「箸が無いなら割り箸でも……」
「いいえ、それでは資源の無駄遣いになってしまいます。それに、お兄様のお箸はございますので、深雪に食べさせて下さい」
「「「えぇ!?」」」
「ん?」
深雪の発言に悲鳴にも似た声が三つ、真由美と鈴音は分かったのだが、もう一人この部屋に居た少女の悲鳴だ。もちろん摩利では無い。
「中条先輩?」
「い、いえ……」
深雪が鋭い視線を向けると、あずさは縮こまるように身体を抱きしめた。
「そうだ! 私のお箸を使って良いわよ」
「ですが、それですと会長がお昼を食べられなくなってしまいますよ?」
「深雪さんが食べ終わった後で十分間に合います」
何としても深雪が達也に食べさせてもらうと言うシチュエーションを避けようと必死になってる真由美を楽しそうに見ていた摩利が、別の爆弾を投下した。
「そう言えば達也君、昨日剣道部の壬生をカフェで言葉責めにしてたと言うのは本当かい?」
この発言に、生徒会室の時が止まった。深雪も真由美も鈴音も、あずさまでもが摩利の発言を真に受けたようだった。
「委員長も年頃の淑女が言葉責めなんてはしたないですから言わない方がいいですよ」
「ありがとう。私を淑女扱いしてくれるのは達也君だけだな」
本気で照れ掛けている摩利に、達也はお返しとばかりに言葉を続けた。
「自分の彼女を淑女扱いしないとは、先輩の彼氏は紳士的ではないのですね」
「そんな事ない! シュウは……」
言ってから失言だったと気付いた摩利は、立ち上がりかけた格好で固まった。その隣では真由美と鈴音が噴出すのは必死に堪えているのを、摩利は視界の端で捉えていた。
「……それで、君が壬生を言葉責めにしてたと言うのは本当か?」
「委員長、深雪の教育に良く無いのでそのような言葉はちょっと……」
「あの、お兄様? 私の年齢を間違えてはおりませんか?」
自分の事を言われ、深雪は少し慌てたように達也に抗議した。達也は誤解を解く為に昨日紗耶香と話した内容を全員に聞かせるように話した。
ちなみに達也は結局割り箸を使っており、普段達也が使ってる箸は深雪が使っている。
「そんな事が……」
「しかしそれは壬生の勘違いだ」
摩利が言うように、風紀委員は完全なる名誉職であり、内申に影響する事も無いのでしがみついてまで就く役職では無い。その事を知っていた達也は、紗耶香が誰かに洗脳されているのを疑っていたのだ。
「そのようなデマを流してるヤツらに心当たりは?」
「ううん、噂の出所なんて探しようが無いでしょ」
「あれば注意してるさ」
何かを誤魔化そうとしている二人を見て、達也はこの二人と鈴音は真相を知っていて隠そうとしてるんだと核心した。さっきから深雪が達也の袖を引っ張り、「踏み込みすぎでは?」と言う視線を向けているが、今の達也は踏みとどまろうとはしなかった。
「俺が聞いてるのは末端である事無い事吹き込んでるヤツらでは無く、その背後の連中の事です。恐らくですが、『ブランシュ』が絡んでると思われます」
この発言に、真由美と摩利と鈴音は驚愕の表情を浮かべ、あずさと深雪は困惑の表情を浮かべた。前者の三人は何故達也がこの事を知ってるのかと驚き、後者二人はその組織の名前を知らなかったのだ。
反魔法国際政治団体『ブランシュ』。この名前は秘匿情報扱いで、国が情報を完全にシャットアウトしているはずなのに、一介の高校生である達也が何故この名前を知ってるのか三人は気になったのだ。
「秘匿情報と言っても噂の出所を全て塞ぐ事は出来ませんよ。こう言った事は隠さずに全て公開した方が良いのですが」
「そう…よね……なのに私たちはこの事から避け…いえ、隠そうとしてる」
達也が言った事を自分でも思っていた真由美は、落ち込んだようにそんな事を言う。その言葉に鈴音も頷き此方も落ち込み始めた。
「仕方ないですよ」
「「え?」」
だから達也からの慰めの言葉があるとは思って無かったのだろう。仕方ないと言われ真由美も鈴音も顔を上げた。
「此処は国立の施設で、国の方針に縛られるのは仕方ないと思いますよ。会長や市原先輩のお立場では、隠すのは仕方ないでしょう」
「司波君……」
「慰めてくれるの?」
達也がぶっきら棒に言い放った言葉に、鈴音と真由美の表情が晴れていく。落ち込んだ二人を慰める形になったのを見て、摩利がイタズラっぽい笑みを浮かべてからかう。
「何だ? 真由美も市原も完全に達也君にやられてるようだな。落ち込んでた所を慰められて完全に惚れたか?」
「摩利!?」
「渡辺委員長!?」
完全にからかって遊んでるのだと達也は分かっていたのだが、真由美も鈴音も本気に受け取ってるようだった。そしてもう一人本気で受け取った少女が……
「お兄様?」
「み、深雪?」
「達也君も隅に置けないな。落ち込んでる女をしっかりと慰めてハートを鷲掴みにするんだから」
「でも、追い込んだのも司波君では?」
あずさの発言に、摩利が便乗するように言葉を続ける。
「自分で追い込んで慰めるか、凄腕ジゴロだな」
この発言で、生徒会室に猛烈な雪が吹き荒れるのだが、こんな場所で秘匿技術を使う訳には行かない達也は、「誠意ある説得」で深雪を落ち着かせたのだった。その光景を見た四人は、顔を真っ赤にして、それでも羨ましそうな目を向けているのが三人居た。
「さてと、そろそろ時間ですし、俺は教室に帰ります」
「あぁ待て、最後に一つだけ」
「何です?」
立ち上がった達也に、真由美とじゃれあっていた摩利が静止の声を掛けた。
「壬生の誘いに、君は何て答えたんだ?」
「答えを待ってるのは俺の方ですよ」
結局しどろもどろの答えしかもらえなかったので、後日改めたのだから、達也が紗耶香に返答してないのは当然なのだ。
「答えを聞いて、君は如何する?」
「俺は自分が出来る事をするだけです」
達也の答えを、満足そうに頷き、未だにじゃれ付いてきている真由美を宥めに入った。そんな姿を見て、達也は呆れたように生徒会室から出て行った。そんな達也に深雪は黙ってつき従ったのだった。
次回は遥がメインですかね