劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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紅音もちゃんと母親なんですよね……


両親の心配

 大人たちは、残念ながら子供のように無邪気な態度はとれなかった。達也にすっかり懐いている姉弟を遠目に見ながら、紅音は無性にため息を吐きたい気分になっていた。

 

「いったいどうしたんだい、紅音」

 

 

 潮が心配そうに声を掛けても、紅音はため息を堪えている様な顔をするばかりで答えを返さない。

 

「紅音は司波達也君の何処が気にいらないのかね?」

 

 

 北山潮は愛妻家であっても尻に敷かれてはいない。いや、ある部分は恐妻家と言うべきかもしれないが、言いたい事を言い合えないという関係では無かった。

 

「……潮くんは彼の事を随分と買っているようね」

 

「中々見所の有る若者だと思っているよ。何より優秀だ」

 

 

 潮の答えは率直で、裏を返して言えば遠慮の無いものだった。紅音は反射的に感情的な反発を覚えたが、ヒステリックに言い返したりはしなかった。

 

「……優秀すぎるのよ。それに、知り過ぎているし、分かり過ぎている。私の知っている十師族の直系だって、ここまで油断がならないという感じじゃなかった」

 

 

 紅音の口からついにため息が漏れた。彼女が抱いていた懸念はため息無しでは語れないものだった。

 

「魔法師にとって優秀過ぎるというのは、幸せな事じゃないわ。むしろ、幸せを遠ざけてしまう元にもなる。幸い雫は優秀の範疇に留まっているけど、優秀すぎる魔法師の近くにいたら、大きすぎる力が招き寄せる不幸に巻き込まれてしまうかもしれない」

 

 

 妻の言葉を「考え過ぎ」と笑い飛ばす事は、潮には出来なかった。笑い飛ばす代わりに、潮は妻の肩に手を置いた。

 

「もし紅音の言うとおり司波達也君が不幸を招き寄せたとしても、それは彼の責任ではないだろう? 彼自身に責任が無い不確定な未来を理由にして、彼を忌避するような真似は感心しないな。彼がその力故に不幸を招き寄せ、雫が巻き込まれるような事があるとすれば、私たちがその不幸を取り除いてやればいいだけだ。私は伊達に『大企業家』などと呼ばれていないよ。家族の事くらい、護ってみせるさ」

 

 

 潮の強気な言葉に、紅音は頷き、反論はしなかった。だが、本当に納得したようにも見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫の従兄らしき相手の連れ添いと話してから、達也の表情は厳しさを増していた。無論、他の相手には分からない程度なのだが、深雪はその事を見逃したりはしなかった。

 

「お兄様?」

 

「あの女、何か企んでいるようだな」

 

「あの女……小和村真紀ですか?」

 

 

 雫の従兄と恋人関係にあると思われる女性――女優の小和村美紀と挨拶を交わしてから、達也の表情は厳しくなっているのだと深雪も分かっていた。確認の為にその名前を出すと、達也は深雪にだけ分かる角度で頷いて見せた。

 

「深雪はともかく俺の事まで知っているのはおかしいと思う」

 

「ですが、九校戦をご覧になったのでしたら、当然お兄様のご活躍を知っていても不思議ではないと思いますが」

 

「彼女が俺の事を覚えていたのは、深雪と対で覚えていたんだ。俺が競技に参加していた事など、あの人は一言も口にしていない」

 

 

 確かにそうだと、深雪は口元を抑えて驚きを表現する。彼女が覚えていたのは達也の実戦の腕ではなく、その容姿だったのだから。

 

「私はお兄様の容姿を覚えていたという彼女の言い分はもっともだと思いましたが、お兄様には何か引っかかる事が御有りなのですね」

 

「まず一つ目は、わざわざ大勢の人間の名前を出して信憑性を高めようとした事。生憎誰一人分からなかったが」

 

 

 真紀が上げた俳優や監督の名前など、俗世間に興味の無い達也には聞き覚えの無いものだったが、ほのかが食いついていたのを見ると、それなりに有名な人物だったのだろう。

 

「そして二つ目は、知り合ったばかりの――恋人の従妹の友人と言うだけの俺らを招待したのは不自然だろう。あの女からは魔法師の反応は無いが、もしかしたら裏で繋がっているかもしれない」

 

「ですが、私たちの事を『本当に』知っているのなら、迂闊に声を掛けてくるでしょうか?」

 

「『上辺だけ』知っている連中の手先なのかもしれない。とにかく、用心するに越した事は無い」

 

 

 本当に、上辺だけ、などという単語は、事情を知らない人間が耳にしても勘違いしてくれるような会話をしている兄妹の横で、水波が苦笑いを浮かべていた。『本当の』事情を知っている水波からすれば、この兄妹の会話は危険でしか無いのだ。

 

「しかし、本当に有名人なんだな、あの人」

 

「注目の若手女優らしいですからね」

 

 

 身内だけのパーティーとはいえ、それなりの数の部外者もいるので、彼女を目にして飛びつくような輩も当然の如く存在していた。先ほどまではほのかたちと談笑していた真紀は、今はミーハー連中に囲まれて苦笑いを浮かべている。

 

「達也さん、ゴメンなさい……従兄が連れてきた人の所為で不快な思いをさせちゃって」

 

「だから、雫が謝る事じゃないだろ。それに、別に不快な思いはしてない」

 

「本当?」

 

「ああ、だから気にするな」

 

 

 ションボリとしてしまった雫の頭を優しく撫でながら、達也は改めて小和村真紀を見据えた。何が目的で、何のために近づいてきたのかは分からないが、少なくとも言葉通りでは無い事は確かだったのだ。

 

「それにしても達也さん、小和村真紀さんを知らないんですね」

 

「ああ、あまりテレビも見ないからな」

 

「そうなんですね。達也さんはあんまりそういった事に興味はなさそうだと思ってましたが、やっぱりそうだったんですね」

 

「……否定はしないが、そんな風に見えるか?」

 

 

 達也が情けない表情を見せたおかげで、雫もほのかもそれ以上何も言ってこなかった。何時までも雫の事を撫でていたので、深雪とほのか、そして何故か水波まで機嫌が傾いていってしまったのだが、雫は気にした様子もなく達也に甘え続けたのだった。




気にし過ぎ、なのかもしれないですけどね。

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