劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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凄いんだろうな……


北山家でのパーティー

 ティータイムの話題は、自然と三日後の入学式に移っていた。

 

「今年の総代は男か……四年ぶりかな?」

 

「五年ぶりですよ、お兄様。七草先輩の前の会長も女の方でしたから」

 

 

 兄妹の間で話題になっているのは今年の新入生総代、即ち今年の主席入学生の事。二人が言っているように、第一高校で男子生徒が総代を務めるのは久しぶりだった。

 

「七草先輩の妹さんたちが入学してくるのだし、今年も女子だと思っていたんだがな」

 

「そうですね……それに入試で本気が出せてれば、総代は水波ちゃんだったでしょうけど」

 

「いえ、滅相もないです」

 

 

 軽い冗談だったのだが、水波はこういった話を軽く流せる質ではないようだったので、気まずい空気が漂い始める前に、達也は話題を戻す事にした。

 

「名前は七宝琢磨、だったかな。七宝というのは、あの『七宝』なんだろう?」

 

「はい、十八家『七宝』の長男ですね」

 

「七草と七宝が同級生になるとは。凄い偶然と言おうか根の深い因縁と言おうか……厄介事を起こさなければ良いが」

 

「少し騒ぎを起こしてくれた方がカモフラージュになって良いと思いますが?」

 

「それは確かにそうだけどね」

 

 

 深雪が言っているのは、七宝の長男が七草の双子と諍いを起こせば学校の注目はそちらに集まって、兄妹と水波の関係を詮索する人間はいなくなるか、少なくとも減るだろうということだ。

 理屈の上では正しい指摘だが、その騒ぎを誰が収めるのかを考え出すと、頭が痛くなってくる達也だった。

 

「ところで、今晩のホームパーティーだが、やはり水波も出席すべきだと思う」

 

「ご命令でしたらそのように致します」

 

 

 達也と深雪は今晩、北山家のホームパーティーに招かれている。水波は北山邸まで付いて来て使用人用の控室で待っている事になっていたが、その予定を変更すべきだと達也は考えていた。

 母方の従妹、というウソを補強する為には、ここで使用人扱いすると後に面倒な事になりかねないからだ。

 

「そうか、ご苦労だが付き合ってくれ」

 

 

 命令という形は、達也にとって甚だ不本意ではあったが、そうでもしなければ水波が従ってくれない事は理解していたので、仕方なく命令という形を取っただけだ。達也は水波に命令出来る立場だとは思っていないし、嫌がる相手に命令をして悦に入る性癖も持ち合わしていない。

 

「では早速ドレスを選びましょう。私が水波ちゃんを手伝います。あまり時間もありませんので」

 

 

 深雪が手を打ち合わせるような仕草で雰囲気を明るく変えるようにそう言ったのも、表には出て来ない兄の心情を慮っての事かもしれない。決して、水波の激しく動揺した顔を見たかった訳では無い――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら名目が「ホームパーティー」とはいえ、経済界の大立て者・北方潮が催すパーティーだ。会場はかなりの盛況だった。もっとも、混み合っているという印象はなく、確かに集まっている人数も多いのだが、会場となった北山邸は大きかったのである。

 

「さすがに広いな……」

 

 

 達也の感想は同行者の共感を得られるものでは無かった。深雪は兄の言葉に愛想笑いを浮かべて相槌を打つのみ。その隣で水波は、今にも小首を傾げそうな表情を浮かべている。このあたり、軍や研究所で「庶民」と交わる機会の多い達也と、四葉の跡取り(候補)として育てられた深雪と、使用人とはいえ幼少の頃から四葉本家で育った水波と――達也と妹たちの間には育ちに培われた感覚の差があるのだ。

 今日のパーティーの名目は、USNAに短期留学を終えた雫の帰国祝い兼進級祝い。帰国してから二週間、何故こんな日数が空いたかというと、各方面へのあいさつ回りに忙殺されていたからである。

 世間的に社長令嬢としての立場を優先しなければならない雫は、家族と従業員と株主と取引先に対する責任が付随しているのだ。そういった事情でこのパーティーは新学期前日に押しやられたのだった。

 北山家の家族構成は父母、祖母、雫、弟の五人。しかし雫の父親には弟及び姉妹が五人もいて、しかも雫の父親が晩婚だった所為で従兄弟は殆どが雫より年上、半数以上が既婚者で各々家族同伴、未婚者もフィアンセや近日中に婚約予定のお相手を連れてきたりしていて、内輪のパーティーでありながらこのような大人数に膨れ上がったというわけだ……という話を、達也は雫の母親から聞いている最中だった。

 

「潮くんのお家は前世紀から続く企業家の家系だから。蔑ろに出来ないしがらみも多いのよ」

 

 

 夫人の話に対して控えめな相槌を打ちながら、達也は心の中で何度目かのため息を吐いた。どういう意図か何が気にいられたのか、達也は雫に挨拶するのもそこそこに、北山夫人――かつて振動系魔法で名を馳せたAランク魔法師・北山紅音、旧姓鳴瀬紅音に捕獲されてずっと話し相手を務めさせられていた。ちなみに、深雪と水波はほのかの許へ逃がしてある。

 

「だからといって内輪のパーティーに赤の他人を連れ込む厚かましさには好意的になれないのだけど。ビジネスが絡まなければ、潮くんは身内に甘いからねぇ」

 

「(随分な毒舌家なんだな)」

 

 

 普段から所構わず毒舌を吐いていては、いくら社長夫人とはいえ実社会でやっていけないだろうから、時と場所と相手を選んでいるのだろうが、その相手に何故、事実上初対面の自分が選ばれたのか、いくら首を捻っても頭を振っても達也には理解出来なかった。

 達也が紅音と顔を合わせるのはこれが初めてではない。雫がアメリカから手に入れた様々な情報を伝える為にと、深雪共々招待された日に挨拶だけは済ませているのだが、本当に挨拶だけで、このような本音トークの相手に選ばれる覚えは断じて無かった。

 

「(しかし、「潮くん」ねぇ……良いのか、この人たちの社会的地位でその呼び方は)」

 

 

 いい加減紅音の愚痴に辟易していた達也は、現実逃避気味に心の中でそんなツッコミを入れていた。

 

「(愛されている、のだろうな)」

 

 

 友人の両親に対し「甘やかしている」とか「甘やかされている」とか言葉にするのは、思考の中だけであっても憚られたのだった。




十月が終わってしまう……

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