司波家で生活し始めて暫くたったある日、リーナは好奇心から達也が普段使っている部屋への侵入を試みた。即ち、地下室に入り込めないかと動いているのだ。理由は好奇心の他にもあるのだが、主だった理由はやはり好奇心なのだ。
「(タツヤがシルバーだという事には驚いたけど、でもその真意は確かめられて無いからね)」
本人と深雪から聞かされただけで、リーナは「達也=シルバー」というのが事実なのか疑っていた。確かに達也の調整技術は高校生のそれとは比べ物にならないくらいの腕前があるし、達也が持っていたCADは間違いなくシルバーモデルの最新作だった。
「(でも、あれが本物のシルバーモデルの最新作なのか、ワタシには分からないものね)」
発表されていないものを最新作だと思い込むのは危険だと、リーナは物事を疑ってかかる。相手が達也だからこそ、より慎重に、より疑ってかかるべきだと、この数ヶ月で彼女は学習したのだった。
「(さてと……どうやって入ろうかしら)」
「何してるんだ?」
「うひゃ!? ……タツヤ、脅かさないでよ!」
「リーナがこそこそとしてるのは気配で分かっていたが、こんなところでなにしてるんだ、ほんとに」
「それは……」
自分は完璧に気配を消していたはずなのに、達也にあっさりとバレてしまった事で、リーナは挙動不審になってしまった。つまり地下室の扉の前であたふたとし始め、しまいには愛想笑いを浮かべるという、明らかに不審な行動だと教えてしまったのだ。まぁ、最初から達也にはリーナの動きは不審に思えていたので、今更なのかもしれないが……
「リーナもCADを調整してほしいのか?」
「えっ? ……そう! そうよ! お願い出来るかしら?」
「……別に構わない」
明らかに違う目的である事を知られた、とはリーナは思っていなかった。上手く誤魔化せたと本人は思っているのだが、達也が苦笑いを浮かべている事にリーナは気付けなかった。同い年のはずなのに、これほどの人生経験の差を見せられたのに、彼女は気付けなかったのだ。
「だが、USNAの魔法師であるリーナが、日本人の俺に調整してほしいなんて、何か気持ちの変化でもあったのか?」
「アナタは普通の高校生じゃないでしょ。ワタシに一対一で勝利して、挙句にシルバーだとか言うんだから……その実力を体験したいと思っただけよ」
「そういう事にしておこうか」
達也はリーナからCADを受け取り、どの程度のチューンナップが施されているのかを確認する。ブリオネイクは弄ってもらうわけにはいかないので、リーナが手渡したのは普段使いのCADだが、それでも高度なチューンナップが施されているのだ――リーナの中では。
「なるほどな……それじゃあリーナの測定をするから、そこに寝転んでくれ」
「これ? ……これって一般家庭に相応しくない測定器ね、中央機関とかそういった場所にあるものじゃないの?」
「色々と使うからな。深雪とか再従妹とかに頼まれる事があるからな」
「でもこれって、普通は服を脱いで測定する感じじゃないの?」
「よく知ってるな」
特に気にした様子の無い達也の反応に、リーナは首を傾げた。
「それってつまり、ミユキやその再従妹の測定をする際は、服を脱いでいるって事?」
「そうだな。測定をする際、なるべく衣服は脱いで測った方が正確な数値が測定出来るからな」
「……それって、タツヤは女の子の下着姿を見ているって事よね?」
「言われればそうだな。だが、別に問題は無いだろ」
普通の男子高生なら問題大ありな事でも、達也が言うと何故か問題が無いように思えるから不思議だ。リーナも反論しようとしたけど、達也本人が問題無いと思っているのならそれでいいのかも、と思ってしまったのだった。
「じゃあリーナの数値も測定するから、服を脱いで寝転んでくれ」
「え、えぇ……? って、問題ありでしょ!」
寸でのところで思い出して達也に抗議しようとしたが、達也の目は既にリーナを見ていなかった。いや、リーナを構成する要素全てを見ている目をしていた。
「(これが、タツヤなの……これなら確かに、下着姿だろうが真っ裸だろうが関係ないわね)」
寸前まで恥ずかしがっていた自分が馬鹿らしくなり、リーナは素直に服を脱いで測定器の上に寝転がる。スキャンが始まると不思議と達也の視線も気にならなくなり、終わった時には既に達也の興味はリーナに向いていなかった。
「もう着ていいぞ」
測定結果を見ながら、達也が興味無さげにリーナに告げる。何となく面白くなく感じたリーナは、少し悪戯を仕掛けてやろうと決心した。
「ワタシのデータはどうかしら?」
「そうだな……さすがシリウスと言ったところか」
「……それって褒めてるのかしら?」
シリウスである自分に真っ向から打ち勝っている達也に言われても、嫌味にしか聞こえない。リーナはそんな事を想いながら達也の背中に近づく――服を脱いだまま。
「これならまだ向上するだろうし、CADにも反映させる事が出来る」
「そう? ならお願いしたいわね」
「ああ。だからさっさと服を着てここから出ていってくれ。ここからは集中して作業するから、人がいると気が散る」
「……何で服を着て無い事が分かったの? もしかして、見たのかしら?」
「いや? 偶に深雪も似たような悪戯をするからな」
このままでは深雪に勝てないと焦ったリーナは、何を想ったのか下着に手を掛けた。もちろん、寸でのところで我に返り脱ぎはしなかったのだが、達也には気配でリーナの奇行は把握出来るので、ますますリーナの方を向こうとはしなかった。
「タツヤ……」
「なんだ?」
「アナタの事情は何となく聞いたわ。感情の殆どが無い事も、人を好きになった事が無い事も」
「それで?」
「だったら、誰か特定の異性と共に過ごす事で、その人を好きになるっていうのはどうかしら?」
「どうと言われてもな。そんな相手は今のところいないからな」
「……なら、ワタシがその相手をするわよ。いえ、ワタシにさせて下さい。九島烈とかシリウスとか関係なく、ワタシはアナタの事が好きです。だから、アナタの特別な存在になりたい。ならせてください」
「……なら、そこで待ってるんだな。調整を終えたら考えてやる」
それが告白の応えだと分かったリーナは、泣きそうなのを我慢して笑っていたのだった。
甘さは控えめですが、前よりかは距離が近いです