劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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弟君も達也に絆されてる……


北山航

 紅音から解放され、雫たちの傍まで達也がやってくると、達也が何かを言う前に雫がぺこりと頭を下げてきた。

 

「達也さん、ゴメンなさい」

 

 

 頭を上げた雫は、乏しい表情の中に身の置き所が無い羞恥をのぞかせている。自分のパーティーに招いた同級生に、自分の母親が因縁をつけたのだから、雫でなくてもこれはかなり恥ずかしいに違いない。

 

「いや、お母さんの気持ちも分かる。娘に得体の知れない男が近づいているとあれば、心配になるのは当然だろう。俺は気にしてないから、雫も気にするな」

 

「……うん、ゴメンなさい」

 

 

 雫があれこれ反論しなかったのは、切り替えが早いのではなく寡黙な性質が本人の意思に反して作用したからだった。もっと色々と謝罪したいのに、ほんの一言しか返せない。その思いが羞恥心と相乗して、気まずげな雰囲気を作り出していた。

 

「あの、達也さん?」

 

「雫が悪いんじゃないんだ。そんな顔はするな」

 

 

 不意に自分の頭が撫でられている事に気づき、雫は驚いた表情で達也の事を見上げる。すると達也は、普段からは想像も出来ないくらいの優しい表情を浮かべ、慰めるように雫に微笑みかける。

 自分の所為ではないのに気にし過ぎて落ち込んでた時の深雪にする行為を雫にもしているので、自分だけの特権だったと嫉妬した深雪と、純粋に羨ましいと思っているほのか、そして何故か水波までもが達也と雫を交互に、嫉妬と羨望の混じった視線で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫、ほのか、水波、そして深雪。華やかなドレス姿の少女四人の輪の中に、地味なスーツ姿の少年が一人。普通なら居心地の悪い思いをするところだが、達也にはそういう神経は無い。ほのかが気を使って水波に話しかけ、雫が行き過ぎないように時々ブレーキをかけ、深雪のアシストを受けて水波が控えめに受け答えする、というパターンで進む会話を聞き役に徹して見守っていた達也の背中に声を掛ける少年がいた。

 

「あの、司波達也さんですよね」

 

 

 不意にかけられた声に振り返ると、全く同じ言葉を掛けられた。どうやらその少年は自分の言葉が達也に聞こえなかったと思ったようだ。繰り返された質問に、達也は肯定を返した。

 

「航」

 

「姉さん。ゴメン、邪魔だった?」

 

「ううん。でも、ちゃんとごあいさつして」

 

 

 少年の素性はすぐに分かった。雫は、言葉数が少なくつっけんどんに聞こえるが、年の離れた弟を見る彼女の目は優しかった。航少年も心得たもので、精一杯真面目な顔を摂り作ろうと、姉に言われた通り折り目正しく一礼した。

 

「はじめまして、北山航です。今年、小学六年生になります」

 

 

 航は達也の方に身体ごと顔を向けて自己紹介をした。ほのかとは既に親しいと言える関係だったから、初対面の挨拶をする時そちらを向かなかったのは当然と言える。しかし深雪の方を見ようとしなかったのは、どうやら舞い上がってしまわないように、ということらしい。達也に続いて深雪が挨拶を返している最中、微妙に視線を外し奥歯を噛み締め全身に力を込めていた事みて、間違いないだろう。

 嫌がられているわけでもなく無視されているわけでもないのは明らかだったので、深雪は航の態度に微笑ましさしか感じなかった。しかし「主」に向けられた礼を失する応対に、水波は不快感を禁じえなかったようだ。

 

「お目にかかり、光栄に存じます、航様。桜井水波と申します。達也兄さま、深雪姉さまの従妹に当たります。よろしくお見知りおき下さいませ」

 

 

 水波の振る舞いは申し分なく丁寧だったが、そこには営業スマイル的な空々しさが見え隠れしていた。漂いかけていた気まずい空気の解消に動いたのはほのかだった。

 

「航くん、達也さんに何かご用があったんじゃないの?」

 

 

 ただそれは、無理矢理な話題転換ではなく、先ほど達也に対して何か訊きたそうだったのを覚えて故の助け船だった。

 

「あっ、はい」

 

 

 航の意識の焦点がすぐにほのかに移ったのは、空気を呼んだのではなく子供らしさの表れだと思われる。

 

「司波さん、一つ教えて欲しい事があるんですが」

 

 

 ここには「司波さん」が二人いるのだが、航の話しかけている相手がどちらか分からない者はいなかったし、あえて言葉の腰を折る者もいなかった。

 

「良いよ。答えられる事なら」

 

「ええと、その……魔工技師は魔法が使えなくても成れるのでしょうか」

 

 

 質問自体はおかしなものではないが、北山家の跡取り息子が口にするには奇妙な問い掛けだった。現に雫とほのかは揃って「えっ?」という顔をしている。

 

「無理だな。魔工技師とは魔法技能を持つ魔法工学の技術者のことだ。魔法が使えない技術者を魔工師とは呼ばない」

 

 

 しかし達也は戸惑いも見せず、回答に間を取ったりもしなかった。

 

「そうですか……」

 

「もっとも、魔工師ばかりが魔法工学技術者ではないんだけどね」

 

「えっ?」

 

 

 誤解の余地が無い達也の回答にガックリ肩を落とした航だったが、続く言葉に顔を上げた。そんな航を見下ろす達也の落ち着いた笑み。航は期待感に目を輝かせて次の言葉を待っている。

 達也はわざともったいぶるような、性格の悪い真似はしなかった。彼は「悪い人」であっても「人が悪い」わけでは無い――あくまで自称だが。

 

「魔法が使えなくても魔法工学を学ぶ事は可能だ。CADの調整は魔法的な感覚が無ければ難しいが、魔法が使えなくてもCADを作る事は出来る。他の魔法技術組込製品も同じだ。君が本気で勉強すれば、お姉さんの役に立つ知識と技術を身につけられるはずだ」

 

「あ、いえ、僕はそんなつもりでは……」

 

 

 口でいくら否定しても、そんな恥ずかしそうな顔をしていれば本心が丸わかりだった。そして、達也に向けられる目も、見ず知らずの大人に対する警戒と畏怖の眼差しから、尊敬と憧れの入り混じった眼差しに変わっていた。

 そんな航の視線を見て、水波が誇らしげそうに見えたのは、先ほどの深雪に対する失礼を帳消しに出来る程の意味が彼女の中にあったからに他ならなかった。




ションボリしてる雫、可愛い

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