劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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挿絵のヤミちゃんは可愛かったな……


ヨルとヤミ

 東京、大阪、名古屋は、二十一世紀末の現在においても日本の三大都市に数えられている。大阪は一時期地盤沈下が激しかったが、空港使用料の無料化といち早く港湾の二十四時間化を中心とする思いきった物流コストの引き下げにより商都としての地位を回復させた。

 しかし、今宵事件が起ころうとしているのは大阪ではなく名古屋である。時刻はもうすぐ二十三時、場所は堀川のほとり、熱田公園の遊歩道。

 

「それにしてもこんな時間にこんな人気の無い場所で密会しようだなんて、怪しんでくださいと言ってるみたいなものね」

 

 

 こんな時間にこんな場所にいる自分の事を棚上げて小声でそう話しかけたのは、過激なビジュアルを売り物にする系統のロックコンサート帰りのような派手な格好をした長い巻き毛の十五、六歳の少女だった。

 

「こんな時間にこんな場所でそんな不審者一歩手前の格好をした姉さんに言われたくないと思うんだけど」

 

 

 応えた声は女の子にしては低く、男の子にしては高い。声を聞いただけではその子が少女なのか少年なのか分からなかったかもしれない。しかし着ている物は黒いミニ丈のジャンパースカートに同色のレギンスという明らかな女物だ。ちなみにジャンパースカートの下は黒いタートルネックの長袖シャツで肌が露出しているのは顔と手だけだが、胸も確かに小さく膨らんでいる。髪型も顎の線で切りそろえたストレートボブ、外見的には間違いなく少女だった。

 

「分かって無いわねぇ、ヤミちゃんは。こんな格好だから、こんな時間に出歩いていても『ああ、不良少女か』で済まされるんじゃない」

 

「……達也兄さんに見られたらなんて言われるんだろう」

 

 

 姉の主張には説得力があり、ヤミはグッと言葉に詰まってしまったが、今晩彼女たちに与えられた仕事の為には、この格好は仕方無かったのだ。だが無条件降伏はしたくなかったのか、姉の思い人の名を出して反論を試みた――ところで片方の耳にはめたレシーバーから告げられた報告に、無駄な抵抗は中断した。

 

「姉さん、ターゲットが来たみたい」

 

「私も確認したよ。船で来るとは予想外。しかも屋形船なんて。こんなに目立っちゃって……隠す気無いのかしら」

 

「隠す気はあんまり無いんだと思うよ。誰かに見られても、ジャーナリストに情報を提供していた、で済むから」

 

「ジャーナリスト、ねぇ……」

 

 

 胡散臭い、と言いたげな姉のセリフに、ヤミは大袈裟にならない範囲でわざとらしく肩を竦めて見せた。

 

「ヨル姉さんのマスコミ不信論はまた今度ね」

 

「ヤミちゃん……あなた、生意気になったわねぇ」

 

 

 無駄話はおしまい、という少女の意思表示は伊達では無かったようだ。姉の嫌味に見向きもせず、接岸しようとする遊覧船に目を向けた。

 

「アレが記者? どう見たって傭兵なんだけど」

 

「実際、傭兵の経験があるみたいだね。さっきデータが送られて来ていたはずだけど」

 

 

 妹から「見て無いの?」という目を向けられて、ヨルはさっと顔を逸らした。記者の姿はさっきから確認出来ていた。本人は隠れているつもりだったようだが、こちらが盗み撮りをしている事にも気づいた様子は無い。

 

「元々反体制的な傾向が強い記者、ってことだよ」

 

「ふぅん、ジャーナリストの鑑ってわけね」

 

「姉さんの偏見は後でゆっくり聞いてあげるから」

 

「偏見って……ヤミちゃん、本当に生意気ね」

 

「いいから行くよ。まずは船からだ。姉さん、よろしく」

 

「はいはい……じゃあ、飛ばすわよ」

 

 

 ヨルが妹の背後に回った。木と木の隙間から見える屋形船をしっかり見据える。そして、ヤミの身体が消えた。次の瞬間には屋形船の舳先に立っていた。疑似瞬間移動、それがヨルの使った魔法の名だ。

 姉の力により獲物の直中に飛び込んだヤミは、軽やかに甲板を蹴り船室へ飛び込んだ。そこにいたのは五人の男。元傭兵の記者と同様、そろって鍛え上げられた身体をしていたが、例の記者と違って荒くれた雰囲気は無い。むしろ酷く一途で純粋な光を目に宿している。

 

「誰だ!?」

 

 

 誰何する声が何ともぎこちない。咄嗟に出かかった母国語を日本語で言い直したような感じだったが、正体の詮索は捕まえてからでいい、とヤミは思った。

 照明の下で見ると、ヤミは実に可憐な顔立ちをしていた。バランスよく配置されたアーモンド型の目に大きな瞳。形のいい紅い唇、真っすぐに整った控えめな鼻。そんな少女が男ばかりの船室にいきなり飛び込んできたのだ。男たちが戸惑うのも無理は無い。だが、ヤミの方に男たちが立ち直るまで傍観している義理は無かった。

 

「おい、どうした!?」

 

 

 突如仲間の一人が前のめりに倒れて、男たちは漸く冗談では済まない事態が発生している事に気がついた。一人が倒れた男の傍らに膝を付いてその身体を揺する。彼は自分が英語で喋っていた事に気づいていないだろう。他の三人もその事を注意する余裕は無かった。

 

「魔法師か!?」

 

 

 倒れた男の確認をする為にしゃがみこんでいた男が鈍器で殴りつけられたような苦鳴を上げて倒れた。ここに至り、男たちは仲間の昏倒とヤミの関連性を見出した。答えが帰ってくる事を期待しての叫びでは無かったが、その男はヤミに右手を突き出され二人と同じように床へ崩れ落ちた。

 

「化け物め!」

 

 

 憎々しげな叫びと共に銃口が二つヤミに向けられる。叫び声程度なら事前に張った遮音フィールドで吸収出来るが、銃声を遮音出来るかどうかはヤミにも自信が無かった。

 

「(本当に自分たちの事を隠す気が無いのか……サプレッサー、付いて無いじゃん……)」

 

 

 撃たれる迄待ってやる理由もヤミには無かったので、握っているCADのボタンを押した。単一の術式に特化されたCADがヤミの持つ固有の魔法を紡ぎ出す起動式を展開する。人の感覚に直接痛みを与える魔法。腹部を杭打ちハンマーで殴られたに等しい痛みを覚えて、男たちの意識はあっさりブラックアウトした。

 

「さすが達也兄さん、前より使いやすいや」

 

 

 CADを調整してくれた相手を思い出し、ヤミはその人に感謝したのだった。




ヨルのジャーナリスト嫌いは彼に影響されてるのだろうか……

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