一通り泣いたからか、響子はすっきりした顔で達也の腕を取った。
「さて、それじゃあ何処にエスコートしてくれるのかしら?」
「とりあえず、服ですかね。藤林さんのも俺のも、少し汚れてますし」
「ご、ごめんね」
「いえ、お気になさらず」
嫌味ではなく本気で気にするなと達也が言っている事は、付き合いがそれなりに長い響子に伝わっている。だからというわけでもないが、響子は達也に服を選んでもらえる事を純粋に喜んでいた。
「でも、達也君に買ってもらったなんて知られたら、深雪さんたちに怒られるかしら」
「平気じゃないですか? むしろお爺さんに知られた方が厄介な気がしますが」
「そうね……おじい様は達也君の事がお気に入りのようだしね」
さすがに往来の場所で「四葉」や「九島」といった単語を発するわけにはいかない。「くどう」ならまだしも「よつば」なんて苗字、他には無いのだから。
「いらっしゃい……ませ?」
「なにか?」
「い、いえ!? ごゆっくりご覧ください」
店に入ってすぐ、店員が達也と響子を見て固まってしまったので、達也は不審がって声を掛けた。すると弾かれたように我に返り、そして慌てて達也たちの前から移動していってしまった。
「何だったんでしょうか?」
「達也君に見惚れたんじゃないの?」
「藤林さんの事も見ていましたし、そう断言するのはどうかと」
実際は達也と響子の二人を見て固まったのだが、二人にはそんな事を知る方法が無い。だから余計な事は考えずにゆっくりと服を見る事にした。
「達也君って、こういうお店に慣れてるわよね」
「慣れてはいませんが、深雪の付き添いで偶に来る程度です」
「他の女の子とも来た事あるんじゃない?」
「そうですね、何人かと一緒に。やはり深雪の付き添いで、ですが」
エリカやほのか、雫や美月と一緒に深雪が出かけた時、達也も付き添い(支払い)で付き合ったのだ。あくまでも深雪の付き添いとしてだと達也は認識しているが、一緒にいた女子がどう思ってるのかはまた別の話だ。
「アンジェリーナさんとも仲良くお出かけしてたみたいだし」
「リーナと? 分かってて言ってますよね」
「まぁね。見てたから」
「そもそもあんな目に遭わされたんですから、一緒に出かけていたという表現は適切ではないと思いますがね」
達也は興味なさそうに話しているが、響子としては達也と一緒に出かけただけで羨ましいと思えるのだ。普段は訓練、偶に出かけたとしても大したことでは無いと思われてしまっているので、リーナのある意味特別な関係は誠に羨ましい限りなのだ。
「これで良いかな?」
「お似合いですよ。ですが、こっちの色の方が似合うと思いますけど」
「やっぱり? 達也君ってちゃんと見てるわよね」
「……わざとですか」
あえて一番似合いそうな服を避けて選び、達也の反応を見ていた響子は、達也が見せた反応に大いに満足したような笑みを浮かべてフィッティングルームへと姿を消した。
「やれやれ……俺もテキトーにシャツを選んでおくか」
汚れたのは響子の服よりも達也の服だ。紳士服売り場に移動して達也は手ごろなシャツを選んで着替える。
「達也君、これどうかな?」
「やっぱりさっきの色よりこっちの方が似合ってますよ」
「そう? じゃあ買ってこよう」
「いえ、俺が払いますよ」
会計に向かおうとした響子を手で制して達也は自分の分と一緒に響子の服の会計を済ます。
「響子さんの着ていた服は送っといてください」
「畏まりました。それで、お客様が着ていた服は」
「それは自分で持って帰りますので」
「畏まりました」
さっさと会計を済ませ、響子が元々着ていた服の配送手続きまで済ませていた。手慣れている感じが達也からしているが、自分で言っているように妹や友達の付き添いでかなりの数こなしているのだろうと無理矢理納得していた響子だった。
「さて、それでは行きましょうか」
「ほんとに良いの? 私の方が年上だし、社会人なんだから」
「お気になさらずに。新型デバイスでそれなりに稼ぎましたから」
「ほんと、普通の高校生じゃないわね」
「俺が『普通』だと思ってる人なんているんですかね?」
色々と事情を知っている響子に達也が尋ねる。特殊な存在であるとちゃんと理解している響子は、少し苦めの笑みを浮かべてこの場を誤魔化そうとした。
「雄弁に語ってますよ、その表情は」
「だって」
「生い立ちから全て普通では無いですからね、俺の場合は……そして現在進行で普通の生活は送れていないですしね」
「ほんと、ごめんなさい」
達也が普通でいられない原因の一方に関係している響子は、本当に済まなそうに頭を下げた。だが達也はその事は気にしていないので、響子に頭を上げるよう告げる。
「藤林さんに謝ってもらうべき事でもありませんし、俺が自分の意志で属しているわけですからね。誰からも謝ってもらうべき事ではありませんよ」
「あれ? 達也君に……確か、藤林さん?」
「ん? エリカに美月か。珍しいな、こんなところで」
「それはこっちのセリフよ。今日は深雪と一緒じゃないのね」
「あのな……俺と深雪だって別行動を取る事はあると前に言っただろ」
「そうだっけ? でも、何で藤林さんと一緒なの? ウチの兄貴に見られたら面倒よ?」
「あら? 私と千葉警部はただのお仕事で協力関係にあっただけよ」
「兄貴、見事に振られてるわね……ま、確かにクソ兄貴より達也君の方が絵になってるかな」
一人でうんうんと頷いているエリカの隣で、美月がオロオロした表情で二人を交互に見ている。おそらく深雪に知られたら大変な事になる、などと考えているのだろう。
「美月、今日の事は深雪も知っている。だからそんなに気にする必要は無い」
「そうですか……良かった」
生徒会長選挙、そして横浜騒乱の時に見た深雪本来の魔法に怯えていた美月は、達也が告げた真実にホッと息を吐いた。無意識に恐怖の対象と見ていたのだろうと、達也は苦笑いを浮かべていた。
「面白い子ね。その眼、良く見えるんでしょ?」
「ッ!?」
「響子さん、あまり美月を怖がらせたらダメですよ」
「そんな悪趣味な事はしないわよ」
惚けた顔で告げた響子に、達也は苦笑いを浮かべるしか無かったのだった。
美月はおまけです