四葉本家に到着した深雪と水波は、直接真夜の待つ応接室へと足を運ぶ。本来なら出迎えがあって当然な立場なのだが、今回ここに訪れた理由が理由なので、真夜が直接自分の下に来る事を許したのだった。
「いらっしゃい、深雪さん、水波ちゃんも。それで深雪さん、例の件は本当なの?」
「お兄様がそうお認めになりましたし、ピクシーもそう証言していますのでおそらくは」
「元々青木さんはたっくんを軽んじてる節が見られてたけど、まさかそんな事をしようとしてたなんて」
手段も金額も問わないと言っておきながら、達也を軽んじた事に真夜は憤りを覚えていた。確かにパラサイトに対して興味があったのは認めるが、自分の血縁で、唯一の理解者である達也に対しての青木の態度に真夜は我慢の限界が訪れていた。
「ところで叔母様、その青木さんは今どこに?」
「青木さんにはちょっと遠出してもらってるから、急いで戻ってきてもらっても明日かしらね。今日はゆっくりしていって頂戴」
「そうでうすか……」
「そう言えば、今日たっくんは? 一緒に来るものだと思ってたのだけども」
「お兄様を連れてきたら、従者や分家の方たちに蔑まれ、侍女の方たちから恋慕の視線を向けられますので……いくら叔母上の御威光があっても、お兄様に恋慕するなという命令は意味をなしませんので」
「そうね。たっくんに惹かれない女なんて、この四葉にはいないわ」
真夜がそう言いきったタイミングで応接室の扉がノックされた。見計らったかのようなタイミングで現れた老執事に、深雪と水波は一礼して挨拶をした。
「葉山さん、ご無沙汰しております」
「横浜騒乱の時以来ですかな。こちらこそご無沙汰しております」
恭しく一礼して、葉山は真夜の前に紅茶の入ったカップを置いた。
「深雪さんたちにも持って来てあげてちょうだい」
「心得ております」
準備の良い葉山は、真夜に言われるまでもなく深雪と水波の分の紅茶も用意していた。深雪は普通に受け取ったが、水波はかなり恐縮した態度で、何時まで経っても紅茶に手をつけようとしなかった。
「気になさらずにお飲み下さい。今日の貴女は、真夜様の御客人ですので、私がもてなすのは当然なのです」
「で、ですが……私は葉山様に紅茶を淹れて頂ける立場では……」
「真夜様の御客人なのですから、本来の立場はお忘れなさい。今だけは、この老いぼれより立場が上なのですからな」
それだけ言うと、葉山は来た時と同じく恭しく一礼して部屋から出ていってしまった。
「水波ちゃん、葉山さんの言うとおりなのだから、今だけは緊張するのをおやめなさい」
「は、はい……」
真夜にまでそう言われてはするほか無いのだが、深雪と真夜の前で緊張をほぐせるほど、水波の神経は図太く無かった。
深雪と水波がいない以上、司波家の家事の一切はピクシーが取り行う事になる。達也も出来なくは無いのだが、普段は深雪と水波が、そして今はピクシーが頑として達也に家事をさせようとしないので、大人しく部屋でCADを弄っていた。
『マスター、食事の用意が出来ました』
サイコキネシスで伝えてくるピクシーに、達也はどう返事をするか迷ったが、別に返事は求めて無さそうだったので無言で立ちあがり部屋からリビングへと向かった。
「さすが家事ロボットだな」
『評価は食べてからにしてくださいませ。深雪さんには勝てないかもしれませんが、私の存在意義を掛けて作った渾身の料理です』
「別に深雪と比べる必要は無いだろ。ピクシーの料理も、十分美味しそうなのは違いないんだから」
席に着き、達也はピクシーの料理に箸をつける。口に運ぶ間、背後でピクシーがただならぬ雰囲気を纏っているのを感じ、達也は一度箸を置いてピクシーに振り返った。
「そんなに緊張する事では無いだろ」
『ですから、私の存在意義を掛けた料理ですので、緊張もしますよ』
「だからってジッと見るな。食べにくいだろ」
達也にそのような感情は無いが、一般的に考えてもジッと見詰められていたら食べにくい。その事を知識として知っている達也は、一般論を使ってピクシーを大人しくさせたのだった。
『スミマセン、マスターを困らせるなんて、家事ロボット失格ですね……』
「そこまで落ち込む必要もないだろ。緊張していたという事は分かったからな。次からは止めてくれればそれでいい」
一度置いた箸を再び持ち、達也はピクシーの料理を口に運んだ。先ほどまでではないが、ピクシーは相変わらず緊張した雰囲気を纏って達也を見ている。
「心配しなくてもちゃんと美味しいぞ」
『本当ですか! でも、深雪さんよりは劣りますよね?』
「深雪には深雪の良さがある。そしてピクシーにはピクシーの良さがあるんだ。比べる事じゃ無い」
深雪の料理は完全に達也の好みに合わせて作っているので、達也に限って言えば深雪より美味しい料理など存在しないと言える。だが他の人の好みに当てはめれば、ピクシーの方が美味しいという人間もいるかもしれない。達也はそう思っていた。
『マスター、お願いがあるのですが』
「なんだ?」
『今夜だけは、私と一緒に寝ては頂けないでしょうか』
「……それはほのかの感情からいった言葉か? それとも『ピクシー』としての感情からの言葉か?」
『難しいですね……私という存在を構成しているのは、光井ほのかの恋心ですから。ですが、今の言葉は間違いなく私の気持ちです。それが光井ほのかの気持ちだろうが、私が感じた私の気持ちなのです』
ややこしい事を言っているが、ピクシーの紛れもない気持ちである事は達也にも伝わっていた。だがしかし、ロボットとはいえピクシーと一緒に寝るのは深雪たちが怒るかもしれない事だ。
「……今夜だけだからな」
『はい!』
深雪の嗅覚も、さすがにロボットには反応しないだろうと判断した達也は、ピクシーと共に寝る事を承諾したのだった。
夜の女王と氷界の女王に挟まれたら……