劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ダブル・セブン編に突入します。そして最初の水波の話はバッサリいきました

初版本だけなのか分かりませんが、原作で何度か「兄妹」が「兄弟」で表記されていますが、誤字なのでしょうか?


達也の戒め

 西暦二〇九五年四月五日木曜日。国立魔法大学付属第一高校の新年度始業式前日、入学式の三日前。司波兄妹の自宅では、達也が全身を映す大きな鏡の前で困惑の表情を浮かべていた。

 彼の隣には花のような笑みを浮かべた妹の深雪と、その深雪に付き従うようにして隣に立つ、兄妹の叔母である四葉真夜から家政婦兼護衛見習い兼下宿人として送り込まれた新しい同居人、三日後には第一高校の後輩になる桜井水波がいる。

 深雪は満面の笑みの中で期待に目を輝かせて、姿見の前に立つ兄を見ている。鏡のすぐ横のハンガーには、昨晩達也に郵送されてきた新しい制服の上着が掛かっていた。

 

「お兄様、早く新しい制服をお召しになった姿を私に見せてください。それとも、深雪をじらしていらっしゃるのですか?」

 

 

 放っておくと深雪は今にも身悶えを始めそうだった。妹の精神的な健康の為には、自分の抱えるもやもやをいったん棚上げする必要がありそうだと達也は思った。

 

「どうぞ」

 

「ああ、すまない」

 

 

 羽織っていた上着を脱ぎ、水波が差し出したハンガーにかけて、達也は新しい制服――魔法工学科の上着に袖を通した。左胸と肩口には、八枚歯のギアを図案化したエンブレムで飾られていて、一科生の制服を飾る八枚花弁のエンブレムと同じ大きさで良く似た意匠の、新しいエンブレムが左胸のポケットと両袖の付け根に刺繍されていた。

 

「お兄様、良くお似合いです……」

 

 

 去年一年で対内的にも対外的にも無視する事が出来ないほど派手な実績を積み上げてきた達也をこれ以上「補欠」扱いしておく事は学校の体面にとって不利益だと判断され、この魔法工学科が新設されたのだが、もちろん所属生徒が一人だけという事はあり得ない。その為、第一高校のカリキュラムは抜本的な変更が加えられた。

 試験的な試みだが、大学から新たな教師が派遣されるなど、かなり本格的な改革として注目を集めているのだ。また魔工科クラスには一科生からも転科出来る為、魔工科に移動した一科生の人数分、二科から一科への転科が認められる事になった。こちらは二科生の実力上位者から順に選ばれる事になっていて、達也の友人の中では幹比古が今年度から一科へ移る事になっている。

 しかし、表面をどう取り繕おうと、魔法工学科が達也の為に設立された学科である事は、事情を知る者にとっては明らかだった。現に達也目当てで転科を希望した一科生女子が多数いたが、さすがに多すぎるし明らかに魔法工学では無く実戦の方が向いている女子だったので、学校側も対処するのに苦労したと噂されるほどに、魔法工学科は達也の為の学科だった。

 深雪が兄の晴れ姿に浮かれているのも無理は無い事だった。

 

「お兄様、水波ちゃん、お茶にしましょう」

 

「はい、深雪姉さま」

 

 

 水波の兄妹に対する呼び方は「達也兄さま」と「深雪姉さま」で固まった。本当は水波の立場からすれば「達也さま」「深雪さま」と呼びたかったのだが、キャビネットで移動するからには、同乗者は同じ家に住んでいるかごく近所に住んでいるかのどちらか、少なくとも乗車駅で待ち合わせる必要がある。一方護衛兼務という役割上、水波には深雪と別車両で移動するという選択肢は無い。しかし赤の他人が毎朝同じ車両で登校するのは不自然であり無用な疑いの目を招いてしまう。

 そこで考え出された口実が「水波は兄妹の母方の従妹」だった。それ自体は四葉本家の指示でもあったし、兄妹の戸籍は元々嘘で真っ赤に染まっている。今更血の繋がらない従妹が出来たくらいで思うところは無い。

 本当は達也も深雪も「達也さん」「深雪さん」と呼ばせたかったのだが、水波にきっぱり拒否されたのだ。「姉さま」「兄さま」にも水波は難色を示したが、身元を隠す必要性は彼女も理解していて、最終的には「達也兄さま」「深雪姉さま」で妥協が成立したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪と水波の間には曖昧な妥協が成立しており、隙あらば深雪も水波も相手を出し抜こうとしていたが、達也の見る限り、今のところは二人の関係は平和で良好だった。一方で達也と水波の関係も、表面的に見れば良好だ。もっとも、達也の方に水波に対する隔意というか、距離を置きたいという気持ちがあるのも確かだった。少し垂れ目気味なところも、こげ茶色のウェービーヘアーも、細く濃い眉も、笑うと両側に出来るえくぼも――水波は穂波に似過ぎていた。

 桜井穂波、無き母のガーディアンだった女性。四年前に沖縄で達也を庇って逝った人。水波の母親は穂波と同じ「母親」から採取された未受精卵子に、同じ遺伝子操作を施し、同じ「父親」から採取された精子を受精させて「作られた」魔法因子強化型遺伝子調整人間――調整体。「双子」では無いが極めてそれに近い「姉妹」だ。遺伝的な姪に当たる水波の眼鼻立ちが穂波に似ているのは当然とも言える。もちろんその程度の理屈は達也にも分かっている。

 しかしそんな理解は何の解決にも慰めにもならない。達也に隔意を生じさせているのは、彼女の容姿そのものではなく、彼女の容姿が引き金となって呼び起こされる故人の記憶なのだから。

 

「(力が足りなかった……いや、今だったら桜井さんの助けが無くとも駆逐出来た、とは言わないが……)」

 

 

 穂波の死因は衰弱死だが、達也が沖縄に侵攻してきた大亜連合艦隊を迎撃しようとしなかったならば、達也を護る為の無理な大規模魔法連続行使がなければ、あの時に死ぬ事は無かった。命をすり減らして燃え尽きさせてしまったのは確かな事実だ。

 今の達也の実力なら、確実に大亜連合の艦隊を迎撃するのに穂波の力を借りる必要は無いのだが、達也は戒めとして自分の実力を過小評価している。驕ることなく故人を大切に思っている。そんな達也にとって、水波の容姿を見る度に自分の無力さを思い知らされる。

 

「お兄様?」

 

「ああ、今行く」

 

 

 お茶の準備が出来たのか、達也の事を心配そうな顔で深雪が覗きこんできた。心配無いと顔を上げ深雪を捉えると、その隣には心配そうながらも達也を信じている眼差しを向けている水波が立っていた。達也は一度頭を振ってから移動し、なるべく水波の事を見ずにお茶を飲み干したのだった。




達也の制服姿に見惚れる深雪と水波……

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