劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あと二回でIFは終わります


IFルート響子編 その3

 達也の連れ添いが深雪じゃ無かった事に驚き、そしてその相手が自分の兄貴が狙っていた女性だった事に驚いたエリカだったが、受けた衝撃は美月よりも少なめだった。自分の眼の事を知られていたのに驚き、そしてどれくらい視えるのかも見当がついているような感じに、美月は驚くしかなかったのだ。

 

「それで達也君、どうして藤林さんの一緒にいるのよ」

 

「偶の休みにゆっくりして来いと上司に言われたんだ。俺も響子さんも断る理由もなければ、断れる立場でも無かったからだ」

 

「ふーん……」

 

 

 特に何とも思って無い感じの達也だったが、今の話を聞いてエリカはその上司の思惑を正確に感じ取っていた。

 

「(つまり、藤林さんを応援してるって事なのね……深雪や七草先輩だけじゃなくって、これは面白くなりそうね)」

 

 

 自分の想いには一先ず蓋をして、エリカは達也の周りで起こるであろう修羅場を想像して悪い笑みを浮かべていた。

 

「エリカちゃん? 何かあったの?」

 

「別に、それよりあたしたちも一緒に行って良い?」

 

「別に構いませんよ。千葉警部にはお世話になりましたし、その妹さんなら大歓迎ですわ」

 

 

 大人の余裕であっさりと包み込まれてしまったエリカは、自分の思い通りに行かなかった展開に少し焦りを見せた。

 

「(これが深雪や先輩なら、分かりやすく嫉妬したり動揺したりするんでしょうけども……やっぱりこの人はそうはいかないか)」

 

「エリカ、付いて来るのは構わないが、美月と何処かに行くんじゃないのか?」

 

「いや、暇だから美月とブラブラしてただけだよ」

 

「そうだったの!?」

 

 

 自分が呼び出された理由を知らなかったのだろう、美月は少しショックを受けていた。

 

「とりあえず、お昼にしましょ。せっかく達也君が奢ってくれるって言うんだし」

 

「言って無いが……まぁ別にいいか」

 

「ほんとに!? 言ってみるものね」

 

「エリカちゃん……」

 

 

 あからさまに集るつもりだったのを見抜いた美月が、エリカに生温かい視線を向ける。その視線に気づかないフリをして、エリカは達也の腕を取って自分が行ってみたかった店に引っ張っていってしまった。

 

「あらあら、千葉さんも達也君の事が好きな事を隠せてるつもりなのかしらね」

 

「えっ? えっと……エリカちゃんとしては、隠してるつもりなんだと思います……」

 

 

 どうすればいいのかと、オロオロしていた美月に響子が話しかける。すぐ、自分に話しかけられたんだと分からなかった美月は、ワンテンポ遅れてそう答えた。

 

「深雪さんといい真由美さんといい、どうして達也君の事を想ってる子たちは分かりやすいのかしら」

 

「それは……達也さんが大人っぽいから、どうしても甘えてしまうからじゃないでしょうか?」

 

「そうかもね。貴女も吉田家の次男君とは上手くいってるの?」

 

「えぇ!?」

 

 

 慌てる美月を見て一通り笑ってから、響子もエリカと達也の後に続いて店に入っていく。

 

「ま、待って下さいよ!」

 

 

 一人完全に置いて行かれそうになっていた美月も、慌てて店に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の奢り、という事でエリカは容赦なく、美月は少し遠慮気味の昼食を済ませ、今は会計をしている達也を待つ為に女三人で店の外にいる。

 

「藤林さんは、達也君の事をどう思ってるんですか? 少なくとも、ウチの兄貴よりかはお似合いだと思いますけど」

 

「そう? でも千葉警部だって素敵な方だとは思いますけど」

 

「お世辞なんて良いんですよ、あんな女誑し」

 

 

 兄が褒められたのに、素っ気ない返しだったのには、エリカの複雑な家庭事情と、エリカの本当の気持ちを知らない人には普通に仲が悪い兄妹なんだと受け取れるだろう。だが幸いな事に、響子はエリカの――千葉家の複雑な家庭事情をある程度知っていた。だからエリカの言葉が、本気ではなく照れ隠しだという事も理解出来たのだった。

 

「って、兄貴の事は良いのよ! 藤林さんは達也君と同僚ってだけの関係なんですか? それとも、それ以上の関係なんですか?」

 

「それ以上の関係……」

 

「美月、とりあえず妄想するのは止めてくれる?」

 

「し、してないよ!?」

 

 

 夢想の世界に旅立ちそうだった美月に冷めた目を向け、エリカは正面に響子を捉えた。韜晦は許さない、そんな意志を視線に乗せて……

 

「年下の女の子の威圧じゃ、私は怯まないわよ。でもまぁ、貴女も達也君の事を想ってる一人なら、嘘偽りなく話さなければダメかしらね」

 

「べ、別に達也君の事なんて……」

 

「ウソ。さっき完全に恋する乙女の顔をしてたわよ」

 

「ッ!」

 

「私はね、さっきまで死んでしまった婚約者の事を引き摺ってたのよ。それを上司から何とか忘れさせろって達也君が頼まれたらしいの」

 

「婚約者? 死んでしまったって……」

 

 

 自分が思ってた以上に、気軽に聞いてはいけない内容だったので、エリカはついさっきまでの自分を恨んだ。人の心の裡を興味本位で知ろうとした自分を……

 

「三年前の沖縄侵攻、あの現場に私の婚約者もいたのよ。そして、帰らぬ人となってしまったの。百家の貴女なら分かると思うけど、私たちは結婚を急かされる立場。何時までも死んでしまった相手の事を引き摺っていられないのも分かってた、分かってたつもりだったんだけどね……」

 

「それで、達也君の事は……」

 

「凄く頼りになる人よ。それに、必要以上に干渉してこない。それだけで凄く救われる」

 

「つまり?」

 

「有体に言えば、好きなのかもしれないわね。ハッキリと断定は出来ないけど」

 

 

 自分の気持ちの整理が済んでいない響子は、断言する事を避けた。だがエリカにはハッキリとその事は伝わっていた。

 

「そうなんだ、なんかごめんなさいね。邪魔しちゃって」

 

「別に構わないわよ。貴女だって達也君の事が好きなんでしょ。だから、抜け駆けするのは悪いと思ったのよ」

 

「やっぱり大人の余裕ですね。あたしだったら邪魔されたら怒ると思う」

 

「余裕って言ったら、彼が一番余裕あるわよ。私より年下なのに、ね」

 

 

 ウインクをしながら告げる響子に、エリカは笑ってしまった。同級生の達也が、年上の響子より余裕綽々なのは、彼女も分かっていた事だったから。

 

「何を笑ってるんだ?」

 

「別に。ねぇ達也君」

 

「なんだ?」

 

「お幸せにね」

 

「は?」

 

 

 諦めはしないが、彼女にならと思える相手が出てきたので、エリカは応援する立場に回った。だが隙あらば自分も、と思ってるあたり、この争奪戦はまだまだ続くのかもしれない。




普通に終わらせるのが難しい……

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