無事に達也との付き合いを深雪に認めてもらった水波は、室内だろうが屋外だろうが所構わず達也に甘え始めた。
「達也さま、あーんしてください」
「あのなぁ、水波……自分で食べるから」
「達也さまのお世話は私の使命なのです! だから達也さま自身の御手を煩わせるわけには……」
「食事を摂るのが煩わしいと思うほど、俺は億劫ではない」
「そうですよ、水波ちゃん! なんてうらやま……いえ、お兄様の言うとおりです」
このように、達也の世話を全てやりたがるほど、水波は達也に依存していた。彼女の境遇を考えれば、誰かに甘えたくなるのは仕方ないのかもしれないが、それにしても限度というものがあるだろう。深雪が魔法を暴走させていないのが奇跡に等しいほど、水波の甘え方は異常なのだ。
「達也さまがそう仰られるのでしたら……」
「そう落ち込むな。別にお前が嫌いになったわけじゃないんだ」
「分かっております……ですが、達也さまに迷惑を掛けていた自分が許せなくて……」
「迷惑って程でも無い。ただ、少しやり過ぎだと思っただけだ」
際限なく落ち込みそうな水波の頭を優しく撫で、達也はそう伝える。少し前まではこの家の中に限り深雪の特権だった、達也に頭を撫でてもらうという行為は、最近では水波にのみ適用されているのだ。
「深雪、どうかしたのか?」
「い、いえ……何でもありませんよ、お兄様」
「……やれやれ、甘えん坊な妹と彼女だな」
深雪が何を望んでいたのかは、達也にお見通りだった。精神的に繋がっているとはいえ、深雪には達也が何を考えているのかは分からない。だが、達也は深雪が何を考えているのか、ある程度分かってしまうのだ。
「むぅ……」
先ほどまで自分が撫でてもらっていたのにも関わらず、深雪が撫でてもらっている光景をつまらなそうに見詰める水波。主でもある達也と深雪に逆らう事も出来ず、ただ見詰める事しか出来ないのがつまらないのだろう。
「そんな顔をするな。別に深雪と付き合っているわけではないんだ」
「そうですよ、水波ちゃん。私はお兄様と一緒にお風呂に入る事も、お兄様のお部屋で寝る事もないんですから」
口調はなだらかだが、所々に棘が見えるのは、水波の気の所為では無い。明らかな嫉妬、明らかな敵意。深雪から水波に向けられている感情は、そのような類のものだ。
「ですが、私がこの家に派遣されるまでは、深雪さまが達也さまに甘えたい放題だったのですよね? ご当主様が我慢しておられる間も、深雪さまは構わず達也さまに甘えられたのですから、私の事をとやかく言える資格は深雪さまにもないと思いますがね」
「落ち着け、お前ら」
一発触発、互いに魔法を発動させようとしたところに達也の声が掛かった。いくら相手に憎しみを持とうが、敵意をむき出しにしようが、達也の声に逆らうなどという愚行を、この二人が犯すはずもなく、すぐに大人しくなった。
「お前たち、もう少し仲良く出来ないのか。家の中では兎も角、外でもそんな態度なら俺も考えを改めなければならないのだが」
「どのように、お考えを改めるのでしょうか」
恐る恐る深雪が尋ねると、達也は人の悪い笑みを浮かべて答えた。
「そうだな……ガーディアンの仕事は水波に任せて、俺は大人しく四葉家に入るとか。そうなると水波とも別れなければいけなくなるな」
「「嫌です! 止めてくださいお兄様(達也さま)!!」」
「冗談だ。あんな空間にいたいと思うほど、俺は自分を捨てて無い」
冗談だと分かっていても、二人には達也を失うなどという話は聞きたくないものだったのだ。血相を変えて達也に抱きつこうとしたのを見て、達也はあっさりと嘘だと告げる。
「だが、そのように息を合わせられるのなら、普段からもう少しそうしてほしいとは思うぞ」
「これは……お兄様がお傍からいなくなると思ったからでして」
「達也さま、冗談でも別れるなどと言わないでください……折角想いが通じたのに、すぐに別れるなんて辛すぎますよ……」
本気で落ち込んでしまった二人の頭を優しく撫で、達也は再び人の悪い笑みを浮かべた。
「親睦を深める為に、今日は二人で風呂に入ったらどうだ? 俺は地下室にいるから、ゆっくりと親睦を深めるといいさ」
「えっ、ちょっと……お兄様!?」
「行ってしまわれましたね……深雪さま、どういたしましょう?」
「お兄様の言葉は絶対です。だから水波ちゃん、今日は一緒にお風呂に入りましょう」
「畏まりました」
達也に言われた事には逆らえない深雪と、それが主の決定であるのなら逆らい様の無い水波は、大人しく二人で風呂に入る事にしたのだった。
「ねぇ、水波ちゃん」
「何でしょう?」
「この後なんだけど……」
達也の言葉には従った深雪だが、彼女も達也に悪戯を仕掛けようと水波に提案する。提案された水波の方も、深雪の提案は大変魅力的なものだったので、二つ返事でそれを受け入れたのだった。
達也が風呂から出て自室に戻ったのを見計らって、深雪と水波は達也の部屋に向かった。おそらくは勘付かれているだろうが、そんな事はお構いなしな計画なのだ。
「お兄様、深雪です。入ってもよろしいでしょうか?」
『構わないぞ。水波も一緒なんだろ』
「はい。さすがは達也さまです」
存在を探る事が出来る達也にとって、これくらいの事は当たり前だと理解している二人だが、やはり言い当てられるとそれなりに驚いてしまう。だが、これからやろうとしている事は、絶対に達也には分からないと思っているのだ。
「どうしたんだ、こんな時間に二人で」
「「お兄様(達也さま)、お願いがあります」」
「……なんだ?」
声を揃えて懇願する二人を見て、達也は少し身構えた。もちろん、この二人が何を言い出すのかになど、全く予想もついていない状態なので、多少身構えてしまっても仕方は無いだろう。
「「今夜、一緒に寝てくれないでしょうか?」」
「……さすがに狭いと思うぞ?」
二人のお願いに対する、達也の答えは、些か的外れなものだった。だが、この二人に頼まれたのなら、達也が断る事は難しいのだ。
「それでも良いのなら、別に構わない」
「「本当ですか!」」
「あ、あぁ……」
随分と仲良くなったものだ、と達也が思っていた事など知らない二人は、勇んで達也のベッドにもぐりこんだのだった。
二人はこれで幸せなんでしょうね……達也は知りませんが