劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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十師族編であった事実を含め、新たなIFルートを制作したら一話じゃ終わらなかった……


IFルート響子編 その1

 独立魔装大隊の訓練を終え、達也は風間少佐に呼び出されてとある一室へと足を運んだ。

 

「まぁ掛けろ」

 

「いえ、自分はこのままで」

 

 

 九校戦の時も似たようなやり取りをした覚えがあるが、あの時も考えたように掛けろと言われてすぐに座れる関係では無いのだ。

 

「前にも言ったが、今はプライベートだ。我々の間に上下関係は存在しない」

 

「……分かりました」

 

 

 同じ事を考えていたようで、風間の言葉に達也は一瞬だけ逡巡を見せたが、返す言葉も無かったので素直に座る事にした。

 

「早速で悪いが、お前は誰とも付き合って無いんだよな」

 

「本当に早速ですね。まぁ誰とも付き合ってはいません」

 

「そうか。いやな、九島閣下がお前にご執心でな。藤林の婿に、と言ってきているんだ」

 

「少尉の気持ちはどうするんですか。まだ引き摺ってますよね」

 

「だから、だろうな」

 

 

 三年前の沖縄侵攻の際、響子は婚約者を失っている。その相手の事を未だに引き摺っている事を、風間も達也も承知している。その上でのこの話題だ、達也がこの場にはいない九島烈に向けて鋭い視線を送っても仕方ないだろう。

 

「幸いな事に、明日は訓練は休みだ。学校の方も火急の用事は無かったはずだな」

 

「細々とした事ならありますが、確かに急ぎの用は無いです」

 

「では明日、藤林とデートしてくるがいい」

 

「は? この事は少尉には伝えてあるのですか?」

 

「お前が誘うに決まってるだろ」

 

 

 人の悪い笑みを浮かべた風間に、達也は嫌そうな顔を見せたが、息抜きだと考えれば別に問題は無いかと結論付けて風間の部屋を後にした。

 

「何時までも引き摺ってるのはアイツの為にもならないからな……」

 

 

 誰もいなくなった部屋で一人、風間は虚空を見詰めながら呟いた。響子の婚約者だった男を思い、そして目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 断られるだろうと思いながら響子を誘った達也だったが、意外な事に二つ返事でOKを貰ったのだった。拍子抜けな感は否めなかったが、とにかく約束したのでこうして待ち合わせ場所に立っているのだ。

 

「ごめんなさい、待たせちゃったかしら」

 

「いえ、別に待ってませんよ」

 

 

 実際それ程待っていなかったので、達也も普通に言葉を返した。一方の響子も、待ち合わせ時間より前に到着しているので、それほど悪びれた様子もない。

 

「それで、今日は何で誘ってくれたのかしら?」

 

「いきなりですね。息抜き、と言ったはずですが」

 

「達也君がそんな気を回してくれるとは思えないものでね」

 

 

 笑顔で酷い事を言っているが、相手が達也なので当然な疑問なのだろう。達也の方も酷い事を言われた、などという感覚は全くなく、ごく自然に会話を続けている。

 

「理由は後で話しますよ。今はとりあえず移動しましょう」

 

「そうね。達也君に見惚れてる女の人に殺されちゃうかしら」

 

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら響子が問うた。

 

「では俺は、藤林さんに見惚れた男性に殺されますね」

 

「……もう!」

 

 

 だが素面でこのような事を平然と言い放つ達也に、響子の方が照れるのであった。

 

「それにしても、私服だとますます高校生には見えないわね」

 

「自覚していますが、あまり人に言われて気分のいい事では無いですね」

 

「達也君も気にしてるの?」

 

「それほどでは無いですが、若干気にはしてますよ」

 

 

 達也と響子の歳の差は十近くあり、普通の見た目のペアなら違和感があるような歳の差だ。だが達也の大人っぽい雰囲気がその違和感を消し去り、その代わり二人が並んで歩くと妙にしっくりくるのだ。

 

「達也君とデート出来るなら、その雰囲気に感謝しなきゃね」

 

「藤林さんも冗談を言うんですね」

 

「あら? 紛れもない本心なんだけど」

 

 

 響子の言葉に達也が苦笑いを浮かべた。何となくではあるが、響子がこちらの情報を掴んでいるのではないかと警戒していたが、今の表情を見る限りではそのような事はなさそうだった。

 

「ねぇ達也君」

 

「何でしょうか」

 

 

 急に真剣な顔つきになった響子につられるように、達也も苦笑いを消して真面目な表情になる。

 

「今日だけで良いから、名前で呼んでくれない」

 

「名前……響子さん」

 

「違う、呼び捨てで。深雪さんを呼ぶ時みたいに、遠慮なく呼んでほしいの」

 

「響子、ですか?」

 

 

 何故このような事を言い出したのか、達也には理解出来なかった。名前で呼ばれる事にどのような意味があるのか、恋愛感情に乏しい達也には理解が及ばないのだ。

 

「今日達也君が誘ってくれたのって、おじい様が関係してるんでしょ?」

 

「……やはり知ってましたか」

 

「だって少佐が如何にも、って感じで白々しかったし、そう感じた当日に達也君がデートに誘ってくれたから」

 

 

 完全に風間のミスなのだが、達也は黙って響子に頭を下げた。

 

「このような茶番に巻き込んでしまって、申し訳ありません」

 

「ううん、達也君も巻き込まれたんでしょ? 私がまだあの人の事を引き摺ってるから」

 

「想い人、なのでしたら仕方の無い事だとは思いますが」

 

「普通の家の人ならね。でも私は古式魔法の名門『藤林家』の娘で、最高にして最巧と謳われたトリックスター『九島烈』の孫娘なのよ。何時までも引き摺ってるのは家的にも良くない事なのよ」

 

 

 響子の自虐とも取れる発言に、達也は何も言わずに聞いていた。口を挟むべき事柄では無かったし、自分が口を挟める事でも無かったからだ。

 

「ダメね、どうしてもあの人の事を思い出しちゃう。達也君にあの人を重ね合わせて、名前まで呼び捨てにしてもらって……」

 

 

 さすがに往来の場所で泣きだされるのは達也としてもマズイと思ったのだろう。手近な店に入り、人気の無い場所まで響子を誘導した。

 

「ごめんね、そしてありがとう」

 

「いえ、こちらが悪い面もありますので」

 

 

 響子の我慢の限界が訪れ、達也にしがみつくようにして泣き始める。達也は何も言わずに響子を抱きしめ、気が済むまで泣かせる事にした。人目に付き難い場所とはいえ、皆無では無かったので、その光景を見た数人の客は、足早にその場所から移動して、何も見なかったようにしていたのだった。




なかなか難しい展開になってしまった……

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