午後の授業を終えた達也は、風紀委員会本部に来ていた。風紀委員は別に毎日顔を出さなければいけない訳では無いのだが、図書室に向かう途中で摩利に掴まり、新人勧誘週間の報告書が片付いていないと言われそれを纏める作業を手伝ってほしいと言われたのだ。
手伝ってほしいと言っても、作業するのは達也一人で、摩利はこの場にすら来ていないのだが……
「何時の間にか風紀委員の事務を全て任されてしまってるな……」
そもそも風紀委員は実務部隊なので、事務作業は全員でやるのが普通なのだが、摩利を筆頭に全員が事務作業を苦手としている為、一年であり事務作業が得意な達也に一任する形になっているのだった。
「昨日もろくに資料を閲覧する事が出来なかったから今日こそはと思っていたのだが、仕方ないか」
上司に命じられたら逆らう訳にもいかないと諦めて、達也は溜まりに溜まっている作業に手をつけようとした。そしてそのタイミングでメール着信を告げる音が鳴った。
「誰だ? ……学園のマーク、教師からか?」
誰が何の用だかは知らないが、学園のマークがある以上無視する訳にはいかない。達也は諦めてメールを開くと、そこには今すぐカウンセラー室に来てほしいと書かれていた。
風紀委員の報告書を纏めるのを摩利に頼み、その結果散々嫌味を言われた達也。ついでに深雪にも帰りが遅くなると言う事で冷たい目で見られたのだった。
そもそも報告書を纏めるのは委員長である摩利の仕事なのだが、達也は別に理不尽だとは思わなかったのだった。本人の意思は兎も角、一度引き受けてしまったのだから何を言われても仕方ないと思っているのだった。
「失礼します」
「どうぞ」
いったい何の用だかは分からないが、呼ばれた以上来るしか無いと思い、達也はカウンセラー室にやって来たのだ。
「何の御用でしょうか? 小野先生」
「まぁ座って」
椅子を勧める遥の胸元がかなり開けていると達也は感じた。恐らく誘惑してイニシアティブを取りたいのだろうが、生憎この程度で達也は動揺したりはしなかった。
「如何かしたの?」
「肌を露出しないのを善しとする現代のドレスコードに当てはめれば、小野先生のお姿は刺激的過ぎると思いまして」
淡々と告げられて、遥は慌てて胸元のボタンを閉め、組んでいた脚を揃えた。高校生男子相手ならコレでいけると思っていた遥は、達也のこの態度に不満を覚えたのだが、とりあえずは気にしない事にした。
「それで、自分が呼ばれた理由をお聞きしても?」
「司波君には私たちの業務を手伝ってもらおうと思いまして」
「私たちの、ですか」
「え、ええ…カウンセリング部の業務です」
的確に急所を抉ってくる達也に、遥はさっさと本題に入る事にした。あまりにもやり難い相手だったので、早急に終わらせたいと思っていたのだ。
「それじゃあいくつか質問させてもらいますね」
「……本来の目的はお聞きしても教えてはもらえないのでしょうね」
「ほ、本来の目的? 私はただ例年通り新入生の何人かに協力してもらってデータ化してるだけよ」
「モルモットには自分は少々特殊だと思いますけどね…まぁそう言う事にしておきましょう」
またしても痛いところを突かれ、遥は冷や汗を流したのだが、此処でボロを出したらせっかく上手く行っていたこの流れを止めてしまう事になるので必死に隠し通した(全く隠せては無いのだが)。
全ての質問を終えて、遥は小さく息を吐いた。
「それにしても凄い生活してるのね。普通ならストレスで精神バランスを崩してもおかしく無いわよ?」
「医学的にはそうなのでしょうが、統計には例外はつき物です」
チラチラと壁時計を見ながら言われた遥は、これ以上は無理だと判断して終わりにする事にした。
「それじゃあ付き合ってくれてありがとうね。そうそう、コレとは別に聞きたい事があるんだけど」
「何です?」
「剣道部の壬生さんに交際を申し込まれてるってほんと?」
「何処からそんなデマが……」
急に嬉々とし始めた遥を見て、達也は盛大にため息を吐いた。いくら教師とは言え女なんだなと思ったのだろう。
「何だ、デマなの……もし司波君が壬生さんと付き合う気があるなら頼みたい事があったのにな」
「交際云々がデマなので、その気も無いですがね」
「そうなんだ、壬生さん関係で何かあったら力になるわよ?」
それはつまり、壬生紗耶香が何かをするのだろうと達也は思ったが、これ以上有益な情報は聞きだせないだろうと思い、一礼してカウンセラー室を出ようとしたのだが……
「そうそうもう一つ!」
如何やら未だ解放してくれる気は無いようだった。
「何です?」
「保険医の安宿先生とは仲が良いの?」
「特に良いわけでもないですが、それが何か?」
「いえ、安宿先生が一年生風紀委員と仲良くしてるって相談されたから」
「………」
如何やら達也が案じていたように誤解した生徒が居るようだった。校内で腕を組んでいたら誤解されても仕方ないのだが、達也はもう一度盛大にため息を吐いた。
「あれは安宿先生が自分を保健室に連れ込んだだけですよ。色々と襲われかけた自分の身体を心配して検査してくれただけです」
「そうなの……良かった」
「はい?」
何故だか安堵したように見えた遥に、達也はまた頭痛を感じ始めた。この流れは自分には都合が悪すぎると本能で理解しているのだろう。
「な、何でも無いわ! それじゃあお疲れ様」
「はぁ……」
急に慌て始めた遥に、達也はいぶかしむような視線を向けたが、せっかく解放してくれる気になったのだからそれで良いかと思い達也はカウンセラー室から退出した。
「みーつけた!」
カウンセラー室とは、保健室の隣にあるので、この展開は想像出来たはずだったのだが、達也は完全にこの存在を忘れていたのだった。
「安宿先生…如何やら誤解した生徒が居るようなのですが?」
「誤解? 別に誤解してる子はそのままでも良いじゃない! それよりも、今日も寄ってくわよね?」
「何処の飲み屋なんですか……保健室は気軽に訪れるような場所では無いと思うのですがね」
「気にしない気にしない。そんな細かい事ばっか気にしてると、ハゲちゃうわよ?」
「先生がおおらか過ぎるんでしょうが……」
抵抗虚しく腕を絡まれ、そのまま保健室まで引きずられていく……達也なら抵抗すれば振りほどく事もそのばに止まる事も可能だが、如何も怜美相手だと調子が狂うようで抵抗出来ないのだ。
「今日も美味しいお茶とお菓子があるんだから」
「そんなんで喜ぶのは子供だけです」
「だって司波君ってまだ十五歳でしょ? 十分子供だよ」
「そう言う意味では……」
逆らおうにも逆らえ無い相手に、達也はもう一度ため息を吐くのだった。
またしてもフラグが……流石はお兄様ですね。