気まぐれに街を歩いていた達也の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。偶然なのだろうが、厄介事が片付いて漸く、といったこのタイミングで彼女に声を掛けられたのは、達也にとって不運としか言いようが無かった。
「やっと見つけた」
「何かご用だったのでしょうか?」
「君が購入したピクシーなんだけど、私たちに調べさせてもらえないかな」
「私たち、というのはカウンセリング部ですか? それとも公安ですか?」
「……分かってて聞いてるくせに、公安よ」
第一高校カウンセリング部所属の小野遥が達也を探していた理由は、パラサイトについて公安が調べていたからだった。
「別に構わないですが、ピクシーがそれを善とするかは分かりませんからね」
「ロボ研に頼めば調べられるでしょ?」
「普通の状態ではないので、ロボ研からアクセス権を認めてもらっても内部までは調べられないでしょうね」
そもそもロボ研の部員は、ピクシーにパラサイトが憑依しているなどと思っていない。動作不良を頻繁に起こしはするが、基本的には他のP-94と遜色ない働きをしてくれているのだから。
「じゃあどうすればいいのよ! 上司からはさっさと調べろって言われてるのに」
「もう終わった事件を何時まで調べてるんですか……」
「終わった!? パラサイト問題はまだ捜査中だって言われてるんだけど」
「一体を残し、パラサイトは封印・消滅させましたので、終わったと言えると思いますけど」
達也の気遣いの欠片もない、事実のみを淡々と告げる口調のせいで、遥の疲労は何倍にも増してしまったのだった。
「なによもぅ……詳細なデータが無いから続行して捜査するって言われてたのに、もう終わってたなんて……」
「卒業式前には終わってたんですがね……公安の情報網も大した事無いみたいですね」
「ちょっと待って! 何でそんな事を司波君が知ってるのよ?」
「何でって言われましても……封印と消滅をさせたのは俺ですから」
正確には幹比古の手も借りたのだが、今そんな事は遥にとって重要では無いだろうと判断して告げなかった。
「やっぱり君が……いったい君は何なの? 二科生でありながら様々な事件を解決してるみたいだけど」
「巻き込まれたからやってるだけで、俺は率先して厄介事に首を突っ込みはしませんよ」
「でも、ブランシュの一件や無頭竜、それに今回のパラサイト問題だって、普通に生活してれば巻き込まれる事は無いんじゃないの?」
「ブランシュは一高全体の問題でしたし、無頭竜は邪魔されたから始末しただけです。そして今回の問題だって、レオが襲われなければ関わるつもりも無かったですよ」
実際何が起こってるのかだけ分かればそれでよかったのに、何時の間にか問題の中心にまで迫ってしまっていたのだ。達也からパラサイト問題をどうにかしよう、などという殊勝な考えは無かったのだ。
「そのスキル、羨ましいわよ……気づいたら真相にたどり着いてるなんて、私からしてみれば羨ましいとしか言いようがないわよ」
「欲しくないですよ、そんなスキルは。俺は普通の魔法力の方が、よっぽど欲しかったですけどね」
「普通のね……君のは異常な魔法力なのかしら?」
「まぁ、普通では無いですね」
達也は全てを話すつもりなど当然の如く無かった。自分や深雪が四葉の関係者だと知られる事は、彼にとって避けなければならない事だからだ。
「そうなんだ……もしかして、エレクトロン・ソーサリスと知り合いなのも関係してるの?」
「わざわざ俗称で呼ばなくても、普通に藤林さんで良いのでは?」
「……良いの。それより、関係はあるの?」
遥は響子の所属を知らない。正式には表向きの所属しか知らないのであって、達也が特に警戒するほどの事では無いのだが、達也は慎重に答える事にした。
「関係なくは無いですが、直接関係するかどうかは俺も分かりません」
「ふーん……まぁ、仕事が終わったから何でもいいけどね」
「終わったんですか?」
ピクシーを調べるように言われていたはずの遥だったが、彼女の中では既に仕事は終わった事になっているようだった。
「それじゃあ司波君、何処かにご飯でも食べに行きましょう。もちろん、君の奢りで」
「……学生に集るのはどうかと思いますが」
「君には色々とやらされてるんだから、少しくらい感謝の気持ちを表してくれても良いじゃない」
「……俺は引き受けた覚えもない平河先輩の説得をやらされたんですが? その報酬をまだ頂いていませんが」
舌戦でも達也には敵わなかった遥は、白を切る為に視線を逸らした。
「ま、まぁ細かい事は置いておくとして、食事には行きましょうよ。何も食べて無いからお腹空いちゃって」
「細かくは無いと思いますが……行くのでしたらお一人でどうぞ。俺は家で済ませていますので」
「良いから! 一人じゃ寂しいし入り辛いでしょ!」
遥に腕を取られ、引き摺られるように店に入る事になってしまった達也、私服だった為に彼を高校生だと見抜く人は一人もいなかった。
「いらっしゃいませ、二名様でよろしいですか」
「はい」
「ではご案内いたします」
最早逃げ出す事も難しくなってしまったので、達也は遥の食事が終わるまでコーヒーを飲んでいたのだった。
会計を済まし(もちろん達也の奢りだ)店を出た遥は、再び達也を引き摺るように引っ張って、人気の少ない場所まで移動した。
「まだ何かあるんですか?」
「うんまぁ……あんまり教師が生徒に向ける感情じゃ無いとは思うんだけど……」
「恨まれる覚えはありませんが?」
「どの口が! って、別に恨んでるわけじゃないんだけど……」
「では?」
「えっとね……これ、遅くなったけどバレンタインのチョコ」
「はぁ」
確かに当日は遥の姿は一高には無かったなと、達也は記憶を探りながら素っ気ない返事でチョコを受け取った。
「何よその反応は……結構頑張って渡したんだからね」
「そうですか、ありがとうございます」
「そうじゃなくって! あぁもう! 言えば良いんでしょ! 私は貴方が好きです!」
「確かに教師が生徒に持つ感情では無いですね……まぁ、嬉しいですよ」
否定の言葉では無かったのに驚いたが、結局はまともな返事をもらえなかった遥。だが告白したのをきっかけに、頻繁に達也と話せるようになったのは、彼女にとって前進だったのかもしれない。
特に甘くもないですが、妄想のお手伝いくらいにはなったかな……?