劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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その考え、消されても文句は言えまい……


七宝の計画

 都心に建つ高層マンションの前で、クラシックな見掛けの電気自動車が止まった。

 

「ここで良いわ。送ってくれてありがとう」

 

 

 ガルウィングのドアを開けて地面すれすれの低い車体から舗道に足をつけた真紀は、映画のワンカットのような颯爽とした動作で立ちあがると、ボンネットを回り込んで運転席を覗きこみそう告げた。

 恋人、つまり雫の従兄は物足りなそうな表情を浮かべたが、真紀が更に身をかがめ、唇を恋人の頬に触れさせてニッコリ笑うと、青年はあっさりと車を発進させた。走り去るクラシック・レプリカへ軽く手を振りながら見送っていた真紀だったが、エレキカーが交差点を曲がり見えなくなった途端、笑顔を消して白けた表情を浮かべた。

 

「バカな人。利用されてるだけだとも知らずに舞い上がって……」

 

 

 ため息とともに恋人の事を思考から追い出して、真紀はマンションのエレベータホールへ向かった。横浜ベイヒルズタワーのように特殊な超高層建築を除けば、この二十一世紀末の日本に高さ百メートルを超えるビルは少ない。特に居住用マンションでは稀だ。

 彼女の部屋は二十八階建てマンションの二十八階、つまり最上階であり角部屋。鏡と光ファイバーの組み合わせで低層階の採光も十分確保されているとはいえ、入居者はやはり上の階を好む。必然的に最上階は値段も最高だ。真紀のキャリアでは、パトロンでも付いていない限り、都心の高級マンションの最上階に部屋を持つのは難しいはずだった。

 

「ご苦労様」

 

 

 真紀は主の帰宅を知って廊下に立っていた二人の女性ボディーガードに声を掛けた。プロダクションから派遣された雑用係兼務の見習いではなく、彼女の父親が選んだ護衛だ。真紀の父親はテレビ局を含む複数のメディア企業を傘下に持つ持株会社の社長。北山家程ではないが、小和村家もかなりの財力を有する上流階級の一員なのである。

 シャワーを浴び、ラフな格好でソファに腰を沈め、HARにワインボトルとグラスを用意させ、グラスに注いだワインの半分程を飲み終えたタイミングで、リビングのドアを開けてボディーガードが入ってきた。

 

「お嬢様、七宝様がお見えです」

 

「琢磨が? ……そう言えばそろそろ約束の時間ね。少し早いけど、構わないから通しなさい」

 

 

 ある意味人目を憚るその格好にも関わらず、来客をリビングに通すようボディーガードに命じた真紀の表情に躊躇いは見られない。

 

「かしこまりました」

 

 

 ボディーガードが背中を向けても、慌ててメイクを始めたりもしない。彼女は女優だ。例え素顔に下着姿であっても「他人に見られる自分」を演じる事が出来る。リラックスドレス+ガウンは、初心な少年を迎えるのに十分な武装だった。

 ボディーガードに案内されてきた少年は「勝手知ったる」という感じで真紀の向かい側に遠慮なく腰を下ろした。

 

「こんばんは、真紀」

 

「いらっしゃい、琢磨。時間通りね。何か飲む?」

 

「いや、止めておく。アルコールは思考力を鈍らせるからね」

 

 

 真紀に「お酒を出す」という意図は無かったのだが、彼女はそれを口にしなかった。

 

「それより話を聞かせてくれないか。その為に俺を呼んだんだろう?」

 

「そうね。本題に入りましょうか」

 

 

 真紀の趣味からすれば、琢磨のこの態度は性急すぎるものだったが、彼女は一回り近く歳が下の少年相手に自分のスタイルを押し通そうとはしなかった。真紀にとって琢磨は年下の恋人でもツバメでもない。

 

「北山雫とコンタクトはとれた、でも今のところ顔と名前を覚えてもらっただけね」

 

「……芸能人には興味無しか」

 

「でも、彼女の友人の光井ほのかには随分と関心を持ってもらえたのよ」

 

 

 失望を隠せず呟く琢磨に、女優――いや、スターの余裕で真紀は笑みを見せた。

 

「そうか。光井ほのかも新二年生トップクラスの優等生だ。味方に出来ればきっと役に立つな」

 

「そうでしょうね。それに親友である光井ほのかが琢磨の派閥に入ったら、北山雫も取り込める可能性が高くなると思うわ」

 

 

 真紀と琢磨の関係、それは「同盟者」だ。二人はそれぞれの理由で魔法師の味方を――手駒を欲していたのだ。

 

「初めは同じ新入生で仲間を増やしていく方がいいと思うけど」

 

「いや、光井ほのかを最初のターゲットにしよう。エレメンツの家系は色々と役に立つ。無論、協力してくれるよな?」

 

「ええ、そのつもり。……でも琢磨、貴方はちゃんと『光井先輩』って呼んだ方がいいと思うわ。普段から気をつけて無いと思いがけないところで呼び捨てにしちゃうわよ」

 

 

 真紀はワインで唇を湿らせると、少し物憂げな表情を浮かべた。もちろん、演技だ。

 

「何かまずい事でもあったのか?」

 

「前以て聞いてた通り、パーティーには司波深雪と彼女のお兄さんも来ていたんだけど、あの兄妹を引きこむのは難しそうね」

 

「何かあったのか?」

 

「いいえ、話をしただけ……でも、あの二人はどうやら、前の生徒会長と特別な関係にあるみたい」

 

 

 この段階で既に真紀は嘘を吐いている、そんな事を聞き出す間もなく、真紀は達也と深雪から袖にされたのだから。

 

「前の生徒会長……七草か!」

 

 

 嘘を見破る冷静な思考力も、真紀のセリフと琢磨自身の言葉によって昂った敵意を主とする感情に蓋をされてしまっていた。

 

「私が聞いた話によると、妹さんは重度のブラコンで、お兄さんは結構嫌われているみたい。どうやら、七草のご令嬢と『深い仲』なんじゃなかって噂されてるわよ。その辺りが攻略のポイントになるんじゃないかしら」

 

 

 真紀は激励を込めて琢磨にそうアドバイスをしながら、さっき会った達也の事を思い出していた。

 

「(ただの魔法師には思えなかった……あの目、私を観察しているような、あの全てを見透かしたような目……あれは何だったのかしら)」

 

 

 自分が達也に疑われている。そんな事、今の真紀に気づけるはずもなく、真紀は自分が興奮させた琢磨を見詰めながら、グラスに残っていたワインを呷ったのだった。




雫やほのかに手を出そうとした時点で、消し去りたい気分ですよ。
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